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■ 並駕斉駆

「・・・これをもって、三番隊副隊長に任ずるものとする。」
朗々と読み上げられた任官状。
「謹んで、お受けいたします。」
頭を下げながら、やっとここまで来たかと、イヅルは安堵する。


「ここが執務室や。好きに使い。ほんなら僕、ちょっと出てくるわ。」
挨拶もそこそこにそう言って姿を消したのは、三番隊隊長市丸ギン。
今日から直属の上司なのだが、業務内容についての引継ぎが一切ないのはどういう訳なのかと首を傾げつつ、イヅルは執務室の扉を開いた。


『・・・やぁ、イヅル。』
聞こえてきた声と、見えた姿にイヅルは瞠目する。
一瞬の後、思わず扉を閉めれば、執務室の中から忍び笑いが聞こえてきた。
それは、紛れもなく、彼女の笑い声で。


一体彼女は、何をしているのか。
そもそも、鬼道衆がこんなに堂々と護廷十三隊の隊舎に入り込んでいるというのは如何なものなのだろう・・・。
イヅルは混乱しつつも、咲夜だから仕方がないか、と再び扉を開く。


「・・・勝手に入り込んで何をしているんだい、咲夜。」
そう問えば、今日から僕のものとなった執務椅子に座る彼女は笑う。
『お祝いの挨拶に。鬼道衆総帥からの祝いの品もある。』
何故か得意げな彼女は、執務机に包みを置いて立ち上がると、こちらにやってきた。


『ついに副隊長か・・・。』
呟きながら、彼女は副官章に触れる。
『おめでとう、イヅル。』
笑みと共に紡がれた言葉はとても単純なものだったけれど、自然と笑みが零れた。


「やっと、君に追いついた。」
『何を言っている。副隊長ともなれば、鬼道衆の三番手などよりも上だろう。』
「まさか。鬼道だけは君に勝てる気がしないよ、僕は。」
『そりゃあ鬼道衆だからね。鬼道だけなら負けてなどやらないよ。』


揶揄うような視線は昔と変わらない。
けれど、一つだけ異変に気付く。
彼女の目線が、僕より低い・・・。
彼女の態度のせいか、久しぶりに会ったことを忘れていたが、そういえばここ最近身長が伸びたような。


『・・・あれ?イヅル、少し大きくなった?』
彼女も同じことに気付いたらしい。
自分の頭に手を当てて、そのまま僕の方へと滑らせる。
僕の額に届いた手を見て、彼女は少しだけ唇を尖らせた。


『前に会ったときは同じくらいだったのに・・・。』
「最近背が伸びたからね。」
『ふぅん?何か気に入らないな。同じ目線の方が近くていいのに。それに・・・。』
言いながら彼女は僕の頬を両手で挟んで少しだけ下を向かせる。


「え、なに?どうしたんだい?」
近づいた距離にドギマギとしながらも、こちらを真っ直ぐに見る彼女から視線を外すことが出来ない。
『こうした方がイヅルの顔がよく見える。今度からはこの角度で話してくれ。』


・・・この距離感は友人のそれにしては近いのでは。
胸が騒ぐのは、きっと、距離が近いせい。
いや、彼女の容姿が整っているのもその一因か。
彼女の方こそ、暫く見ないうちに綺麗になった。


「・・・君、他の人にもこんなことをしていないだろうね?」
『当たり前だろう。イヅルだから出来るんだ。』
当然とばかりに放たれた言葉はきっと無自覚。
彼女の意図はともかく、これは男として喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。


「全く、君って奴は・・・。」
『なんだ?どうしたんだい、イヅル?』
「いや・・・変わらないなぁと思ってね。」
『うん?イヅルも変わらないよ?』


「あはは。そうだね。まぁ、お互いさまってやつかな。」
『何だかよく解らないが・・・ま、いいか。それより、早く贈り物を開けてくれ。やっと父と兄の許可が出たんだ。』
彼女は僕の手を引いて執務机へ歩を進める。


「許可?」
首を傾げるのだが、彼女は得意げな顔をして開けてみろと包みを指さした。
言われるがままに包みを開ければ、出てきたのは桐の箱。
何も書かれていないことに首を傾げつつもその蓋を開ける。


一瞬の後、溢れ出た光に目を瞑る。
それから恐る恐る目を開ければ、見知らぬ場所に立っていた。
目の前には鬼道衆の紋が刻まれた巨大な扉。
あの桐の箱に空間転移の仕掛けがあったのかと呆然としていると、隣に居たらしい咲夜がその扉を開け放つ。


「来たか。」
「そのようですね。」
窓際に悠然と立つ二人の男が、ゆっくりとこちらを振り返る。
彼らの纏う羽織に唖然としていれば、咲夜が僕の手を引いて中へと招き入れる。


『父上。兄上。お連れしましたよ、私の挑戦に付き合ってくれた大切な幼馴染です。』
「そうか。私は碧壱夜。咲夜の父で、鬼道衆総帥を務めている。」
「私は碧八尋。咲夜の兄で、鬼道衆副総帥を務めています。お初にお目にかかります、三番隊副隊長吉良イヅル殿。いつも妹がお世話になっているようですね。」


微笑みを見せた二人は、目元がよく似ていた。
纏う雰囲気にに違いはあれど、間違いなく、彼女が隣に立つことを目標にした二人。
隣に立つことが出来たら紹介すると、あの、霊術院の日々の中で約束した。
そして、イヅルはあることに気付く。


「・・・護廷隊に入隊してから、時折、それも、咲夜と顔を合わせるときに、不思議な気配を感じることがありました。それは、お二人だったのですね。」
『え?そんな気配、あったか・・・?』
首を傾げる彼女に目の前の二人は小さく笑う。


「噂以上ですね、父上。」
「そのようだな。我々も今以上に修業が必要らしい。」
笑う二人に、イヅルは片膝をついて、頭を下げる。
『イヅル・・・?』


「お二人に、お会いすることが出来たならば、お伝えしようと思っていたことがあります。」
「ほう?申してみよ。」
「お二人が彼女に道を示したお陰で、僕は自分の道を見つけることが出来ました。今この場に居られること、嬉しく思います。大変感謝しております。お二人にも、咲夜にも。」


「それを選んだのはお前たち自身だ。良くここまで辿り着いたな、二人とも。」
壱夜の言葉にイヅルは再び頭を下げる。
彼女ともども認められたようで、嬉しくて、誇らしかった。
これで漸く、彼女と肩を並べることができたのだと。


「しかし、君たちにはまだまだ先があります。目指すものが同じでも、同じ道を歩いて行けるとは限りません。今後も研鑽を積むように。二人で同じ場所に辿り着くことができるように。なんて、偉そうなことを言うと父上に叱られるのでこの辺にしますが。」
悪戯に笑った八尋に、イヅルも笑う。


『何故だ?何故父上と兄上は、イヅルをそんなに知っている?会うのは今日が初めてのはずなのに!イヅルもイヅルだ!どうして何もかも解ったような顔をしているのだ!』
「それは君が原因だと思うよ。僕に会えば父君と兄君の話。二人の口ぶりからすると、僕の話もしていたのだろう?」


『そ、れは・・・確かにそうだな?』
「だろう?だから、君のせいだよ。君のお陰ともいうけれど。」
『何だそれは。大体、私はもっとイヅルが驚くと思っていたのだ!つまらんぞ、私が!』
「驚いているさ。でも、君が昔の約束を守るから。だから僕も約束を守ったんだよ。」


『そうだとしても、気に入らない!!』
頬を膨らませた彼女に、皆が笑う。
「まぁそう怒らないでよ。君が約束を守ってくれたことが、嬉しかったんだ。」
『・・・イヅルは、そういうところが狡い!罰として、私の鬼道の稽古に付き合え!』


「えぇ・・・。僕、こう見えて副隊長だから、色々仕事があるはずなんだけど・・・。」
『市丸隊長なら今日はもう戻ってこないぞ。松本副隊長に引き留め役を頼んだから、君に仕事の引継ぎがあるのは明日以降だろう。』
「えぇ・・・。それもそれでどうなの・・・?隊士が困るんじゃ・・・?」


『良いから行くぞ!それで、お腹が空いたらイヅルがご飯を作るんだぞ!』
「君、もしかしなくてもご飯目当て?」
『・・・いや、違うぞ?』
「ねぇ、今の間は何!?ちょっと、咲夜!?」


騒ぎながら外へと出て行った二人を見て、残された二人は苦笑を漏らす。
「仲良しですねぇ、相変わらず。それで?その机の中の写真はどうするのです?」
「二人とも、互い以外の見合いには応じなさそうだ。丁重にお断りしておけ。」
「畏まりました。」


机の引き出しから取り出されたのは、咲夜とイヅルに持ちかけられていた見合いの写真。
壱夜が無造作に投げたそれを、八尋は鬼道で灰にする。
灰が床に落ちる前にこれまた鬼道で風を起こし、窓の外へと流していく。


「あれで互いに無自覚とは。」
「先が思いやられますねぇ。まぁ、兄としては複雑ですが。」
「あの子が選んだ相手だ。間違いはあるまい。私の子だからな。」
二人は笑って、仕事に戻る。
外から聞こえてくる二人の声に耳を傾けながら。



2018.11.17
またもや吉良くんを久しぶりに書いた気がします。
韓国のドラマの吹き替えを見ていたら吉良君の声だったんです。
それでふと思いつきました。


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