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■ 終わりの始まり

「どうか、この子を・・・!」
そんな、切なる願いに応えたのは、霊王だったのか、それとも私だったのか。
霊王の命令を受け、霊王宮から落とされたその腕を守り続けて早千年。
その日から、私の役目は、霊王の腕をその身に宿した彼の守護になった。


それからさらに数百年。
相も変わらず身体は弱いが、その才能を認められて彼が霊術院に入学することになった。
それに合わせるように、数百年ぶりに霊王からの命が下される。
彼の者と共に霊術院へ行け、と。


今更霊術院など面倒極まりないが、命令とあっては仕方がない。
霊王直々の命令を受ける立場ではあるが、霊王宮の下っ端官吏である。
命令に逆らう術などない。
面倒だというだけで、逆らう理由も特にない。


「・・・咲夜様。準備が整いましてございます。」
部屋の外から聞こえてきた家令の声に頷いて、部屋を出る。
目の前は、華美さはないが流麗な、石庭。
白砂利で描かれた流線の中にある岩の苔が映えて美しい。


『良い、天気だな・・・。』
「えぇ。絶好の入学式日和でございます。寮に入られるとは、寂しゅうございますな。」
『命令とあっては仕方あるまい。瀞霊廷での私の立場は、家名は低いが財力のある中流貴族漣家の当主。霊王宮にあっては、下っ端官吏。私などに着いてきたせいで、お前も苦労する。』


「そうご自分を卑下されますな。私は己の意思で霊王様の末姫である貴女様のお傍に居ります。霊王様が貴女様を官吏とされたのも、貴女様のお力を買ってのこと。咲夜様のお力があるからこそ、我々はこうして貴族の一員という立場を得られております。」
家令の言葉に苦笑を漏らして、歩を進める。


『お前くらいだよ、榊。そう言ってくれるのは。他の者は皆、私が漣家を乗っ取ったと思っている。ま、当然だな。出自も分からぬ娘を養子にしたのだから。あの先代は。それからすぐに病に倒れ、あっけなく逝ってしまった・・・。あれの子は居らず、他に漣の養子となっている者もない。それで私は当主にまでなってしまったのだ。』


「ですが、そこから商才を生かしてこの家に力を付けたのは、咲夜様にございます。少なくともこの先数百年は、何もしなくとも安泰にございましょう。」
『そうだと良いが。・・・さて、では、行ってくる。あとは頼んだぞ、榊。』
返事の代わりに深々と礼をした榊を残して、門を出た。


「・・・お前、咲夜か?」
霊術院の教室に入ると早々に声を掛けてきたのは、私の守護対象である十四郎だ。
私が養子になったばかりの頃の漣家は下級貴族であったから、時折顔を合わせていたのだ。


『そういう君は十四郎だな?』
久しぶりに会ったふりをして挨拶をする。
彼は未だに、私が彼の守護者であることを知らない。
まぁ、知らせる必要もないけれど。


「随分久しぶりじゃないか。当主になったと聞いたが。」
『名ばかりの当主だよ。そうでなければ霊術院に来ることは出来まい。ま、優秀な家臣が居るから、私など居なくとも良いのだよ。私は気楽なものさ。』
「お前らしいな。」


話しながらそれとなく十四郎の中に居るモノの様子を探る。
随分と大人しいのは、私が近くに居るからか。
それとも、十四郎が強くなったからなのか。
とりあえず静かにしてくれていることを確認して、十四郎を見た。


『君の方はどうなんだ?昔は身体が弱かっただろう?』
「肺が弱いのは今も相変わらずだが、それでも昔よりはましになった。死神を目指せるくらいにはな。」
笑う十四郎に、こちらも軽く笑う。


『そうか。まぁ、同期としてよろしく頼むよ。』
「あぁ。・・・そろそろ、先生が来るな。多分一緒に京楽って奴が来ると思うが、俺の友人だ。よろしくしてやってくれ。」
十四郎が言い終わるのとほぼ同時に、教室の扉が開く。


「ちょ、山爺!首締まってる!僕の首が締まってるから!!」
襟首を掴まれて半ば引き摺られるように入って来たのは、京楽家の次男坊で。
その襟首を掴んでいる張本人の山本元柳斎重國が、ちらり、と一瞬だけこちらを見たのが分かる。


「初日から遅刻とは何事じゃ!この、莫迦者!!」
大喝とともに落とされた拳骨。
ごん、というどうみても痛い鈍い音に思わず苦笑する。
十四郎の友である彼もまた、昔から変わらない。


「せ、先生、そのくらいで・・・。」
二撃目を繰り出そうとした元柳斎を、十四郎が止める。
「そ、そうだよ、山爺。それ以上やったら、僕の頭が割れる!」
「馬鹿、お前は素直に謝れ!」


ぺし、と京楽の頭を叩いて、十四郎は元柳斎に頭を下げる。
その隣で、渋々頭を下げる京楽に、皆が目を丸くした。
あの京楽春水を、従わせている・・・。
そんな心の声が聞こえてきて、咲夜は笑いを噛み殺した。


「・・・まったく、今日の所は十四郎に免じて許してやる。じゃが、次はないぞ、春水。」
じろりと睨まれた京楽は、それでも飄々としていて。
「解ったよ、山爺。もうしないって!・・・・・・たぶん。」


付け足された余計な言葉に元柳斎の拳が上げられる前に、十四郎は春水を抱えて席に座らせる。
「素直に謝れって言っただろ、俺は!」
「だって、山爺に嘘なんて吐いたらそれこそ拳骨が降ってくるよ!」
なんて、小声でやりあう二人に、ちらりと元柳斎を見れば、何故か私が睨まれていて。


そんな鬼の形相で睨まれても、私はあれらの育ての親などではなく、ただの十四郎の守護者だぞ。
念話でそう伝えれば、流石の元柳斎にはそれが伝わったらしく、彼の額に血管が浮かび上がる。


『・・・はぁ。まったく、手のかかる・・・。』
気は進まないが、霊術院への入学に際して便宜を図ってもらった手前、これ以上元柳斎の怒りを買う訳にもゆくまい。
悪目立ちはしたくなかったんだがなぁ・・・。


『あー、二人とも。とりあえず、もう一度頭を下げた方が良いと思うぞ?』
言い合いを止めてこちらを向いた二人に、元柳斎を指さしてみれば、顔を青くして。
「「も、申し訳ありませんでした!!」」
流石に危機を感じたらしい二人は、そろって頭を下げる。


・・・聡い二人だ。
元柳斎をどこまで怒らせたら拙いことになるか、よく解っている。
気は乗らないが、面白い学生生活になるかもしれんな・・・。
他人事のように内心で呟いて、咲夜は窓の外を見る。
こうして私の退屈な日々は、終焉を迎えるのだった。



2019.01.14
久しぶりの浮竹さん夢。
霊王の腕の守護を任されている咲夜さん。
少女の姿ではありますが、実は浮竹さんよりもずっと年上です。
元柳斎とは旧知の仲。
続編があるかと思われます。


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