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■ 無意識的意識A

また、屋根の上にいらっしゃる・・・。
今日の任務の復習をしようとやって来た隊舎裏の空き地。
そこはいつも咲夜が稽古のために使っている場所なのだが、そこから空を見上げると、時折自隊の隊長の後ろ姿が見える。


『一体、何を見ているのかしら・・・。』
後ろ姿から分かるのは、おそらく腕を組んでいるであろうということだけ。
六の字を背負うその後ろ姿は、まるで彫刻のように微動だにしない。
死神であれば一度は憧れるであろうその姿が酷く遠い所にあって、それが自分と彼との距離なのだと思い知らされる。


六番隊隊長。
朽木家当主。
生まれも育ちも実力も他を凌駕する。
畏れすら感じるほどの、圧倒的な存在。


けれど、私はあの方に体温があることを知っている・・・。
以前、漣家で剣の手ほどきを受けたとき。
それはたぶん、あの方の気まぐれだったのだろうけれど。
あの時私に触れた手にも、上手くいけば満足そうに緩められた瞳にも温もりがあった。


・・・もっとも、あの時間は、今となっては夢だったのではないかと思ってしまうのだけれど。
六番隊に入隊して以降、朽木隊長との接点は何一つない。
朽木家当主としてのあの方とも挨拶が出来ればいいほうだ。


まぁそれは仕方がない。
向こうは隊長で、私はただの平隊士。
実力も責任も天と地ほどの差がある。
貴族としても向こうは大貴族の当主で、私は上流貴族といえども末の姫。
家名を背負う当主と、当主になど縁のない気楽な姫では、立場が違い過ぎる。


そう、思っていたのだけれど・・・。
まさか、私の名前があの方の婚約者候補として挙がっているとは。
同じく貴族出身の同期からそれを聞いた時には仰天したものだ。
彼の婚約者候補に関する噂は、自分とは関係のない話だと聞き流していたというのに。


家臣に確認すれば、家柄を考えれば有力な候補となり得るのではないか、との話に目を回しそうになった。
同期の話によると、当主である父が進んで縁談を持ち掛けたわけではないようだが、朽木家の中で私の名前が挙げられているということは事実であるらしい。


当然、朽木家当主である彼がそれを知らないはずもない。
もちろん私の父もそれを承知しているはずだ。
それでも父は何も言ってこないから、同期の話は真実なのだろう。
けれど、自分の縁談の話のはずなのに、何処か縁遠い話な気がする。


『最近、姫たちに何か棘があったのはきっと噂のせいね・・・。先輩たちの様子が少しだけよそよそしいのもそのせいかしら。』
相手があの朽木白哉なのだから、そうなるのも当然といえばそうなのだけれど。
それにしたって、何だか巻き込まれた感が否めない。


とはいえ、選ぶのは彼である。
流魂街の女性を妻にしたくらいだから、家柄だけで妻を選ぶことはしないだろう。
私に関しては、家柄を見れば有力だというだけの話だ。
彼のほうから接触をしてこないところを見ると、私に興味がないか、そもそも縁談を進める気がないということだろう。


咲夜はその自分の推測が何だか正解なような気がして、うんうんと頷く。
それから己の斬魄刀を握って振るい始めた。
次第に集中し始めた彼女はまだ知らない。
いつも屋根の上の彼の視線が一瞬だけ自分に向けられてから、彼が屋根の上から姿を消していることを。



2020.03.26
Bに続きます。


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