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■ 揺動


『早く目覚めろ、白哉・・・。』
ふと意識が浮上したその瞬間、そんな言葉が聞こえた気がして、首を傾げる。
いや、傾げようとして、己の体が動かないことに気が付いた。
何故動かぬのだと疑問を思い浮かべる前に、己の身に起こったことを思い出して、内心溜め息を吐く。


瞼を開ければ、そこは見慣れた天井。
ちらりと視線を動かせば、己の体の至る所に包帯が巻かれている。
重い体が血液の不足を訴えていた。
何者かの気配に視線を巡らせれば、窓枠に凭れるようにして眠る女の姿を見つける。


「咲夜・・・?」
掠れた声で名前を呼べば、その声が聞こえたのか、女が目を覚ました。
『目が、覚めたのか・・・。』
眠たげな声の中に、安堵が見て取れる。


「また、お前が、治療をしたのか。」
『治療というほどではないよ。私は君の霊圧を回復しただけだからな。』
彼女はそう言って、猫のように伸びをした。
解けかけていた髪紐に気付いた彼女は、するりと髪紐を解いて。


ふわり、と鼻腔を擽るのは、彼女が好む柑橘系の香り。
長い豊かな黒髪を、窓から入ってきた風が揺らす。
風が強いな、と迷惑そうな顔をした彼女は、風に靡く髪を抑えながら窓を閉めた。
その横顔には疲れが滲み出ていて。


「・・・済まぬ。」
ぽつりと呟けば、こちらを見た彼女は苦笑する。
『そう思うのならば、もう少し自分の体を大事にしてくれ。君に居なくなられては、私の食い扶持が無くなってしまう。君の専属医という肩書が無くなれば、中央施薬院に入らざるを得なくなる。それが嫌で、君の専属医になったというのに。』


・・・狸爺どもの面倒など見てやるものか。
彼女はそう言って、山田清之助の誘いをにべもなく断った。
そんな彼女を囲い込むために、山田清之助が彼女の護廷十三隊での地位を脅かし、結果、彼女が昔馴染みである私に助けを求めてきたのはいつのことだったか。


「お前には、何度も助けられているな・・・。」
霊圧の回復。
それは、大きな霊圧を持つ患者ほど、大きな霊圧が必要となるということ。
私の霊圧の回復には、彼女に大きな負担がかかるのだ。


『まぁ、君に雇われている身で文句は言わないけどな。ただ、忠告はするぞ。君の、いや、朽木家の専属医として。』
「無茶はするなと言いたいのだろう。」
『その通り。・・・まったく、それが分かっていて、この様とはね。もう一度言うが、自分の身は大事にしてくれ。でないと私の身が持たない。』


「・・・善処する。」
彼女から視線を逸らして返事をすれば、彼女は私の顔を覗き込んできて。
『私は何度その言葉を聞けばいいのだ?』
じとりと見つめられて、言葉に詰まる。


「・・・約束は、出来ぬ。私は、隊長なのだ。」
『ほう?つまり、朽木家の存続はどうでもいいと?』
「どうでもよい訳ではない。ただ、私は、隊長としての責務も果たさねばならぬ。」
『だが、その前に、朽木家当主としての責務を果たしてもらわねば困る。』


「・・・跡継ぎが必要なのは理解している。」
ただ、緋真を亡くしてから、その気が起きないのだが。
『そのうち家臣に媚薬を盛られて適当な姫と婚約させられるぞ、君。』
彼女の言葉が想像に難くなくて溜め息を吐きたくなった。


「誰が、そのようなことを?」
『教えてなどやらないさ。それが嫌ならそんなことを言う家臣を見つけ出して処分するか、大人しく妻を娶るかのどちらかだ。・・・ちなみに、君に媚薬を盛れないかという相談は何度かあったぞ。』


「・・・善処する。」
『君はそればかりだね。まぁ、私は君に媚薬を盛るなんてことはしないから、安心しなよ。君に覚悟が出来るまで、私が出来る限り先延ばしにしよう。だから、死ぬことだけは、しないでくれ。』


真剣な瞳。
懇願に近いその言葉に、明確な言葉が返せたらどれほど良いか。
だが、私は、死神で、隊長で。
戦うことは私の誇りで。


「・・・・・・善処する。」
同じ言葉を繰り返せば、彼女はその瞳を歪ませる。
それから悔しげに唇を噛みしめて、私から離れていった。
病室の戸口の前で立ち止まって、何かを言いかけた気がしたが、彼女はそのまま出て行ってしまう。


「済まぬ、咲夜・・・。」
その呟きは彼女には届かない。
いや、届いたとしても、同じやり取りが繰り返されるだけ。
何十、何百と繰り返してきたこのやり取りが。


「嫌ならば、逃げれば良いものを・・・。」
私が怪我をすると、お互いに苦々しい気持ちになるというのに。
それでも彼女は、私の専属医をやめようとしないのだ。
体のあちらこちらにある彼女の霊圧の名残が、頼もしくもあり、切なくもあって、何故だか心がざわつくのだった。



2019.05.02
何故か切ない話になってしまいました。
白哉さんのためなら自分の身を削ってでも治療をする咲夜さん。
そんな彼女に明確な答えが渡せなくてもどかしい白哉さん。
多分きっと二人は似た者同士。


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