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■ 雨のち晴れ

近づく雨の気配に空を見上げる。
雨の匂いが流れてくる。
もうすぐ雨が降る・・・。
あの人は、しろ様は、姿を見せてくださるだろうか。


雨傘を手に取って、いつものように駆けだす。
いつもの、あの場所へ。
今や常連となってしまった、あの茶屋へ。
あの人と出会った、その場所へ。


やって来たのは、古風な茶屋。
歴史あるその佇まいを気にすることなく暖簾を潜れば、これまた古風な室内。
けれど、その中で働く店員たちの明るい顔がその場所に温かみを与える。
ほっと一息つくことが出来る、隠れ家のような場所。


「いらっしゃいませ。傘をお預かりいたします。・・・しろ様は、奥の間に。」
『奥の間?』
「えぇ。お仕事の帰りに雨に降られて、雨宿りに立ち寄ってくださったそうで。上着が濡れていたようでしたので、乾かすことが出来るように奥の間にご案内いたしました。」


お仕事・・・。
雨に濡れるということは、外に出るお仕事をされているのかしら?
背も高いし、体格にも恵まれているとは思うけれど。
店員に案内されながら、咲夜は首を傾げる。


「失礼いたします。お連れ様がいらっしゃいました。」
「あぁ、来たか。入っていいぞ。」
中から聞こえてきた声に、心臓が少しだけ跳ねる。
彼に恋をしているのが自分でも解って、何だか恥ずかしい気分になった。


開かれた襖の先に見えたのは、彼の白。
そしてその白と相反する、黒。
彼の傍に置かれている刀。
羽織掛けに掛けられているものは白く、その背には十三の文字。


『死神・・・それも、隊長・・・だった、のですか・・・?』
これまでの己の振る舞いを思い出して、血が引いていくのが分かる。
己の恋が過ぎたものであることを知って、胸が締め付けられる。
知らなければよかったと、思うほどに。


「やはり驚かせてしまったか。」
苦笑を漏らした彼は、徐に立ち上がって。
立ち尽くす私の手を取り部屋へと引き入れる。
店員に下がるように伝えると、静かに襖を閉めた。


『何故、貴方ほどの人が、このような場所に・・・。』
この茶屋は瀞霊廷内にあるといっても、隊長が足を運ぶほどの茶屋ではないはずだ。
瀞霊廷と流魂街を行き来する商人や貴族の使用人たちが使うような茶屋である。
そんな場所に、何故、殿上人ともいうべき隊長が、足を運んでいるのか。


「まぁ、まずは改めて自己紹介をさせてくれ。俺は、十三番隊隊長、浮竹十四郎だ。この辺りは浮竹家の邸から近いから、昔から馴染みのある場所なんだ。この店とも付き合いは長い。決して裕福な家ではないが、一応貴族だから、この辺りの者は俺のことを「しろ様」と呼んだりもする。名前に「しろ」が入っているし、昔からこの髪だからな。」


しろ様。
皆が当たり前に彼をそう呼ぶから、私もそう呼んでいた。
それくらい、彼はこの場所に馴染んでいる。
皆が彼を大切にしているし、彼もまた皆を大切にしている。


『・・・これまでのご無礼、大変申し訳ございませんでした、浮竹様。』
自然と下げた頭は、もう癖のようなもの。
貴族の使用人を相手に商売をやっているような商家の娘。
そんな私が、貴族、それも隊長を務めるような方と正面から向き合うなど烏滸がましい。


「お前が頭を下げる必要はない。俺は構わんから顔を上げてくれ。」
苦笑した気配。
けれど、私は頭を上げることが出来なかった。
叶わぬと悟ってしまったこの恋に、今にも涙が溢れそうだったから。


それでなくても、この方は遠かった。
いつも朗らかに笑い、時には冗談を交わし、大人かと思えば子供のようなことをする。
しろ様、しろ様、と皆がその名を呼ぶ。
いつだってしろ様は皆のもので、その笑顔も、声も、いつだって皆に向けられていた。


「そう距離を取られると、寂しいんだがなぁ・・・。」
寂しげなその呟きは、狡い。
きっと、眉を下げて困った顔をしているのだ。
それが想像できて、胸がちくりと痛む。


それから、しばらくの沈黙。
酷く長く感じたそれが数秒だったのか、数分だったのか、それよりももっと長かったのかは解らないけれど。
聞こえてきた深い溜め息に、びくりと体が震える。


「咲夜。顔を上げてくれ。俺は、お前の顔を見て話したい・・・そう言ってもお前は顔を上げてくれそうにないから、勝手に上げさせるぞ。」
その言葉とともに、意外な強さでぐい、と肩を持ち上げられた。
その拍子に涙が零れ落ちて、彼が目を丸くしたのが分かる。


「わ、悪い。泣いているとは、思わなかったんだ・・・なんだ、涙を隠していただけか・・・俺の顔を見るのが嫌になったのかと思った・・・。」
そんな訳、ないのに。
本当はいつだって、貴方のことを見ていたいし、貴方の声が聞きたい。


言葉にできない想いを代弁するように、涙が溢れ出す。
それにまた彼はおろおろとして、それからそっと私を抱き寄せた。
思いもよらぬ彼の行動に、溢れていた涙がぴたりと止まる。
これは夢だったのかしら、なんて思うほどに、現実味がない。


『しろ、様・・・?』
「うん?」
『何をして、いるのです・・・?』
「何って・・・お前が泣いているから・・・。」


『・・・同情ならばお止めください。その優しさは、残酷です。』
彼の胸を押し返そうとするのだが、抱きしめる腕に力を込められて、びくともしない。
「同情なものか。お前だからこうしている。」
いつもの穏やかさとは異なる感情的な声に、身体が震えた。


「・・・すまん。怖いだけだよな、好いてもいない男にこうされるのは。それも、若い男ならまだしも、こんなおじさんだもんな・・・。」
自嘲するような声とともに腕が緩められて、彼の温もりが遠ざかる。
そんなことを言って私に期待をさせるなんて、それなのに私から離れていくなんて、やっぱり狡い人。


「そう泣いてくれるなよ。俺まで泣きたくなる。」
違うと言いたいのに、再び流れ出した涙が、喉を詰まらせる。
「・・・だが、これだけは聞いてくれ。俺は、お前のことが、好きなんだ。あの、雨の日。あの時から、ずっと。」


ずっと、お前が好きだった。
そう言った彼の表情に朗らかさはなくて。
彼は、きっと何度もそれを口にしようとして、何度もその口を閉じたのだろう。
・・・私と同じように、迷っていたから。


『・・・す、き、です。ずっと、ずっと、お慕い申し上げて、おりました・・・。貴方と出会ったあの雨の日から、ずっと・・・。』
同じ気持ちだったのだと解ってしまえば、するすると言葉が零れ落ちた。
目を丸くした彼に、笑みを見せようとしたのだけれど、涙も一緒に零れてしまって。


「咲夜・・・。」
『好きです、しろ様。貴方と私では釣り合わないのが解っていても、この想いは捨てられませんでした。』
苦笑するように言えば、彼は私を腕の中に閉じ込める。


「釣り合わないなんて、そんなことはない。互いに想いあっていて、釣り合わないなど、そんなことがあるわけがない。少なくとも、俺とお前の間にはそんなものはない。俺が隊長で、お前は商家の娘だとしても。俺はお前が好きで、お前は俺が好きなのだから。なぁ、そうだろう、咲夜?」


『はい、しろ様。』
「・・・十四郎だ。お前には、そう呼んで欲しい。」
『十四郎、様?』
「あぁ。これからは、そう呼んでくれ、咲夜。」


・・・あぁ、まったく。
この人は名前の呼び方一つで、私をこれ程までに幸せにしてしまうのだ。
やっぱり、狡い人。
けれどやっぱり、愛しい人。


『好きです、十四郎様。』
「あぁ。俺もお前が好きだ、咲夜。」
互いに想いを口にすると、なんだかくすぐったい気持ちになって二人で笑ってしまう。
するとそれを見計らったように、店員がお茶を運んできて、何だか二人で慌ててしまうのだった。



2018.07.02
両片思いだった二人。
お互いに一目惚れ。
茶屋の店員と常連客達は、二人の恋の行く末を見守っていたと思われます。


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