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■ 軍配

「・・・君ねぇ、いい加減怒るよ?」
呆れたように言った吉良副隊長と、その足元に蹲る私の間には、一つの木箱。
破損したり、不要になった備品たちを詰め込んだそれは、予想以上に重かった。
それでも何とか一人で運んでいたのだが。


「荷物運びなんて仕事は、女性が、しかも席官がやる仕事じゃないって言ったはずだよ。それだけならまだしも、バランスを崩して自分の足の上に落とすなんて。」
『・・・ふ、副隊長の仰る通りです・・・。』
ジンジンとする足の痛みを堪えながらなんとか返事をすれば、盛大な溜め息が降ってきた。


「まったく、君って奴は・・・。」
言いながらひょいと体を持ち上げられて、悲鳴を上げる間もなく窓の枠に座らせられる。
失礼するよ、なんて言いながら草履と足袋を脱がされて慌てれば、バランスを崩しそうになって。


「大人しくしていないと落っこちるよ。」
副隊長は背中から落ちそうになった私の手を引いて、窓枠に掴まらせる。
素足になった私の右足を眺めてから、赤くなっている所に手を添えた。
霊圧が込められて、痛みが奔ったが、何とか声を抑えて。


「随分痛そうだね。でも、幸運なことに、骨は折れていないようだ。」
じわりと涙が滲んできた私の瞳をちらりと見た副隊長はどことなく楽しげだ。
この副隊長は、私に対して意地が悪い。
今みたいに周りに人が居ないときは特に。


「君に怪我をさせたりしたら、僕が小言を言われるんだからね。それに・・・嫁入り前の女性が、傷を作るものじゃあないよ。せっかく綺麗なんだから。」
するりと素足を撫でられれば、痛みがあっという間に引いていく。
痛みを感じる間もない程すぐに。


『・・・副隊長。』
「なんだい?」
『つかぬことをお聞きしますが、まさか、痛かったのは、わざとで・・・?』
恐る恐る副隊長を見れば、彼は意地の悪い笑みを見せて。


「そうだよ?痛かっただろう?」
なんて、笑顔でいうものだから、思わず副隊長に抗議をしそうになる。
だが、その原因を作ったのは君だろう、といとも容易く論破されることが解っているから、副隊長を恨めしげに見つめるだけに留めた。


『・・・副隊長は、何故こんな所に?』
備品やら何やらを保管している倉庫がある廊下は、人通りが少ない。
彼の方こそ、副隊長なのだから、こんな場所には縁がないはずだ。
何かの意図があって、わざわざ足を運ぶのでなければ。


「荷物を抱えている君の姿が見えたから。また自ら雑用を引き受けているようだから、少しだけお説教でもしようかと思ったのだけれど。」
一体、いつから見られていたのだろうか。
それに、霊圧を隠しているなんて、心臓に悪い。


「これで懲りてくれればいいのだけれどね。どうかな、咲夜。」
ちらり、と視線を向けられて、思わず目を逸らす。
未だ呼ばれ慣れない自分の名前。
彼も初めは慣れない様子だったのに、いつの間にか慣れた様子で当然のように名前で呼んでいる。


『・・・次からは、手伝いを頼むようにします。』
「手伝いだけ?」
『・・・・・・運んでおくように、お願いします。』
「うん。そうだね。そうしてくれると僕も助かる。」


さっきまで呆れていたのに・・・。
笑みを見せた副隊長に内心で文句を垂れていると、副隊長は徐にしゃがみ込んで。
素足のままだった私の右足に足袋を履かせようとするから、慌てて窓枠から飛び降りる。
片足で着地をすれば案の定バランスを崩して。


「まったく君は、困った人だねぇ。」
気が付けば目の前にあるのは、副隊長の綺麗な鎖骨。
抱き留められた体に、副隊長の体温が伝わってきて、その近さに混乱する。
じわりと涙が滲んできた自分が情けない。


「僕の前でくらい、もう少し、力を抜けばいいのに。」
その言葉と共にとんとん、と背中をあやすように叩かれて。
まるで兄の腕の中に居るようだ、なんて。
副隊長は、兄ほど恵まれた体格ではないはずなのに、その腕の中は大きい。


『きら、ふく、たいちょ・・・。』
彼の腕の中に居ることに何故か安心して、力を抜く。
素直に凭れかかれば、副隊長はくすくすと笑ったようだった。
再びあやすように背中を叩かれて、目を閉じる。


「・・・さて、そろそろ出てきたらどうです?でないと、貴方の妹をこのまま連れて帰りますよ?それでもいいというのならば、遠慮はしませんけど。」
「良いわけあるか!!」
聞きなれた声とともにぐい、と副隊長から引きはがされて、目を瞬かせた。


「顔を見るのはお久しぶりですね、海潮さん。」
副隊長が呼んだ名は、紛れもなく兄の名で。
恐る恐る見上げれば、そこにはやはり兄の顔があって。
目が合えば、兄は乱雑に私の頭を撫でた。


「よう、咲夜。元気そうだな。」
突然の兄の姿に唖然として、それから、余計な場面を見られていたらしいことに気付いて、その恥ずかしさに顔を両手で覆い隠す。
一体何なんだ、この状況は。


『な、何故、海潮兄さんがここに・・・。』
「そりゃあ、そこの副隊長サマに呼ばれて。一番隊って言えば聞こえはいいけどな。実際は雑用ばっかりなんだぞ。物品の管理やら隊舎の管理やら・・・あーあ、三番隊に戻りてぇなぁ・・・。」


「咲夜より下の席次で良ければ用意できますよ?」
本気とも冗談ともとれる吉良副隊長の言葉に、兄さんは笑って。
「ははは。お前、いつの間にか生意気になりやがって。しかも、この俺の妹に手をだそうなんて、良い度胸じゃねぇか。」


「どこかの誰かさんがいつも遠くから妹を眺めるだけしかしないので、出てきやすいように協力してあげたんですよ。感謝してください。」
「ったく、口ばっか達者になりやがって。お前、副隊長になって性格悪くなったって言われないか?」


「言われませんね。海潮さんのほうこそ、妹への過保護が過ぎるんじゃないですか。いつもいつも、遠くから眺めては僕の邪魔をして。」
じろりと見つめられた兄さんは、うぐ、と呻き声を上げた。
どうやらこの様子だと吉良副隊長の言葉は真実であるらしい。


『・・・兄さん。』
「な、なんだ、咲夜?」
『ちゃんと仕事してください!!私をいつまでも幼子扱いして!それに、吉良副隊長の仕事の邪魔をしてはいけません!!』


「いや、俺が邪魔をしているのは、仕事じゃないんだが・・・。」
何やらもごもごと呟いた兄さんをキッと睨みつければ、あからさまに狼狽えて。
「そう睨まないでくれよ・・・。俺は、お前のために・・・。」
『その、私のため、というのがいけないんです!兄さんはもう少し自分の立場を自覚してください!』


「・・・まぁ落ち着いて、咲夜。僕は海潮さんの邪魔なんて気にしてないからさ。」
ぽん、と私の肩を叩いた副隊長は、面白がるように兄さんを見ていて。
その視線に気づいた兄さんは、何故か吉良副隊長を悔しげに睨みつけた。
それでも吉良副隊長は飄々とした様子で。


「お前、やっぱり性格悪くなっただろ。」
「さて。僕には何のことやら。それより、これが備品の不足分です。早急に補充を願います。」
副隊長が袖から取り出した書簡を、兄さんは荒々しく受け取って。


「やればいいんだろ、やれば!ったく、どいつもこいつも・・・。俺の味方は一人もいないのかっつーの!」
捨て台詞のように言って、兄さんは瞬歩で姿を消してしまう。
そんな兄さんを見送った吉良副隊長は、くすくすと笑いだして。


「流石の海潮さんも、可愛い妹には弱いらしい。」
副隊長はそんな呟きを零して、私の足を痛めつけた木箱を軽々と持ち上げて歩き始める。
慌てて追いかければ、足袋と草履を履いた方がいいよ、なんて振り返らずに言われて。
その瞬間、何かが足裏に刺さったような感触。


『い・・・!』
それに気付いたのか、それとも予想していたのか、吉良副隊長は呆れたようにこちらを振り返って。
だから忠告したじゃないか、なんてお説教をしながら治療をしてくれる。
それなのに、その治療の手つきは、どこか優しいのだった。



2019.05.19
相変わらず吉良君が優勢な二人。
邪魔者は易々と撃退されてしまいます。
吉良君VS海潮兄さん。
今回は吉良君に軍配が上がりました。
不憫な海潮兄さんを書くのが楽しかった・・・。


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