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■ 変化

「六番隊隊長、朽木白哉様への伝令にございます。」
音もなく背後にやって来た裏廷隊に背を向けたまま、白哉は口を開く。
「人が変わったな。前任者はどうしたのだ?」
問えば、一瞬の間だけ戸惑ったような沈黙があって。


「・・・任務遂行中に敵対者と遭遇し、そのまま消息を絶ちました。」
静かな声には、何かを押し殺しているような気配がある。
「そうか。確か、砕蜂隊長がそのような報告をしていたな。あの者のことだったか。」
「あの、恐れ入りますが、伝令を・・・。」


「要件は解っている。暫し待て。」
背後で困惑している様子の女を感じながら、白哉は眼下を見渡す。
流魂街の民を非難させつつ彼らを狙う複数の虚を討伐するというのが、今日の任務であった。


「・・・あとひとつ。」
最後の虚が白哉の呟きの後に斬り伏せられる。
それによって訪れた静寂に耳を澄ませるが、妙な気配は感じられなかった。
白哉は溜め息を吐いて、漸く後ろを振り返る。


「ここも外れだ。標的は現れていない。しかし、配下と思われる虚は殲滅。流魂街の民への被害も無い。・・・そう伝えろ。」
「畏まりました。ではその件はそのように。それから、もう一つ、伝令があるのですが・・・。」


「何だ?」
先を促せば、一瞬の後に閃く白刃。
その刃が白哉の喉元に突きつけられる。
無表情で此方を見上げる女の気配が変わったのが解った。


「貴方の命を頂きます。」
殺気と共に向けられた言葉。
女からは虚独特の霊圧が発せられている。
だが、女の姿は先ほどから変わらない。


「それが貴様の本性か。」
「ふふ。仲間に裏切られる気分は如何です?」
他人を嬲るのが楽しいとでもいうような愉快そうな声。
その耳障りな声を聞きながら、白哉はある霊圧が近づいてくるのを感じて目の前の女を見下した。


「・・・貴様が虚を操って流魂街の民を襲わせていたのか。」
「えぇ。この世界は弱肉強食。弱いものは強いものに食われる。だから、虚の餌にしてやりました。そうして強くなった虚を、さらに強い虚が食い、それをさらに強い虚が食う。それで、この私の餌に相応しくなったものを私が喰らうのです。」


人型であることを見ると最上級大虚だが、その体から発せられる霊圧はそう大きくはない。
良く見積もっても中級大虚程度といったところだろう。
饒舌なところを見ると、己の優位が覆されることなどないと高を括っているらしい。


「貴様如きに私の刃を振るう価値もない。早々に消えろ。」
言い捨てれば、女の怒気が膨れ上がり刃に力が込められる。
・・・だが、もう遅い。
その刹那、女の背には同じ姿をした女の刃が届いていた。


「・・・・・・な・・・に・・・?」
目を見開いた女の刃を、腕ごと斬り落としたのは、背後の女のもう一振りの刃。
落ちゆく腕に放たれた鬼道がそれを塵にする。
背後から突き立てられた刃は、見事に急所を突いていた。


『私の姿を真似るとは、考えたものですね。』
「何故・・・。お前は私の部下に喰われたはず・・・。」
『喰われた振りをしただけです。変化を得意とするのが自分だけだと思わぬことです。虚の姿を真似ることなど容易い。もっとも、隊長格となれば、その変装を見抜いてしまうのですが。』


「では、お前も、気付いていたというのか。」
苦しげに息をしながら問われて、白哉は口を開く。
「愚問だな。」
「・・・くそ・・・こんなところで・・・。」


『さようなら。名もなき虚。憐れみをもって、一瞬で楽にして差し上げます。』
言葉と共に振り下ろされた刃が虚を真っ二つにして、虚は消滅した。
流れるような動作で血を払い、二振りの刃を鞘に収める。
それから自分に向けられた瞳を、白哉は見つめ返した。


『お初にお目にかかります、六番隊隊長朽木白哉様。』
片膝を着いて首を垂れる様子もまた、流れるような美しい動作で。
だが彼女の可笑しな物言いに、白哉は、く、と喉を鳴らした。
顔を上げた女もまた、その瞳を愉快そうに輝かせている。


「よく来たな、咲夜。」
『命を賭してでも貴方に伝令を届けるのが私の務めですから。』
そう言い放った彼女の能力は、変化。
彼女のそれは、姿だけでなく、声、気配、霊圧の性質まで真似てしまう。


「前回は男の形をしていたと思ったが。」
『その形で先ほどの虚に襲われましたので、そのまま傷を負ったふりをして姿をくらましました。砕蜂隊長からもそのようにお伝えさせていただいたかと。』
「敵を騙すのならばまず味方からという訳だな。」


『それでも朽木隊長を騙すことは出来ませんでしたが。』
言葉とは裏腹に彼女の声はやはり愉しげだ。
「いい加減長い付き合いになって来たからな。」
それに、と、白哉は咲夜を見つめる。


毎度伝令に姿を見せる彼女は、いつも一瞬だけ彼女自身の霊圧を微かに流す。
隊長格でなければ感じ取れないであろう微かな変化で、己が本物であることを伝えてくるのだ。
もっとも、彼女自身の霊圧を知っているのには、理由があるのだが。


「随分と瞬歩が上達したな。あれ程の怪我をしておきながらよくそこまで取り戻したものだ。」
『それでも以前に比べれば七割程度です。片足は技局特製のそれになってしまいましたので。第一分隊に戻ることはもう出来ないでしょう。』


十数年前の任務中に起きた事故。
六番隊と刑軍との共同任務で追い詰められた標的が自爆を図り、それに巻き込まれる形で彼女は吹き飛ばされた。
その彼女の左足の上に、同じく爆風に巻き込まれた建物の柱が崩落してきたのだった。


白哉が彼女を見つけ出した時には、既に左足を切断しなければならない状況になっており、彼女が何とか刀を取り出して自身の足を切り落とそうとしているところだった。
そんな時、私に気付いた彼女は、迷いなく私に言ったのだ。
己の左足を切断して欲しい、と。


「・・・私を恨むか。」
『まさか。願ったのは私です。朽木隊長には、命を救われたうえに、伝令という立場まで頂きました。感謝してもしきれません。それに・・・貴方に刃を抜かせたことは、私の誇り。貴方は一緒に居た副隊長に任せることはせずに、貴方自身の刃でそうしてくださいました。美しい切断面のお陰で、義足でも十分に動くことが出来ます。』


あの時私が自ら彼女の足を切断したのは、彼女の自身に対する冷酷なまでの判断に、感心したからだ。
もちろん己がその状況になれば同じ判断をするだろうが、それだけの覚悟が出来ている隊士は少ない。


「ならば良い。・・・任務は完了した。戻るぞ。総隊長と砕蜂隊長には私から直接報告をする。」
『畏まりました。では、私は虚のサンプルを採取した後、帰還いたします。』
「宜しく頼む。」


姿を消した彼女が次に白哉の目に映った時には、姿形が変化していて。
今度はどうやら十二番隊士に化けているらしい。
そんな彼女に内心苦笑して、白哉は帰還命令を下す。
彼女のために数人の隊士を残して、瀞霊廷へと踵を返すのだった。



2019.11.19
久しぶりの短編更新にも関わらず甘さがありませんね・・・。
咲夜さんは夜一さんの時代から隠密機動に所属していると思われます。
白哉さんとは昔から面識があったイメージです。


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