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■ 茨の道

「・・・まったく、朽木家当主の気まぐれにも困ったものだ。」
「流魂街の娘を妻にするなど、掟破りもいいところ。」
「住む世界が違うのだ。その妻を早々に亡くしたのは、幸いだというべきだろう。」
「次こそは掟に従って貴族の姫を娶らねばならぬのは明白。」


「「「「さて、どの姫を嫁がせようか?」」」」
廊下にまで聞こえる宴の席での堂々とした密談。
顔を突き合わせた狸爺共の厭らしい顔が思い浮かんで、己の心が冷めていく。
すぐ後ろに居る話題の中心にある人物の心情を思うとやるせないが、人の死を幸いとまで言い放つ輩を放っておく気にもならず、堂々と障子を開いた。


『随分と楽しそうな話をしているじゃないか。』
気安く声を掛ければ、男たちはびくりとその身を震わせる。
私と、その背後に居る白哉を見てその顔を青褪めさせた。
そんな彼らに笑みを向けて、そのまま戸口の柱に寄りかかる。


「漣、様に、朽木様・・・。」
『この私に礼を取らないとは、偉くなったものだな。もう白哉の義父気取りか?』
「い、いえ、まさか、そのような・・・。」
「ご、ご機嫌麗しゅう、漣咲夜様・・・。とんだご無礼を・・・。」


『無礼?確かに無礼だな。霊王の末裔たるこの私に直に話しかけるなど。本来ならば私の顔を見つめることすら無礼にあたる。』
慌てて視線を逸らした男たちは、ただ深く頭を下げる。
その姿に、咲夜は冷ややかな視線を向けた。


『・・・まぁいい。出自の貴賤を問わず女性に愛されない男どもなど躾けるだけ時間の無駄だ。そうだろう、白哉?』
ちらりと見た彼の瞳は一切の感情を映してはいない。
悲しみも怒りも忘れてしまったような、哀しい瞳。


「随分な皮肉だな、咲夜。」
堅い声と無機質な瞳に、お得意の無表情。
それでも、彼をよく知る者ならばそこに隠された痛みや苦しみを、絶望に近い感情を汲み取ることが出来る。


・・・もっとも、その絶望を与えているのは私だ。
貴族として生まれたからには逃げられない事実が、私と白哉を縛り付ける。
お互いに一人っ子で、両親は居ない。
だからこそ、その血を守らねばならない。
他ならぬ私たち自身が。


『白哉。私はもう、腹を決めた。朽木家か、綱彌代家か。いや、朽木白哉か、綱彌代時灘か。その二択しかないことはよく解っているから、せめてそのどちらかを選ぶのは私自身でありたい。私は・・・白哉を選ぶよ。』
そして私は、私のために、白哉を傷付ける。


『よく聞け。この度、朽木家当主朽木白哉と漣家当主漣咲夜の婚約が内定した。婚姻の儀は、半年後だ。』
男たちが息を呑む声が聞こえる。
白哉の心が罅割れるような音が聞こえる気がした。


「ま、真にございますか・・・?」
『あぁ。』
「些か性急に過ぎるのでは?朽木様の奥方が亡くなられて、まだ一年ほどでしょう・・・?」


『事情が変わった。白哉は再び掟を破る。それを見逃す代わりに、掟通り私と婚姻を結ぶ。私は子を産む。朽木、漣両家の次代の当主となるべき、二人の子を。』
「故に、貴様らが入り込む隙はない。夢想は捨て置け。」
付け足された言葉は、まるで刃のよう。


『君たちが選ぶ姫は、あの時灘の元にでも送り込むんだな。まぁ、あれに生贄扱いされるのがいいところか。下手をすれば君たちの大切な姫を人質に取ることさえするかもしれないけれど。』
その様を思い浮かべたのか、男たちはさらに青褪める。


『もちろん、私たちに手を出せば霊王宮が黙ってはいない。今後はよくよく考えて動かれよ。その身を滅ぼしたくないのであれば、軽口は控えられるがよい。・・・行こう、白哉。必要なことはすべて伝えた。長居は無用だ。』
「あぁ。」


・・・これが、私の選択だ。
あの綱彌代時灘に、私の、霊王の血を与えるわけにはいかないのだ。
あれがそれを悪用することは目に見えているのだから。
だから、私は・・・。


『・・・君を傷付け、利用するよ、白哉。一生、許さなくていい。愛さなくたっていい。ただ、私を君の傍に置いてくれ。』
「・・・利用するのは私も同じだ。お前ばかりが悪いわけではない。こちらこそ、済まぬ、咲夜。だが・・・礼を言う。」


感謝の言葉が切ない。
けれどその理由を考えるのはもう止めた。
その答えを見つけたところで、自分自身が苦しくなるだけだから。
彼が心の底から愛するのは、緋真だけだから。


『お互い様、というわけか。ま、我々に引き返す道はない。あとは進むばかりだ。もっとも、険しい道しかないのだが。』
「そうやもしれぬ。だが、己で選んだ道だ。」
言いながら私の前に出た白哉の背中が大きく見えて、何故だか泣きそうになってしまうのだった。



2018.10.08
切ない政略結婚。
咲夜さんはきっと、幸せそうな白哉さんと緋真さんを近くで見てきたのだと思われます。


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