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■ 安定剤 後編

誰かの気配を感じて、意識が浮上する。
深く眠っていたらしい。
ゆっくりと瞼を開ければ、いつもの天井が見えた。
俺は、また・・・。
そう思ってため息が出る。


「なぁに、ため息なんか吐いちゃって。」
からかうような声の主に視線を向ける元気もない。
「あら?結構辛いの?せっかく甘酒持ってきたのに。」
そんな言葉とともにひょいと京楽の顔が視界に入ってくる。


「・・・まぁ、な。」
小さく答えれば、京楽は何も言わずに座り込んで、持ってきた甘酒を自分で呑みはじめる。
いい加減、突っ込むのも面倒くさい。
そう思って、ちらりと視線をやるだけにとどめた。


「おやおや、相当参ってる?彼女に、昇進の話断っていたの、知られちゃったし。」
・・・どうやらこの男は事の顛末を知っているらしい。
ついでに言えば、京楽は俺が漣を想っていることもお見通し。
諦めて、意地を張るのはやめにした。


「・・・情けない。」
心も、体も。
その一言で、京楽はすべてわかったようだった。
言わずとも察してくれるのは、有難くもあり、複雑でもあるが、今日は前者の割合が高い。


「・・・これはさ、内緒の話なんだけどね。」
少しの沈黙の後、京楽は静かに口を開いた。
「咲夜ちゃんさぁ、一回、引き抜いてくれないか、って、僕のところに来たんだ。これ以上浮竹の傍にはいられないって。」


そんなに、俺の傍が嫌だったのか。
浮竹の心は重くなる。
その表情を見て、京楽は慌てて付け加えた。
これ以上悪くなられては困る、と考えながら。


「もちろん、浮竹の傍が嫌とか、そういう話じゃなかったんだけど。彼女は君の傍に居ることを当然と思っていたようだし。」
では何故・・・?
視線で問えば、京楽は困ったように笑った。


「浮竹がさ、心配なんだって。自分みたいなのが同期というだけで浮竹の傍に居る。そのせいで浮竹が悪く言われるのも嫌だし、もし、浮竹に大切な人が出来て誤解されたりしても嫌だって。自分が浮竹の傍に居るのは当たり前だと思っていたけど、浮竹が自分の傍に居るのは当たり前じゃない。悔しいけど、そうなんだ、って。もっと対等になりたいって。」


そんなことは、ない。
むしろ逆だろう。
俺みたいな奴の世話をしていたら、漣に大切なものが出来たとき、彼女は迷うだろう。
どちらを優先しても、彼女は後悔する。
無愛想で言葉がきついから勘違いされているが、彼女は、とても優しいから。


「ねぇ、浮竹。君も彼女も、不器用すぎるよ。彼女においては、自分がどんな表情で何を言っているのか、まだ気づいていない。」
あの瞳を恋する瞳と言わずして、なんというのか。
京楽は内心で呟く。
彼女が浮竹を語るとき、その瞳はひどく優しく、柔らかい。


「・・・おれ、は・・・あいつに、手を伸ばして、いいのか?」
「君が本当に彼女を欲しいと思うのならね。見ているだけじゃあ、何も変わらない。手を伸ばして、捕まえて、愛の言葉でも囁いてみるといいよ。仮にも婚約者だろう?」
悪戯に言われて、小さく笑う。


「・・・そうだな。そういえば、仮の婚約者だった。」
「そうそう。せっかく僕がその役目を断って浮竹に話を持って行かせたんだから、上手くいって貰わなくちゃ。お酒も不味くなっちゃうし。」
「・・・甘酒。」
「あ、飲む元気出た?」


甲斐甲斐しく起きあがるのを手伝ってくれた京楽は、楽しげに甘酒を二つ用意する。
それに手を伸ばそうとすると、彼は立ち上がって窓を開けた。
「じゃ、後は二人で話しなよ。邪魔者は退散。またね。」
言うや否や、ひらり、と京楽は窓から出て行った。


「二人・・・?」
浮竹が首を傾げていると、馴染み深い気配がした。
「漣・・・?」
声に出して呼べば、おずおずと障子が開かれた。
その手には一人用の土鍋が載った盆がある。


『・・・粥を、持ってきた。』
彼女は少し迷った後、上司と部下という立場ではなく、同期として、俺と話すことにしたらしい。
仕事中では珍しく、敬語を外した。


『食べられそうか?』
布団の傍に置かれた盆を見ると、粥が入っているであろう土鍋の傍に梅干しが添えてあった。
少し食欲が湧いてきて、彼女に頷きを返す。
「あぁ。少しくらいなら。」
『そうか。』


黙々と粥の準備をする彼女をぼんやりと見つめる。
一体、彼女はどこから俺と京楽の会話を聞いていたのだろう。
そう疑問に思うも、彼女の動きが少しぎこちないことに気が付いて、全て聞いていたのだと悟る。


「・・・漣。」
『何?』
彼女は視線を上げることなく返事をする。
「いつも、悪い。」
『今更だな。』
「そうだな。今更だ。・・・ついでに俺の話を聞いてくれるか。」
『・・・なんだ?』


「俺には、大切に思っている人が居る。」
『・・・そうか。』
「その人も死神でな。でも、大切だから、その人を昇進させたくなかった。席官は、上位になるほど任務の危険度が上がる。仕事も増える。その上、昇進させれば、俺の傍から離れてしまう。それが嫌で、その人の昇進の話は俺が蹴っていた。」


『そうか。』
「俺にとって、その人が傍に居るのは当たり前なんだ。そう思えるくらい、いつも近くに居て、俺を助けてくれる。俺は、体が弱い。発作が起こると、いつも死への恐怖に襲われる。その人は、俺のその恐怖を和らげてくれるんだ。お蔭で、発作が起こっても、体はともかく、心は折れずにいられるんだ。」


彼女に触れられると、発作が軽くなる気がした。
彼女の声が、俺を恐怖から掬い上げてくれる。
いつも無愛想な彼女が、心配そうに見つめてくる。
その時間だけは、俺だけを見ていてくれて、不謹慎だが、いつも嬉しかった。


「だから、その人が困っていれば、俺は力になりたい。そう思っていたら、その人が仮の婚約者になってはくれないか、と、俺に言ってきた。いい加減結婚をしてもいい年頃だと両親に迫られて困っているのだ、と。俺は、それに頷いた。・・・でもなぁ、俺は狡い奴だから、その立場を利用しようと、心のどこかで考えていたのだろうな。」


そうだ。
これが俺の本音だった。
正直、これで彼女を自分のものにできる、と思った。
婚約を公表して、外堀から埋めていけば、彼女を手に入れることが出来る、と。


「全く情けない。それに気が付いたから、もう、やめる。・・・漣。顔を上げてくれ。」
そういうと、彼女はおずおずと顔を上げた。
それでも、その瞳が真っ直ぐに自分に向けられていて、小さく笑った。
「俺は、お前が好きだ。お前に、傍に居て欲しい。」


暫しの沈黙。
『・・・私、なんかで、いいのか?』
そういった彼女の瞳は泣きそうだった。
「なんか、じゃない。お前だから、いいんだ。ずっと好きだった。お前が、俺の看病をしてくれるようになって、それが当たり前になった頃から、ずっと。」


『・・・なにそれ。そんなの狡いじゃないか。全く気が付かなかった。』
「はは。そうだな。」
『何を笑っているんだ。私は、君の想いに気づかずに、ずっと、余計な心配ばかり・・・。』
「あぁ。京楽に聞いたよ。」


『馬鹿京楽。浮竹には話すなと言ったのに。無駄に鋭いうえにおしゃべりとは最低だ。』
「まぁ、そういってやるなよ。」
『浮竹も浮竹だ!馬鹿!それを早く言え!浮竹だって、わ、私が、浮竹を・・・好き・・・だなんて、気が付かなかっただろう・・・。』
尻すぼみになっていく言葉と、赤くなっていく顔が可愛い。


「なぁ、漣。俺が好きか。」
『そ、そういっただろう!』
「小さくて聞こえなかったなぁ。」
『あ、阿呆!』
「もう一度言ってくれるといいんだがな。」
『し、知らない!い、いいから、粥を食べろ!』


茶碗を差し出されるが、その手首を掴んで、茶碗を盆の上に戻す。
軽く自分の方に引けば、ぽすりと腕の中に収まる。
逃げ出す気配を感じて、彼女の腰に腕を回した。
この温もりが、ずっと欲しかった。


「・・・好きだ、咲夜。」
囁けば、彼女の体が小さく震える。
「お前は?」
『・・・じゅ、十四郎。』
「んー?」
『・・・・・・すき、だ。』


しがみつきながら呟いた彼女に笑みが零れる。
きっと、赤くなった顔を隠しているのだろう。
指摘すれば拗ねるだろうから、そのまま知らんぷりをして彼女の髪を梳く。
「そうか。それじゃあ、今日からは本物の婚約者だなぁ。」


のんびりと呟けば、その言葉の意味を理解した彼女はわたわたと慌てはじめる。
いつの間にか、体は回復していて、食欲もわいてきた。
彼女が傍に居るだけで、体の調子が安定する。
彼女は、俺の、安定剤なのだ。
そう思って、さらに彼女を抱きしめたのだった。



2016.03.22
心が回復すると、体も回復しますよね。
逆もまた然りですが。
人の体って不思議。


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