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■ 勅命

『・・・君は相変わらず身体が弱いねぇ。』
先ほどまで咳き込んでいた彼の背中を擦りながら言えば、恨めしげな視線を向けられる。
元柳斎による斬術の講義中に倒れた十四郎を慌てて運んできたのが半刻程前のこと。
発作は落ち着いたが、未だ彼の肺で蠢く霊王の腕が落ち着かない。


『まぁ、普通の院生ならばあれ程山本先生の斬撃を受け続けることは出来ないが。』
京楽と二人、見本として前に呼ばれたかと思えば始まった元柳斎による稽古。
二対一とはいえ、彼らの師匠である元柳斎は護廷十三隊の総隊長である。
将来は隊長になるとまで言われる愛弟子であっても、易々と敵うような相手ではない。


・・・少なくとも、現時点では。
ただし、この先、数百年、千年を過ぎれば、彼らもまた元柳斎と同じ高みへ上るだろうというのが咲夜の見立てである。
もっともそれは、彼らがそれだけ生き残れれば、という条件付きだが。


「お前、は、戻らなくても、いいのか?」
掠れた弱々しい声に苦笑を漏らして、主の居ない机を指さす。
今、霊術院専属の医師は、回道の講義をしているため不在なのだ。
急病人の連絡を入れればすぐに戻ってくるだろうが、十四郎に関しては、この私より長けている者は尸魂界全土を見渡しても居ないだろう。


『構わないさ。もともと斬術はそんなに好きじゃない。十四郎の看病をしていたと言えば、山本先生も何も言わないだろう。今日の発作はどう見てもあの人のせいだからな。』
意識的か無意識かは解らないが、あの元柳斎が放つ気配は重厚だ。
まるで自分の身体が油の中にでも沈んだかのような重さがある。


「だが、京楽は、平気な、顔をしていた・・・。」
ぽつりと呟かれた言葉には悔しさが滲んでいた。
座学では十四郎が優勢だが、実技では京楽が優勢。
体調が良ければ互角に渡り合うが、少しでも体調が悪いと京楽には敵わない。


『そうでもないさ。私の見立てでは、あの時十四郎が発作を起こさなかったら、先に木刀を弾かれていたのは京楽のほうだ。実際、十四郎が倒れるのと同時に京楽の木刀は先生に弾き飛ばされた。まぁ、君に気を取られたというのもあったかもしれないが。』
その木刀が私の頬を掠めていったことには抗議を申し入れたいが。


「お前も、怪我をしているじゃないか・・・。」
ゆっくりと伸びてきた彼の指先が、私の頬を掠めるように撫でる。
その指先から一瞬だけ十四郎の霊圧が流れ込んできた。
どうやらかすり傷の治療をしてくれたらしい。


『私のはかすり傷だから構わないのに。まぁ、礼を言うよ。有難う。君は回道も出来るのだな。』
己の病と向き合っているからこそ、身に付けた回道。
おそらく京楽でさえ知らない十四郎のもう一つの特技である。


「たいしたことはない。お前こそ、いつも、俺の看病を、しているだろう。そのせいか、お前が、傍に居ると、何故か、呼吸が、落ち着いてくる・・・。それに、俺の薬まで、調剤出来るとは・・・。」
口数が増えてきたのは、彼の発作が落ち着いてきた証拠だ。


『我が家は商人で、四番隊との取引もある。霊圧も持ち合わせていたから、隊士たちが回道を教えてくれたりもしてな。お陰で知識だけはやたらとあるのさ。』
実を言えば、卯ノ花烈は私の立場を知る数少ない協力者である。
ただ、彼女が知るのは私が霊王の末娘であることだけで、十四郎の守護者であることまでは知らないのだが。


「そのうち、四番隊から、声がかかるだろうな。」
『そうかな。』
「あぁ。卯ノ花隊長は、人を見る目が長けている。それに、俺も、お前は四番隊が向いていると、思う。」


『君のお墨付きとは、光栄だな。』
言いながらふと気付く。
私は、霊術院を卒業したら、死神になるのか?
そういえば、霊術院に行けという命令があっただけで、死神になれとまでは言われていない。


・・・霊術院在学中にお役御免になるなんてことにはならないよな?
もしそうだとすれば、十四郎の寿命はあと数年。
さらに言えば、その数年のうちに霊王の右腕が必要になる事象が起こるということ。
それも、尸魂界、現世、虚圏に於いて重大な何かが。


まさか、な・・・。
あの父親というには憚られる霊王が、もしそんな未来を視ているのだとしたら、霊王宮はもっと慌ただしい雰囲気となるはず。
そして、私にも何かしらの報せが届くはずだ。


榊から何の報せもないところをみると、それはないだろう。
では、何故、私は霊術院に送り込まれたのか。
十四郎の守護者としてというのならば、今まで通り姿を隠して守護をすればいいはず。
そんなことを考えていると、頭の中にある声が響いた。


その右腕が必要となるその時まで、それを守り通せ。
その身を貫かれ、切り刻まれても守り抜くことこそ、汝の役目である。
聞き間違えようのない霊王の声が伝えてきたのは、勅命。
・・・どうやら私は、十四郎と共に死神にならねばならないらしい。


「咲夜?どうした?」
『あぁ、いや、何でもない。ただ、私もそのうち死神になるのだな、と。』
「今更、何を言っているんだ?」
怪訝な顔をされて、苦笑を漏らす。


『そうだな。私たちは、死神になるために霊術院に居るのだったな。』
「当たり前だろう。何のために痣やらたんこぶやらを作っていると思っているんだ。」
『あはは。うん。十四郎に言われて、急に実感したものだから。』
「お前なぁ・・・。」


呆れ顔の十四郎はどうやら回復してきたらしい。
気が付けば、霊王の右腕も落ち着いている。
次の講義は座学だから、十四郎も出席できることだろう。
制服を直しているあたり、どうやら本人もそのつもりらしい。


『もう大丈夫そうだな。鐘が鳴ったら教室へ戻ろう。京楽の痣とたんこぶの治療もしなければ。』
「そうだな。あの様子だと・・・痣だらけだろうな・・・。」
ぼろぼろになっているであろう京楽の姿を想像して気の毒そうな顔をした十四郎に、思わず笑ってしまうのだった。



2019.09.05
浮竹さんの看病をすることで、今更ながら自分のことを考えた咲夜さん。
守護者である咲夜さんは浮竹さんのことを守る立場であるので、自分のことについては無頓着だと思われます。


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