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■ 希望

「うーん・・・こう、か・・・?」
いつものように隊舎の中庭から聞こえてきた声にくすりと笑えば、それに気付いた彼が振り向いて、やはりいつものように少しだけ恥ずかしげに、困ったような笑みを見せる。
それが見たくて、ここに来るときはいつも気配を消しているのだけれど。


『お疲れ様です、浮竹隊長。今日も調子がよろしいようで。』
くすくすと笑いながら言えば、隊長は苦笑を漏らす。
「皮肉はやめてくれよ。見ての通り悩んでいるところだ。」
廊下までやって来た隊長はそのまま腰かけて、手にしていた剪定鋏を傍に置く。


「何処をどう手入れするのが、正しいんだろうなぁ・・・。」
隊長の呟きは、きっと盆栽に向けてだけのものではない。
黒崎一護という現世の少年が現れてからこちら、隊長は何か思い悩んでいる。
その悩みの種自体は、おそらく随分前からあったのだろうけれど。


『ふふ。好きなだけお悩みください。それが出来る時間が少しでも長くあるように、私が時間稼ぎを致しましょう。』
手元に結界を作って、盆栽の方へ向ける。
滑るように結界が進んでいって、盆栽を包み込んだ。


「時間停止の結界か。」
『えぇ。といっても、あの程度では一日ほどしか持ちませんが。』
悪戯に微笑んで見せれば、隊長の瞳が緩む。
そうさせているのが自分だと思うと、それが酷く誇らしい。


「いつも悪いな、咲夜。」
『盆栽の成長を一日止めただけで大袈裟ですよ、隊長。』
「そうか。それでも、ありがとう、咲夜。」
心からの笑みを見せた隊長に安堵する。


『私の主は浮竹十四郎その人ですので。貴方の望みを実現するのが、私の役目です。この程度のことならば、いつでも承りましょう。』
「・・・そういうことなら、ひとつ、意見を聞かせてくれないか。」
その言葉に頷いて、隊長の隣に座り込んだ。


「お前も、一護君と話したことがあるだろう?」
『えぇ。尸魂界滞在中、彼はよく十三番隊に顔を見せてくれましたから。』
「どう思った?」
ちらりとこちらを窺った隊長は、すぐに視線を中庭に戻す。


『・・・初めてその姿を見た時、副隊長が生き返ったのかと思いました。思わず涙が出てしまったくらい、あの眩しさは副隊長と同じでした。』
真っ直ぐな瞳とその瞳に映る信念。
非凡であるはずなのに感じる凡庸さ。


『喜怒哀楽がはっきりとしていて、その髪色のとおりに陽だまりのような温かさを持つ情の深い人間なのでしょう。彼が居なければ、ルキアの命はありませんでした。』
「そうだな。どちらにしろ藍染を止めることは出来なかっただろうが、一護君が来なければ朽木は処刑されていた。」


『それだけではなく、我々の意識もまた、変わらぬままだったことでしょう。迷いを抱くのは人間も死神も変わらないはずなのに、何故こうも差が出来たのでしょう。私たちの方がずっと長く生きているはずで、経験だってあるのに、何故、私たちは動けなかったのでしょう。あれ以来、私は、そんなことを考えます。』


隊長に刃を向けるなど、考えられなかった。
四十六室の命に逆らうなんて、ただの命知らず。
決して何一つ不満がなかったわけではないのに。
それを変えられるなんて考えたこともなかった。


『私たちは、死神です。掟に縛られる者です。だから、思考が止まっていた。それでいいのだろうかと、常に自問自答を繰り返さなければならなかったのに。掟がすべてだと思い込んでいた。確かに掟は守らねばなりません。その掟が作られたのには理由がありますから。でも、私は、それだけではない、何か可能性のようなものを、彼に感じました。』


「俺もだ。だが、俺は隊長だから、その掟を守るために彼に代行証を渡した。」
俯いた隊長の顔を長い髪が隠して、その表情は窺えない。
「それがどういうものか、俺が一番よく解っているのにな・・・。」
自嘲めいた声は、後悔と苦悩を含んでいて。


『・・・これは、私の勘・・・というか、希望なのかもしれませんが。』
空を見上げながら言えば、隊長の視線が向けられた気がする。
『黒崎一護はきっと、それすらも許容する。彼はすでに掟と戦い、勝利した。そして、次の戦いは、藍染という掟破りとの戦いになる。そしてその次は・・・。』


滅却師、ということになるのだろう。
彼とともに来た、あの石田雨竜は、紛れもなく滅却師。
滅ぼし損ねた火種が、もうすぐ、この世界を壊しにやってくる。
死神と滅却師の戦いに、彼らが巻き込まれるのは必然だろう。


『世界を相手取るも同然の戦いの中に、彼は巻き込まれていく。きっと、私たちも。』
「お前も、そう感じるか。」
『はい。恐らく、彼らの父親たちが何よりも早くその結論に至っている。だからこそ彼らは、尸魂界に送り込まれた。全く、酷い父親です。あの二人は。』


「黒崎一心と、石田竜弦、か・・・。」
『彼らが己の存在の真の特異さを知る時、その絶望は計り知れないことでしょう。けれど、それを予想できない二人ではないでしょうから、彼らに絶望を与え、乗り越えさせることで、その絶望すらも乗り越えてしまうほどの力を身につけさせる。だから・・・。』


「だから?」
先を促した隊長を見つめて、微笑む。
『隊長が黒崎一護に与える絶望など、試練の一つでしかありません。それを乗り越えられなければ、それまでだったということ。』


「はは。手厳しいな・・・。」
『そんなことはありませんよ。だって彼はそれを乗り越える。貴方のことも許容して、さらに強くなる。守るため、そして、生きるために。あの、無謀ともいえる勇気を糧にして。今までの絶望と、これからの絶望すらも、糧にして。』


「お前がそこまで信を置くのは珍しいな。」
苦笑した隊長の瞳には、先ほどの苦悩はない。
『当然です。黒崎一護を信じているのは、私だけではありませんから。だから、隊長は、彼に代行証を渡した。渡さないという選択肢もあったはずなのに。』


・・・そうだ。
隊長には、代行証を渡さないという選択肢があった。
それでも隊長は、代行証を渡したのだ。
彼を監視下に置くということに苦悩を感じながらも、彼がそれを受け入れることを信じて。


『貴方の信頼に、彼は必ず応えます。』
「はは。お前は俺を買い被りすぎだぞ。俺は聖人君子なんかじゃない。」
『それを知らない私ではありません。けれど、それでも私は貴方の傍に居るじゃありませんか。』


「そう、か・・・。そうだな・・・。」
目を丸くした隊長は、それから微笑む。
「ありがとう、咲夜。」
眩しい笑みにつられて頬が緩んだ。


『礼には及びません。私は私の役目を果たしているだけです。私は貴方の味方です。ですから、頼ってください。貴方が動けないのならば、私が手足となります。必要ならば、いくらでも時間を稼ぎます。貴方と一緒に悩みます。今日のように。』
真っ直ぐに隊長に言えば、徐に隊長の手が伸びてきて。


「咲夜。」
呟かれた声の近さと温もりに抱きしめられていることを悟る。
『た、隊長?』
「お前には、何度感謝してもしきれんな・・・。」


『隊長、他意がないのは分かりますが、この状況は色々と誤解を招くかと・・・。』
「誤解ならすでにされているぞ?ほら、塀の上を見ろ。」
言われて視線を移せば、何やらにやにやとした三席の二人の姿。
加えて、屋根の上に感じる京楽隊長の気配。


『・・・た・・・隊長!すぐに、誤解を解くことを提案します!』
「そうか?」
『そうかって・・・あ!三席!どこへ行くんですか!三席!?』
楽しげに塀の向こう側へと姿を消した二人の気配が遠ざかって、慌てて隊長の腕の中から抜け出そうとするのだが、当の本人に私を離す気は毛頭ないらしい。


「全く、いいなぁ、浮竹は。こんな美人さんに慕われて。」
「お前にだって伊勢副隊長が居るだろう。」
「まぁね。でも、咲夜ちゃんの独り占めは狡いなぁ。」
「お前にはやらんぞ。」


頭上で交わされる隊長二人の呑気な会話。
未だ抱きしめられている己の体。
三席たちにあっという間に広められるであろう噂話。
これが束の間の平穏というものか、と現実逃避を始める思考回路。


『・・・浮竹隊長。責任は、ちゃんと取ってもらいますからね?』
恨めしげに見上げれば、隊長は笑う。
「ははは。喜んで取るさ。お前のためならば。」
簡単に言い切られてしまっては、ぐうの音も出ないのだった。



2018.09.23
心強い味方で居てくれる咲夜さんを頼ってしまう浮竹さん。
咲夜さんこそが浮竹さんの希望だったり。
浮竹さんの片思いは長年にわたっていると思われます。
ふたりの噂はきっと一瞬で広まっているのだろうなぁ。
翌日からが大変そうです。


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