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■ 特別扱い

『・・・さて、今夜も異常なし、かな。』
空が白んできて、朝が近づいてくる。
夜目が利いて、通信鬼道が使える上に足が速い。
そんな理由で選ばれた毎夜の見張り役は、かなり性に合っている。


昼夜が逆転しているから、同僚たちと余計な関わりを持たなくて済むし、先輩方との無駄な付き合いをする必要もない。
斬魄刀はあるけれど、その能力は相手の記憶を探るもので。
そうそう戦場で役に立つこともないので、虚の討伐に出されることもない。


『・・・夜の見張りなんて、窓際業務と言っても過言ではないけれど。』
毎日毎日、夜になるとこの塔に上がって、朝になるまで見張りをする。
見張りと言っても定期的に辺りを見回すぐらいで、瀞霊廷の各門には門番が居るし、瀞霊廷内は当番の死神たちが巡回している。


朝が来れば任務は完了し、昼間の見張り役と交代する。
報告書類も、ほとんど毎日「異常なし」の一言で終わる。
だから残業というものも存在しないし、そのくせ夜間手当とかいう手当がつくから同僚たちよりも給料は良い。


「・・・今日は眠っていないのだな、咲夜。」
『今日「も」眠ってなどおりませんが。』
こうして突然隊長がやってくることを除けば、現状に何も不満はない。
まぁ、隊長がやってくることを楽しんでいる自分もいるのだけれど。


音もなく背後に現れる隊長には、もう慣れてしまった。
初めは隊長が現れると悲鳴を上げることすら出来ないほど緊張していた気もするけれど。
今では隊長に軽口を叩くことが出来るほどだ。
気難しいと噂される朽木隊長だが、意外とそういうことは気にしないのだ。


「そうか。それは残念だ。寝起きのお前を見るのが楽しみだったのだが。」
こうして軽口を叩き返してくるあたり、隊長は結構お茶目なのではないかと時々思う。
無口だと思われがちだが、実はそうでもない。
基本的には他人と話すことは嫌いではないのだろう。


『私が眠ってしまったのは、あの時の一度だけです。あれからは一度も眠ってなどおりません。』
そもそも、眠る原因を作ったのは隊長だ。
だからあれは不可抗力だ。


初めは緊張で眠気などやっては来なかった。
けれど、次第にその緊張が解けると眠気がやってくるようになって。
眠気覚ましにと斬魄刀を振っていたところに現れたのだ、隊長が。
そこから何故か隊長の指導が始まって、その後疲れ切って眠ってしまったのだ。


その時に斬魄刀を通して隊長の記憶が視えたのは秘密だ。
隊長に奥方が居たことも、その奥方が梅の花の咲くころに亡くなったことも。
朽木家の養子として迎えられている朽木ルキアが、その奥方の実の妹であることも。
その朽木ルキアを席官にさせることを拒んでいることも。


朽木家当主として、隊長として、一人の男として。
その間にある葛藤が、酷く人間らしくて。
朽木隊長は特別なのだと思っていたし、実際そうなのだけれど、でも、同じなのだということにも気付いてしまった。


『それで・・・今日はどうされたのですか?』
朽木隊長が此処へ来るのは、何か話したい事、心に留めていることがある時なのだ。
暫くの沈黙があるのはいつものことなので、特に気にせず明るくなっていく空を見つめる。


「・・・今日、ルキアが現世に発つそうだ。」
その言葉に振り返って隊長の表情を見れば、その瞳が伏せられていた。
『そうでしたか。・・・では、見送るために?』
「いや。あれは私に何も言わぬ故、見送りはせぬ。ただ・・・。」


『何かあるのですか?』
口籠った隊長に首を傾げて先を促すのだが、隊長は一度口を開こうとして、やめた。
「・・・いや、何でもない。日が昇って来たな。」
眩しげに目を細める隊長につられて空を見れば、太陽がゆっくりと昇ってくるのが見える。


『・・・こうして、隊長と日の出を見るのは何度目でしょうね。今年などは、初日の出を隊長と一緒に見た気がしますが。隊長が朽木家のおせち料理を持ってきてくださって・・・お酒もありました。』
「そうだったな。」


『私は・・・日の出を見ると安心します。毎日見ているのに。』
「私もだ。」
『日が昇って沈み、また昇る。どんなに長い夜であっても、それは変わりません。』
「そうだな。」


『ねぇ、隊長?』
「何だ?」
『いずれまた、剣の稽古をつけてください。』
「・・・よかろう。手加減はしてやらぬぞ。」


『望むところです。・・・交代の者が上がって来ています。そろそろお戻りになられては?』
「偶にはお前以外の者も労わねばなるまい。」
苦笑したところを見ると、どうやら私以外の見張り役を見に来ることはないらしい。


『おや、もしかして私は特別扱いをされていたのですか?』
「少なくとも、正月に差し入れをしたのはお前だけだ。」
『それは初耳ですね。普通の平隊士よりは隊長とお話する機会が多いのではなかろうかとは思っていましたが。』


特別扱いをされていたのか。
確かに思い当たる節がなくもない。
しかし何故私・・・?
考え込んでいると、不意に隊長が近づいてきて。


『隊長?』
「お前はもう少し、私に特別扱いを受けているという自覚を持て。」
『そう言われましても・・・比較対象がないといいますか。』
「・・・寂しい奴だな。」


『憐れむのはやめてください。あぁ、なるほど。そうか。隊長は私を憐れんで特別扱いを・・・痛い!!』
言葉の途中で容赦なく額を指先で弾かれる。
痛みに思わず睨めば、隊長の指がさらりと私の前髪をかき分けた。


「・・・赤くなっているな。」
『誰のせいですか!』
「私のせいだな。」
『飄々と仰らないでください・・・。一体、どういうことなんです・・・。』


「自分で考えろ。」
楽しげな瞳と緩く弧を描いた唇。
貴重な笑顔だ・・・なんて思わず見とれていると、近くでガタリ、と音がする。
そちらを見れば梯子を上ってきたであろう交代の者が目を丸くしていた。


「く、朽木隊長!?お、おはようございます!」
「あぁ。今日もよろしく頼む。」
「は、はい!」
緊張している様子の隊士に内心苦笑していると、隊長に腕を掴まれて。


「では、私たちは朝餉を取ることにしよう。あとは任せたぞ。」
『え・・・きぁああああ!?』
隊士の返事も聞かずに、隊長はそのまま塔から飛び降りる。
一緒に引っ張られた私の身体も塔から落下して、柄にもなく悲鳴を上げてしまった。


『・・・し、死ぬかと思った・・・。』
空中で腕を引かれて、着地したときには隊長の腕の中。
心臓が鳴り止まないのは生命の危機を感じたからか。
それとも、隊長の腕の中だからなのか。


・・・いや、後者はないか。
そんなことを思った自分に苦笑していると、隊長はあっさりと私を開放して。
ついて来い、と歩き始めた隊長を追いかける。
連れていかれたのは隊主室で、そこには二人分の朝餉が用意されていた。


『・・・これも、特別扱いですか?』
「まぁ、そうだな。清家に用意させた。・・・美味いか?」
『今のところ人生で一番美味しい朝餉です。』
「そうか。ならば良い。」


特別扱いの理由はよく解らないけれど、満足げな隊長にまぁいいか、と思ってしまう。
翌日から、交代にやってくる隊士たちが妙な顔をするのだが、その理由に気付くのもまだ先のこと。
とりあえず今は、この心地良い特別扱いを甘受しようと思うのだった。




2018.07.30
久しぶりに白哉さん夢を描いた気がします。
作中では触れていませんが、咲夜さんは貴族出身だったりします。
そして鈍感。
白哉さんは苦労しそうです。


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