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■ 試金石

もう、飽きてしまったなぁ・・・。
自分の仕事は終わったし、隊舎を抜け出してお昼寝でもしようか。
咲夜は伸びをしながらそんなことを思う。
窓から見える雲一つない青空と、秋めいた爽やかさを運んでくる風。


外は気持ちいいだろうなぁ。
こんな日に隊舎で仕事なんて、勿体ない。
それに、と、咲夜は隣の後輩を見る。
淡々とひたすら書類を処理していくその様は、まるで機械のよう。


まったく、どうして朽木家の若様を私に任せてきたのか・・・。
彼の祖父である六番隊の隊長、朽木銀嶺の愉快そうな瞳を思い出すと、何となく舌打ちをしたくなるのは私だけではないはず。
どうせ年が近いとかそんな理由で彼を私の元に寄越したのだ。
おそらく、彼自身も適当に言いくるめられてやって来たのだろう。


それにしても、流石に朽木家だ。
死神としての英才教育を受けてきたとはいえ、書類整理までこれ程簡単に熟すとは。
私だって、中流貴族の生まれで、当時においては最年少で霊術院主席卒業をしたという鳴り物入りで護廷十三隊に入隊した身だが、書類整理についてはさっぱりだった。


すでに六番隊三席の座を脅かされている気がするな・・・。
名実共に大物なこの後輩は、一体、どこまで成長するのか。
その成長は楽しみだが・・・しかし、働きすぎは成長の妨げになる。
まったく、この私に気を遣わせるとは、やはり大物だ。


『少し、休憩にしないか?』
「お先にどうぞ。」
筆を滑らせながらのそっけない答えに、思わず副隊長の執務室の扉を睨みつける。
何をどうしたら貴方の子どもがこうも可愛げのない性格になるんだ。


『君が休まないと私も休めない。』
「何故だ?」
『残念ながら私には、君の監督義務がある。いくら君が優秀でも、君から目を離すわけにはいかないのだよ。』


「そういうものなのか?」
漸く向けられた瞳は、意外そうな瞳で。
小首を傾げるものだから、一つに結われた髪がさらりと揺れる。
彼の問いに肯定すれば、少し考えてから、彼は筆を置いた。


『よし。・・・私たちは少し出てくる。君たちも適度に休憩を取るように。』
執務室内に声を掛ければ、所々から溜め息のような返事が聞こえてくる。
席官たちですら、彼の存在に緊張していたのだろう。
朽木家の若様ということを抜きにしても、彼の存在感は大きい。


というか、副隊長との差がありすぎてどう対応していいのか解らないのだろうな・・・。
顔が似ている分、それが顕著なのかもしれない。
まぁ、副隊長の柔和さは、朽木家の中では珍しい部類なのではないかと私は思うが。
もちろん、その柔和さの奥にある厳しさを知らない私ではないけれど。


「・・・どこまで行くのだ?」
気が付けば、考え事をしているうちに六番隊舎の外れまで来ていたらしい。
『ここまでくれば十分だな。上に上がるぞ。』
地面を蹴れば遅れることなくついてくる気配がして、小さく笑う。


ふわり、と音を立てないように屋根の上に降り立てば、彼も同じように音を立てない。
真似をされたのか、それとも、常にそうしているのか。
・・・きっと後者だな。
瞬神と言われた四楓院夜一が指導をしたという話だから、隠密に通ずる部分があってもおかしくはない。


『まぁ座りなよ。』
座り込んで隣を手のひらで叩けば、彼は素直にそれに従う。
育ちの良さがわかる妙な素直さに少しだけ可愛さを感じて、内心苦笑した。
けれど、何気なく座り込んでいるその姿に隙はない。


『もう少し力を抜いたらどうだ?私には君の監督責任があるが、それはあくまで仕事上のことであって、それ以外について監督することを任された覚えはない。』
「祖父は、そのつもりで兄を私につけたはずだ。」
『そうだとしても、それに従うかどうかは私の勝手だ。大体、あの隊長は私がそこまで従うことを期待してはいない。』


「そういうものか?祖父も父も、兄を信頼しているようだが。」
『君は、何も考えずにただ自分に従うだけの相手を信頼するか?』
「・・・いや、しないな。それではただ都合のいい相手だ。」
『ただの都合のいい相手に心を置くほど、優しい人たちではないだろう。』


「兄が朽木家の邸に姿を見せないのも、従うのが嫌だからか?」
ちらりと向けられた視線は、少しだけ鋭い。
何度も彼の稽古に付き合えと言われたが、それでも私は朽木邸に足を踏み入れたことがないということを、彼は知っているのかもしれない。


『嫌なわけではないんだ。ただ・・・家の事情というやつだ。』
苦笑を漏らせば眉を顰められる。
「家の事情?」
疑問形でありながら話せと言われているような気分にさせるあたり、流石朽木家である。


『私の母が、副隊長に恋慕していたのさ。父と結婚してからもね。父はそれが気に入らなくて、一方的に朽木家を毛嫌いしていた。私が六番隊に配属されたときは、死神など辞めろと五月蠅かったなぁ。』
苦笑交じりに言えば、彼の瞳が伏せられる。


「・・・父は、それを知っているのか。」
『知らないだろうね。母と副隊長が顔を合わせたのは宴の席で数回だけ。私と弟を産んでからは気を病んで、ずっと邸の中にいた。副隊長はきっと、私の母の顔も覚えていないだろう。私の父が副隊長を恨んでいたことも気付いてはいない。』


「兄は、恨んではいないのか。」
少しだけ歪められた瞳が、こちらを見た。
『恨む理由がない。父のあれはただの逆恨みだ。それに、父は母を愛していたから恨んでいたのではない。自分の思い通りにならない相手は、誰だって気に入らないのさ。』


「ご両親は、健在なのか?」
『・・・死んだよ、二人とも。病に倒れて。だから今は弟が当主をやっている。いずれ君と顔を合わせる日が来るだろう。その際は、私が良い先輩であることを言い含めておいてくれ。君の指導をすることになったと伝えたら、朽木家の方から直接その話を聞くまでは信じません、と言われてしまった。』


「そうか。ところで、咲夜殿は・・・。」
『咲夜でいい。敬称は付けるのも付けられるのも苦手だ。』
「では私のことは白哉で良い。」
『なら遠慮なく白哉と呼ばせてもらおう。』


「・・・それで、咲夜は、祖父と父を信頼しているのか?先ほどから、兄がどう思っているのかを聞いていない。」
その問いに何度目かの苦笑を漏らす。
『あまり、そういうのは得意じゃないのだけれどなぁ・・・。』


「どうなのだ?」
『・・・命を懸ける仕事だ。信頼していなかったら、大人しく三席をやっているわけがないよ。あの二人の下だから、私は引き受けたんだ。そして、君もまた信頼に足る人物であることを望んでいるよ。』


「なるほどな。兄は私の試金石というわけか。」
彼の呟きに首を傾げれば、挑むような瞳を向けられる。
『白哉?』
「・・・兄の期待に応えてやる。必ず。」


あまりにも傲慢な物言いに、思わず面を食らう。
そしてその言葉が、彼の父と同じであることにおかしくなった。
君の期待に応えるよ、必ずね。
副隊長はもっと柔らかく、けれど確固たる自信をもって、そう言った。


『・・・今度の相手は、君かぁ・・・。』
副隊長に認めさせられただけでも、私の大きな敗北だったのに。
まぁ、年季が違う分、副隊長の相手は分が悪かったけれど。
何故こうも朽木家は次から次へと大物を生み出すのか。


「咲夜?」
首を傾げた彼の髪が、さらりと揺れる。
それが何だか悔しくて手を伸ばした。
するりとその髪紐を引っ張れば、これまたさらりと髪が零れ落ちる。


「何をする。」
『ふふん。そういう生意気は、私から髪紐を取り返すことが出来てから言うことだよ。』
不敵に言い捨てて、そのまま瞬歩で逃げる。
すぐに追いかけてきた気配に、暫く振り回してやろうと内心ほくそ笑むのだった。



2018.09.10
護廷十三隊入隊直後の白哉さん。
咲夜さんに髪紐を取り返すまで髪を結うことを禁止されて、律義にそれに従っていたりしたら面白いなぁ・・・。


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