Short
■ 喧嘩


『なぁ、白哉。』
「何だ。」
『・・・ルキアと私は、仲良くしないほうがいいか・・・?』
咲夜の唐突な言葉に、白哉は仕事の手を止める。


「好きにすれば良いのではないか?」
『だが、ルキアには緋真に似ているから引き取ったと伝えてあるのだろう?』
そういうことか、と白哉は彼女の問いの意味を理解する。
確かに、前妻に似ている者と現在の妻が仲良くしているのには違和感があるやもしれぬ。


「・・・好きにしろ。」
逡巡した白哉だったが、再び同じような答えを返す。
お前がそうしたいのならば構わぬ、という私の意図を彼女はそれだけで理解したらしい。
咲夜もまた逡巡して、それから頷いた。


『そうだな。清家は私とルキアをあまり一緒にさせたくないようだが、いつまでもこの状態という訳にもいくまい。・・・どうやらルキアは、私があの子を嫌っていると思っているらしいのだ。私は、あの子に、緋真の話をしてやりたいのに・・・。』
目を伏せた咲夜はどこか切なげで。


「清家のことは気にするな。妙な気を回しすぎなのだ、あれは。だが、緋真の話は、もう少し時期を待つ。・・・私も、少し整理をしたい。正直、私もどうすれば良いのか解らぬのだ。あれは、緋真に似すぎている・・・。」
その言葉は白哉の本心だった。


『・・・そうか。ならば私ももう少し考えてみるよ。だが、もし・・・白哉がどう関わるか決めたのならば。それが、どういう形のものであっても、私は、受け入れる。』
目を上げた咲夜はそう言って真っ直ぐに私を見つめる。
その言葉が意味することを悟って、最初に湧き上がった感情は、怒りだった。


「・・・それは、私がルキアを、緋真を愛したように愛してもお前はそれを受け入れるということか。」
怒りを孕んだ言葉に、彼女が震えるのが分かる。
やはり、お前は、同情で、私を受け入れたのか。


『・・・そう、だな。それでも私は白哉との間に子を成さねばならないだろうが。』
震えを隠すように言われた言葉に、何故だか酷く打ちのめされた気分になる。
彼女の中にあるのは、私への同情と、一族の系譜を繋ぐことだけ。
そして、婚約の際の約束を違えないであろうという私への信頼だけ。


「お前は、本当に、後継者を成すためだけに、私を、受け入れたのだな・・・。」
掠れた己の声に、内心で苦笑する。
政略結婚というものが、これ程までに心を痛めつけるとは。
貴族というのは、皆がこのような痛みを抱えているものなのか。


『・・・白哉が私を受け入れたのも、同じ理由だろう。』
ぽつり、と言い返された言葉が、胸に刺さる。
覚悟はしていたつもりだった。
だが、いつかは、以前のように、気安く語り合えるようになると、思っていた・・・。


「そう、だな・・・。」
緋真を忘れられず、ルキアにその面影を見ているくせに、咲夜まで欲している・・・。
彼女を愛しているかどうかも分からず、それなのに、彼女の愛を欲しがるなど傲慢だ。
最低な男だな、私は。


「ならばお前も好きにしろ。私は、お前のどんな選択も受け入れる。約束が果たされればそれで良い。」
『・・・約束が果たされれば私は用済みということか。』
震える声に彼女を見れば、その瞳から涙が零れ落ちる。


『白哉にとって私は、その程度の存在なのか。それほど、都合の良い存在か。それもそうだな。君には私以外にも選択肢があったし、今だってあるのだから。だが、私は・・・私は、白哉しか選べなかった。そして、この先も、君という選択肢しか存在しない!君が誰を愛そうが、私を愛せなかろうが、私は、この道しか選べないし、選ばないというのに!!』


「では私にどうしろとというのだ・・・!お前という妻がありながら、他の者を愛せというのか!お前は、私が、妻を愛せない男だと、思っているのか。妻を裏切るような男だと、そう、思っているのか!後継者を生ませるためだけに、お前を妻にしたと?後継者が生まれれば、用済みだからとお前を捨てると、そう、思うのか・・・?」


婚姻の儀の際に立てた誓いは心からの誓いだった。
どういう経緯であったにしろ、妻となったからには、愛すると。
咲夜が相手ならば、それも出来ると。
気安い相手を選ぶのは簡単だが、それだけで彼女を選んだ訳ではない。


「これ以上、離れていくな・・・。私を、置いて行こうとするな・・・。お前まで失いたくはない・・・。」
我ながら情けない。
失うことを、これ程までに畏れているとは。


『・・・すまない、白哉。君を、傷付けるつもりは、なかったんだ。私はもう、この道しか選べないが、君は、他の道も選べる。それなのに私が君を縛り付けてしまったようで、それが、申し訳なくて。それでも、君は、私を愛そうとするから、それが、苦しくて・・・君の本心を知るのが怖くなって、以前のようには、出来なくなってしまった。』


「咲夜・・・?」
静かに近づいてきた彼女に首を傾げれば、彼女は微笑む。
『愛していたよ、ずっと。だから君を選んだし、もう君しか選べない。けれど、それが緋真にすごく申し訳なくて、そんな自分が嫌で、認めたくなかった。』


「私、は・・・。」
『無理に言うことはない。解らないのならば、それでいい。だから、待つ。君の心が整理されるまで、待つから。約束は果たしてもらわなければ困るが、もし、その後があるのなら。君が、それを考えているのなら、私は、君を愛するよ。』


「・・・お前に何も伝えられない今、こういうことを言うのは、狡いと解っているのだが。」
『どうした?』
「お前を選んだことは、間違っていなかったと、そう思う。」


『確かに、その言葉は狡いなぁ。期待するじゃないか。』
「済まぬ・・・。」
『いいさ。愛情深い君のことだから、あと五十年くらいは緋真のことを引き摺るだろうと思っていたからな。ゆっくり待つことにするよ。私は君と違って気が長いからな。』


そう言って笑った彼女に安堵して。
そんな私をくすくすと笑うような声が聞こえた気がして。
その声が、緋真だったような気がして。
一度だけ言われた緋真の言葉を思い出す。


咲夜様を失わないようになさってくださいね、白哉様。
今の私を見透かしていたかのような緋真の言葉。
緋真は、咲夜の存在が大きなものであると、見抜いていたのだろうか。
それとも、彼女たちの間に何か密約でもあるのだろうか。


「お前が約束した相手は、私だけだろうな?」
疑わしげに問えば、彼女は首を傾げる。
『当たり前だろう。夫は一人で十分だぞ?』
「そういうことではない。」


『じゃあ、何だ?』
「・・・いや、何でもない。ルキアが戻ったようだ。好きにしろ。」
それだけ言って仕事に戻れば、彼女は首を傾げつつも部屋を出ていく。
暫くすると、二人の楽しげな笑い声が聞こえてきて、そのことにまた安堵するのだった。



2019.01.06
咲夜さんと緋真さんへの想いに振り回されている白哉さん。
お互いにどうすればいいのか解らないことって、ありますよね。
時折このような喧嘩をしつつ、二人は夫婦になっていくのだと思われます。


[ prev / next ]
top
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -