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■ 限界

『失礼いたします。五番隊第三席漣咲夜です。』
執務室の外から聞こえた声に、白哉は筆を止める。
入室を許可すれば、書類を抱えたかつての部下が姿を見せた。
久しぶりですね、と笑みを見せた彼女だが、その気配には疲れが漂っている。


藍染らの離反から一か月。
隊長副隊長の双方が不在となっている五番隊は、他隊からの応援を受けているにも関わらず、未だに通常業務に戻れていない。
それだけ、藍染の存在は五番隊にとって大きかったのだ。


「久しいな、咲夜。五番隊は、未だ落ち着かぬようだが。」
書類を受け取りながら問えば、彼女は苦笑する。
『はい・・・。他隊からの応援を頂いて、何とか機能している状態です。六番隊からの隊士の派遣には、深く感謝申し上げます。』


「構わぬ。隊長が離反したからといって、お前たちだけに責任がある訳ではない。気付けなかったのは、隊長格も同じだ。」
黒崎一護の存在がなければ、最後まで藍染らの企みに気付くことなく、ただルキアを失っていたことだろう。


『そう仰っていただけると、気が楽になります。それに、派遣していただいた隊士がかつての私の部下たちであるお心遣いに大変救われています。本当に、何度お礼を申し上げても足りません・・・。』
「礼ならあれらに言うことだ。あれらは自ら派遣を申し出たのだからな。」


元六番隊第五席である彼女を手伝いたいと声を上げた者は多かった。
隊長副隊長が不在である今、五番隊の指揮を取るのは、三席である彼女なのだ。
その彼女の立場を思えば、己の無力に歯がゆさを感じるのは、私も同じ。
だが、四番隊への入院中に滞っていた隊務に追われ、今後の対策も講じなければならないのもまた事実で。


『それでも、派遣を決定したのは朽木隊長だと聞いております。やはり、感謝してもしきれません。』
ふわりとした彼女らしい微笑み。
だが、その目の下にはくっきりと隈が出来ている。


「眠る時間もないようだな。お前まで倒れては、本当に五番隊は機能しなくなるぞ。」
『なるべく眠るようにはしているのですが・・・すぐに、目が覚めてしまうのです。情けないことに、悪夢に魘されて・・・。』
そこまで言って、彼女は余計なことまで話してしまったとばかりに、口元を手で覆う。


「・・・話せ。お前の話を聞く時間くらいはある。」
『ですが・・・。』
執務机から立ち上がって、応接用の椅子に座る。
隣に来いと言えば、彼女は戸惑いながらも隣に腰を下ろした。


「あれ以来、碌に眠れていないのだな?」
確信をもって言えば、彼女は観念したのか、小さく頷きを返す。
『・・・駄目なんです。あれからずっと。いつまた裏切られるのだろうかと。五番隊の隊士たちは、それほど、あの人を慕っていたから。私は、彼らからすれば、部外者なんです。』


彼女を三席にしたいと藍染に請われて、彼女を五番隊へ送り込んだ。
あの男は、彼女が違和感を抱くことすら、想定していたのだろうか。
その違和感の中で、彼女が孤独を感じることすら。
その孤独を心の裡に秘めて、しまい込んでしまうことも、解っていたのやもしれぬ。


『それだけ存在が大きかったというのは分かります。いつだって私たち隊士をよく見ていてくれて、必要があれば手を差し伸べてくださいました。隊長として申し分ない方なのだとは思います。けれど・・・私は、あの人が分らなかった。近くに居ると、大きな力で目と耳を塞がれているような、そんな感覚がずっとあって。それは、朽木隊長の傍に居るときも同じような感覚にはなるのですが、それとはまた種類が違う気がして・・・。』


彼女の言葉に、白哉は理解する。
だからこそ藍染は、彼女を三席に据えたのだ。
己が抜け、己に依存する副隊長が機能しなくなることを想定して。
それでも彼女ならば、己の役割を全うするだろうと。


・・・それが、餞別だったのかもしれぬ。
どういう意図があったのかは解らぬ。
あの男を理解する気にもならないし、理解できるとも思えない。
だが、隊長としての何かが、あの男にその選択をさせた気がした。


『・・・私は、怖いんです。自隊の隊長すら信じられなかった自分が。そして、部下たちさえ、信じられていない自分が。いつかそんな私に皆が気付いて、何もかもを失うのではないかと。目の前で起きた大きすぎる裏切りに、心がついて行かなくて、でも、誰に頼ればいいのか、解らなくて・・・。』


つう、と彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
堰を切ったように、次から次へとその涙は止まることがない。
少しだけ迷って、彼女に手を伸ばした。
触れた肩は細く、弱々しい。


「咲夜。お前はそれでも信じたかったのだな。今も、信じたいのだな。」
あの男を。
そして、隊士たちを。
何より、自分が信じたかった。


『朽木、隊長・・・。』
「辛い思いをさせたな。・・・好きなだけ泣け。そして、好きなだけ眠れ。今のお前に一番必要なのは、休息だ。」
『そういう訳には・・・まだ、私には、やらなければいけないことが沢山で・・・。』


「この私を誰だと思っている。お前は、私のことも信じられぬのか。」
彼女を見つめれば、その瞳からまた涙が零れ落ちた。
「お前にとって六番隊は、六番隊の隊長は、信頼の置けぬ相手なのか。この私が、お前からその程度の信頼も得ていないというのか。」


『・・・そんなことを言われたら、私は、また、朽木隊長を頼ってしまいます。それでも、よろしいのですか・・・?』
「構わぬ。此方も慌ただしいのは確かだが、当主の仕事を家臣たちに任せれば問題ない。それ故、お前はすべて私に任せて眠れ。良いな?」


涙をぬぐって、その目を塞ぐ。
彼女が大人しく目を瞑った気配がした。
それから数秒後には、ぐらりと彼女の身体が傾いて。
彼女の呼吸が深いことを確認して、そっと椅子に横たわらせる。


「限界など、とうに超えていたか・・・。」
一瞬で眠った彼女に苦笑を漏らして立ち上がれば、隊長羽織が引っ張られて。
見れば、彼女の手がしっかりとそれを握りしめている。
再び苦笑して隊長羽織を脱いで彼女にかけてやれば、その表情が穏やかになった気がした。



2019.08.28
藍染離反後のお話。
他隊に行っても白哉さんに可愛がられる咲夜さん。
疑心暗鬼になっても、白哉さんは例外。


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