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■ 捨ててはならぬもの

『邪魔するぞ。』
旅禍の侵入により、厳戒態勢の最中、六番隊の隊主室に凛とした女の声が響く。
その声の主は、声とともにするりと入ってくる。
死覇装とは反対の純白の袴。
同じく純白の羽織。
そして頭には牽星箝。
見るからに高貴な女。


そろそろ、来るころだと思っていた。
来て欲しくはなかった。
だが、来て欲しかった。
相反する感情が心を締め付ける。


『白哉。お前は、妹を見殺しにする気か。』
入ってくるや否や、彼女は私を睨みつけながら言う。
「・・・すでに、四十六室の決定が下されている。」
あくまでも淡々と。
そう自分に言い聞かせて、彼女から目を逸らし、己の斬魄刀を佩刀する。


『・・・人でなし、と、言ってやりたいところだが、朽木家当主としては及第だな。まぁ、兄としては落第だが。』
その瞳に怒りを宿しながらも淡々と返されて目を伏せる。
「・・・兄には、関係のないことだ。」
『あぁ、そうだ。私には関係がない。お前が掟を重んじようと、彼女との約束を反故にしようと、私はどうでもいい。』


では、何をしに来た。
視線で問えば、彼女は真っ直ぐに私を見つめてきた。
全てを見透かすような瞳に、目を逸らしそうになる。
だが、その瞳が目を逸らすなと語っていた。


『行くのか。己の妹の処刑を見届けに。副官を牢に閉じ込めて。』
「規律が乱れる。勝手な行動をした報いを受けねばならぬ。」
『目の前で、妹が死ぬのを見届けて、お前に後悔はないか。』
美しい瞳だ。
強い瞳に睨まれながら、どこか冷静な思考がそんなことを思う。


「ない。」
『一度として、減刑を求めなかったこともか。』
「あぁ。」
『彼女との約束を、破ることもか。』
「・・・あぁ。」
頷いた私に、彼女の瞳が小さく歪んだ。


後悔など、せぬ。
これが、私の道。
朽木家当主として、貴族の筆頭として、掟を守るのが私の役目。
私の心など二の次だ。
朽木家の者であるからと言って、刑が軽くなるようでは、規律が乱れる。
法は、掟は、万人に平等に課せられるものでなくてはならぬ。


『・・・そうか。』
数秒の沈黙の後、彼女はため息を吐くように言った。
『では、ひとつだけ、伝えておく。』
そこで言葉を切って、彼女は一度瞼を閉じた。
それから一呼吸して、瞼を開ける。


『・・・この数週間、父と連絡が取れない。』
静かに言われた言葉に、唖然とする。
『「家」に帰ることが出来ない。』
彼女が悔しげに奥歯を噛み締めていることがわかる。


どういうことだ。
今目の前に居るのは、漣家の姫、漣咲夜である。
彼女の父は、現漣家当主。
そして、その漣家の当主は、代々賢者として四十六室に籍を置く。
その父と、連絡が取れないだと・・・?
その上、彼女が家・・・つまり、清浄塔居林に立ち入ることが出来ない・・・?


『影武者を置いて出かけて帰ってきたらこの騒ぎだ。聞けば、朽木ルキアの双極での処刑が決定され、旅禍が数名瀞霊廷に侵入したそうじゃないか。それから、隊長も一人消えたようだな。・・・その上、我が父との連絡が取れないと来た。』
「・・・兄君は?」
漸く出た声は、自分で思うよりも小さかった。


『兄上は、状況把握のため自ら駆け回っている。兄上も影武者を置いてあそこを出ていたそうだ。何か、不穏な気配があるらしい。そもそも、一隊士が双極で処刑されるなど、例がない。力の譲渡は重罪だが、すぐさま処刑というほどの罪ではない。それも、どんどん期日が早められているそうじゃないか。』


確かに彼女の言う通りだ。
しかし、私には、彼らの決定に従うことしか出来ない。
彼らは、掟。
掟を違えることはしないと、父母の墓前で誓ったのだ。
朽木家当主としても、隊長としても。


『・・・なぁ、白哉。大半の者たちは非常事態で気が付く暇もないが、これは、異常だ。その四十六室からの命令は、本物か?』
問われて気付く。
彼女がある可能性に思い至っていることに。
「兄の父君に・・・いや、四十六室に何か異変があるとでもいうのか。」


『異変と言えば異変だろう。・・・我が父は亡き者になっているのかもしれない。腐った男だが、そう簡単に朽木家の者の処刑を決めるとは思えない。ましてや双極を使うなど。いや、朽木家の者だからこそ、生かすと思わないか。お前に恩を売るために。』


それがないと言うのは、やはりおかしい。
彼女の瞳はそう訴えている。
もしかしたら、彼女は確信しているのかもしれない。
己の父がすでに死んでいることを。


『・・・白哉。行くことを止めはしない。だが、生者に、亡霊に気をつけろ。誰が生きていて、誰が死んでいるのか見極めろ。結論を出すのは、最後の一瞬まで待て。最後まで、助ける、という選択肢を捨てるな。それを捨てれば、お前は、後悔することになる。私は、嫌だぞ。壊れていく者を見るのは、もうたくさんだ・・・。』


泣きそうな瞳が、本心だと語っている。
いつも凛としている彼女が、泣きそうになっている。
『生きてくれ。何があろうと。・・・ルキアを、見放すな。緋真の願いを、彼女との約束を、どうか・・・。』


見る見るうちにその瞳に涙が溜まって行き、ついに零れ落ちる。
綺麗だ。
やはりどこか冷静な思考が残っているらしい。
そんなことを思って、涙を流す彼女を抱きしめた。
幼いころから彼女の泣き顔を隠すのは私の役目なのだ。
いつものように、彼女は私に縋るようにして本格的に泣き始める。


『・・・すまない。』
小さく聞こえてきた彼女の謝罪。
何に対しての謝罪かはよく解らないが、何が、とは問わなかった。
彼女が何か不安を抱えていることが解ったから。
そしてそれが、彼女と、彼女の父との確執に繋がっていることも。


手段を選ばぬ冷酷な父。
彼女が面と向かってそれを諌めれば、女は嫁にでも行け、と、朽木家に・・・私に見合い話を寄越した。
恐らくは、私が見合いを断れないことを知っていたのだ。
当時私は家臣たちに詰め寄られていたのだから。


そして、幸か不幸か、私と彼女は幼馴染というもので。
旧知の仲であり、気安い相手で、仮の婚約者には持って来いだったのである。
互いに打算的であったが、婚約を了承した。
恐らく、彼女の父はそれすらも見抜いていた。


『・・・兄上が、当主に、なれば、きっと、変えて、くださるから。私に、出来ることは、白哉に、父と連絡が取れないことを、伝える、こと、だけで。すまない、白哉。』
「謝るな。咲夜のせいなどではない。・・・咲夜。」
名を呼べば、涙に濡れた瞳が私を見上げてくる。
「よく伝えに来てくれた。・・・清家に話は通しておく。朽木家に隠れて居れ。」


『白哉は・・・?』
「私は行く。」
『・・・処刑を、止めにか?』
「旅禍の小僧と剣を交えるために。」
『え・・・?』


「処刑については、四十六室がどうなっていようと、あれらが死んでいる、などといった確固たる証拠がない以上、止めることは出来ぬ。だが、私は、あの小僧と決着をつけねばならぬ。・・・そんな気が、するのだ。あの小僧は、あの男に、似ていた。ルキアが手を掛けた、あの男に。」


『海燕に・・・?』
「あぁ。・・・私も、分からないのだ。掟と、緋真との約束と、どちらを守るべきか。私の誇りとは一体何なのか。」
大切にしようとすると、掌から零れ落ちてしまう。
そんなことが何度あっただろう。


『・・・春水殿と十四郎殿が、双極を破壊するだろう。』
不意に呟かれた言葉に目を丸くする。
『四楓院の道具を解除しているようなのだ。あの二人があれを使えば、双極は破壊される。その前か、後かはわからないが、旅禍の少年と戦うことになる。・・・勝っても負けてもいい。生きて帰って来い。』


待っている。
彼女はそういうと、涙を拭って私の腕からするりと抜けだした。
そのまま窓から外に飛び出していく。
その背を見送って、双極の丘へと足を向ける。


何が正しいのか。
再び自問自答を繰り返しながら。
掟か、約束か。
当主として、隊長として、正しい判断は、本当に正しいか。
私個人の意思は、ただ邪魔なものだけなのだろうか。


もし、四十六室からの命令が偽物であったのならば。
それが出来る人物とは一体。
彼女は生者と亡霊と言っていた。
前者は四十六室のことを言っているとして、後者の亡霊とは、何のことだ?
死んだとされている者のことか・・・?


そこまで考えて、何かが掴めそうになった時、双極が解放された。
双極の真の姿にその思考はどこかへと追いやられる。
突然現世で見た橙色が現れて、双極の矛を受け止めた。
浮竹と京楽が矛を破壊し、橙色は磔架を破壊する。
それから副隊長三名を簡単に伸した橙色に、反射的に刀を抜いた。


私の守るべきもの。
私の誇り。
私の役目。
約束。
掟。
彼女の願い。


橙色と交わった刀は、酷く鈍い音を立てた気がした。
それが己の心を表しているようで、何も解らなくなる。
気が付いた時には己の刃は打ち砕かれていて、目の前の男の敵は私ではないのだと悟った。


咲夜の言葉を思い出して、ルキアを助けねば、と、思う。
私は、一体、何を手放そうとしていたのだろう。
私の道には、何一つ、捨てていいものなどなかったのに。
いや、捨てるべきではなかったのだ。


「・・・すまない。」
呟いた言葉は、誰の耳にも入ることなく、消えていく。



2016.03.21
色々なことを考えて、迷っていたであろう白哉さんを書きたかったのですが・・・。
夢要素もあまりないですね・・・。
精進します。


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