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■ 花冷え

 冬の寒さが緩んで、温かくなって。
固い蕾が綻んで、桜が咲く。
そんな春の陽気に誘われて酒を片手に花見に赴いたのが昨日。
酔いが回って、花冷えという言葉が頭の中から消えていたから、案の定、熱を出したのが今朝のこと。


『・・・寒い。』
布団にくるまっているのに寒気がするのは、やはり熱のせいか。
熱に浮かされた頭は暑いのに、身体が震えている。
半ば朦朧とした意識をはっきりとさせたのは、彼の冷たい手のひらと、同じく冷たい視線である。


「花見に行って風邪を引くとは、愚の骨頂だな。」
呆れ顔の白哉に、言い返す気力もない。
最大限の抗議として、じろりと彼に視線を向ける。
交わった視線がすいと逸らされて、何となく悲しくなった。


『どうして、白哉は平気なんだ・・・。』
昨日の花見には、白哉と一緒に行ったのに。
彼と私は同じだけ酒を飲み、同じだけ桜を眺めていたはず。
・・・それなのに、私だけ熱を出すなんて、不公平だ。


「お前と私では鍛え方が違う。」
降ってくるのはやっぱり呆れた声。
それなのに、彼の冷たい手のひらが額に乗せられて気持ちがいいと思ってしまっている自分が恨めしい。


『白哉の、せいだぞ・・・。花見の後、散歩などするから・・・。』
そうなのだ。
昨日はお互いに程よく酔って、花見から真っ直ぐ邸に帰れば良いものを、わざわざ遠回りをして帰ったのだ。
その提案をしたのは、白哉だった。


「・・・だからこうして見舞いに来てやっている。」
先ほどとは打って変わって拗ねた声。
ゆるりと見上げればそこにはやはり拗ねたような瞳があった。
どうやら彼なりに責任を感じているらしい。


『・・・ずっと寒くて仕方がない。どうにかしてくれ。』
何か身体を暖めるものが欲しいと思って呟けば、彼は少しだけ考え込んで。
その間に白哉と私の体温が混ざり合って、彼の掌が温くなっていく。
ふとその手のひらが離れていったと思ったら、布団を捲りあげられて。


『君は、私の話を聞いていたのか。』
布団の温もりがなくなって、身体がふるりと震える。
寒さに彼を睨みつけるのだが、彼は飄々と布団の中に入ってきた。
それだけでもこちらは大混乱なのに、さらに包み込むように抱きしめられて。


『・・・な、なんの真似だ・・・?』
恐る恐る問えば、彼の声が耳元から聞こえてきて、びくりとする。
「こうすれば、温かいだろう。」
彼の声が振動で伝わってくるほどの近さに、やはり混乱した。


・・・私は、夢でも見ているのだろうか。
あの白哉と同じ布団に入っているだけでなく、抱きしめられているとは。
いや、自分がそんな夢を見るような性質でないことは、よく解っている。
ならばやはり、これは現実か。


『君は一体、私をどうしたいんだ?そんなに私に恩を売りたいのか?』
疑問を口にすれば、ぐいと抱き寄せられて。
「何故お前はそうも穿った見方をするのだ。一体私を何だと思っている・・・。」
それはこちらの台詞だ、と思うのは、自分が抱き枕になった気分だからだろうか。


『いや、だって、おかしくないか?添い寝をするような年齢でもないだろう、お互い・・・。』
風邪を引いた頭でも、彼の行動が普通であるとは思えない。
でも、そうすると、彼が普通でないということに・・・いや、元から普通とは言えない奴か・・・?


「体温が高いな。」
『熱が出ているからな・・・。』
「そうだな。」
『分かっているなら、私を抱き枕にするな・・・。』


白哉の体温が移ってきたのか、寒気が和らいで。
やってきた穏やかな微睡みに抗う術もなく。
その上、白哉が子どもを寝かしつけるように頭を撫でるから、あっという間に眠りに引き込まれていく。


「早く治せ、咲夜。」
眠りに落ちる瞬間、そんな言葉が聞こえて。
風邪を引いたのは白哉のせいだけじゃないのに、と内心苦笑する。
けれど、そんな彼に何故だか安心して、そのまま意識を手放すのだった。




2019.04.09
白哉さんの看病とは羨ましい限りです。
友人とお花見に行ったときにふと思いついたお話。
お花見って、結構冷えますよね。

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