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■ 懊悩

『・・・匿え、白哉!!』
そう言って執務室に駆けこんできたのは咲夜である。
先日妻となった彼女は、これでも霊王の末裔である。
利害の一致による政略結婚で、夫婦と言って良い関係であるのかも曖昧なのだが。


「何をしている。」
いつの間にか私の執務机の下に潜り込んでいる彼女に、思わず呆れる。
『何って、追われているんだよ!あの十一番隊長に!』
一体、何がどうして彼女があの男と関わることになったのか・・・。


「私は邸で大人しくしていろと言わなかったか?」
『大人しくしていたさ!それなのに突然庭に桃色の女の子がやってきて・・・。』
「草鹿やちるか。」
『そう、それだ!・・・なんであんなのが副隊長をやっている。』


「あの男があれを副隊長に指名したからだろう。」
『いや、しかし、あれは・・・。』
彼女が何かを言いかけたところで、どたどたと喧しい足音が近づいてくる。
息を潜めた彼女に溜息を吐いて、書類に筆を走らせる。


「おい!霊王の末裔とかいう女はどこだ!?」
無遠慮に開けられた扉を冷ややかに見つめて、視線を戻した。
「知らぬ。」
「ッチ。そうかよ。おい、やちる!本当にこっちなんだろうな!?」
「次はあっちだよ、剣ちゃん!それじゃあ、びゃっくん、またねー!」


『・・・・・・行ったか・・・。』
彼らの足音が遠ざかって暫くしてから、彼女は机の下から這い出てくる。
このような不作法をするような女でも朽木家当主の妻となることが出来るのだから、世も末なのやもしれぬ。


・・・それも強ち間違いではない、か。
私とて、妻を亡くして一年半で新たな妻を娶ったのだから。
その新たな妻と、夜を共にしているのだから。
虚しいものだ、お互いに。


『疲れた・・・。少しここで休ませてくれ・・・。』
床に座り込んだ彼女は、その背を私の椅子に預ける。
頭を私の膝に凭れさせて、目を閉じた。
そのまま好きにさせておけば、すやすやと寝息が聞こえてきた。


「・・・咲夜。お前は何故、私の前でそこまで無防備になれるのだ。何故、その身を私に預けられる?私はお前を利用しているのだぞ。」
それなのに、何故、私を選んだのだ。
お前は、私と緋真を見て、二人のようになりたいと、笑っていただろう。


その高貴な血筋から、相手の男は大貴族の男でなければならないのは分かる。
その大貴族の男の中で、年齢が釣り合うの独り身の男が、私と時灘くらいであることも分かる。
だが、天涯孤独となっている彼女なら、他の男を選ぶことも出来たはず。


「何故、私なのだ。」
呟いた言葉に自分の中から返ってきた答えは、同情、だった。
私は彼女に同情されているのかもしれない。
私の我儘を通すために自分が利用されることを解っていながら、それでも彼女は、私に同情して妻となったのではないか。


「・・・私には、お前が解らぬ。」
筆を置いて、ため息を吐く。
長い間、良き友であった。
互いに数少ない貴重な理解者であったはずなのに、今の私は彼女が解らない。


互いの体温を知ったのに。
それほど近い場所に居るのに。
それなのに、これ程までに、彼女は遠い。
いつの間にか、彼女だけが先に進んでしまったかのように。


咲夜・・・。
お前もまた、私を置いて行くのか。
母のように、父のように、そして、緋真のように。
そこまで考えて、白哉は自嘲する。


情けないことだ。
緋真を忘れられずにいるというのに。
彼女を利用しているというのに。
遠くなった彼女を、取り戻したいと思っているなんて。


己の欲深さに反吐が出る。
ルキアを養子にするために彼女を利用したのは、紛れもなく私であるというのに。
咲夜を通して緋真との日々を追いかけることすらあるというのに。
朽木家当主として考えれば、彼女との婚姻は最善の選択であるはずなのに。


何故、これ程までに苦しい。
哀しい程に虚しい。
何故・・・何故お前は、平気な顔をして私の傍に居られるのだ。
何かに囚われるのが嫌いな性分であるお前が、家に縛られて平気なはずがないのに。


「・・・済まぬ、咲夜。」
呟きを零して、彼女に手を伸ばす。
抱き上げても目を覚まさぬ彼女に安堵しながら、その華奢な肩に額を寄せる。
その温もりと無防備な寝顔が切なくて、けれど、手放し難かった。



2018.10.21
昔から付き合いのあった咲夜さんへの親愛の情がある白哉さん。
忘れられない想いと、良き友人を苦しめている罪悪感と、自分たちの立場と。
その全てが押し寄せて苦しい、みたいな。
まだ続編があると思われます。


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