■ 思惑
「・・・彼奴はさ、不運な奴だよな。俺みたいなのが兄貴で。比べられる相手が俺じゃあ、大半の奴は平凡以下になっちまう。今のところ、本当に彼奴を彼奴として認めているのは、俺だけだろうよ。・・・ま、よろしく頼むわ。」
皮肉げにそう言った男は、その翌日、総隊長率いる一番隊の第五席となったのだった。
一番隊と言えば護廷十三隊の取りまとめ役で、席官といえどもその実力は他隊の隊長にも劣らないと噂の猛者揃い。
その中で史上最年少で一番隊の席官となった彼の名は、漣海潮。
かつての上官を思い出したイヅルは、その彼の妹が己の部下となったことに感慨深い思いになる。
「ね、咲夜。重くない?本当に一人で大丈夫?」
『大丈夫だって!このくらい普通に運べるから先に行ってて。すぐに追いつくから。』
窓の外に見えるのは二人の部下の姿。
山のような荷物を抱えた咲夜がもう一人と別れて一人で歩き出したのを見て取ったイヅルは思わず溜め息を漏らす。
「漣・・・いや、咲夜。」
まだ少し慣れない呼び方で声を掛ければ、彼女の足取りが乱れる。
未だ慣れないのは、彼女も同じ。
予想通りの反応をした咲夜の腕の中の荷物がぐらりと揺れた。
『うわ、っと・・・あ、あれ?』
落ちそうになる荷物を片手で引き受けて、反対の手で彼女を支える。
目の前から消えた荷物に目を瞬かせた彼女は、僕の顔を見て目を丸くした。
それから慌てて僕から離れて頭を下げる。
『も、申し訳ありません、吉良副隊長。』
「・・・まったく君は、一体いつになったら僕の言うことを聞いてくれるのかな。僕は毎日のように君に言い聞かせているよね?荷物運びなど席官が、ましてや女性がやる必要はないと。その辺の暇な隊士を捕まえて手伝わせろって、僕は何度も言ったはずだよ。」
ちらりと横目で睨めば、彼女はそれとなく視線を逸らす。
その様子が彼女の兄と似ていて少しだけ可笑しくなるのは秘密だ。
彼女の近くに時折感じる漣海潮その人の気配も。
先ほどまであったその気配は、僕が気付いたことを悟ってかすぐに遠ざかったけれど。
『その、それは、そうなのですが・・・。』
「そもそも君は上下関係について無頓着すぎる。だから余計な仕事を押し付けられるんじゃないのかい?まぁ君は優秀だから、余計な仕事をしたからといって自分の仕事が遅れることはないけれど。」
『・・・。』
「でも、その分君の休息の時間が削られている。新しい隊に早く慣れたい気持ちもよく解る。昇進したことで力が入る理由もね。けれど、部下に仕事を任せるのも席官の仕事だよ。君、昨日の任務の報告書も自分で書いていたよね。」
再び視線を向ければ、何故バレたのかと彼女は思考を巡らせているらしい。
彼女はいかにして僕の目を掻い潜るかいつも考えているのだ。
結局、その目論見はいつも僕に看破されるのだけれど。
僕も僕で、そんな日常を少しだけ面白く思っているのだけれど。
「任務の報告書なんか平隊士に書かせて、席官が確認するだけでいい。」
『ですが・・・ですが、私がやれば、部下の休息時間を確保できます。部下の勤務時間の管理も、席官の仕事ではありませんか?』
いいことを思いついたとばかりに反論してきた彼女に、思わず呆れた視線を向ける。
「よく解っているじゃないか。君が部下の勤務時間を管理するように、僕も部下である君の勤務時間を管理しなければならない立場なんだよね。」
『ぐ・・・。』
言葉を詰まらせた彼女は、恨めしげに僕を見上げてきた。
『・・・吉良副隊長は、私にだけ意地が悪い気がします。』
「そうかい?」
『そうです!そのくせいつも私に手を差し伸べて・・・一体、私をどうしたいのですか?凄く助かりますけど、自分の未熟さを思い知らされている気もして、複雑です。』
「へぇ?それはまた、僕の思惑通りになっているわけだ。」
『思惑通り!?どういうことです、それ!?』
声を上げた彼女には答えずに歩き始めれば、彼女も着いてくる。
『副隊長!どういうことなんですか!ねぇ、副隊長!!』
「まぁ落ち着きなよ。・・・そこ、段差があるよ。」
『へ?・・・うわぁ!?』
注意をしたにも関わらず予想通り躓いた彼女の身体を抱き留めれば、うぅ、なんて情けない呻き声が聞こえてきた。
『一度ならず二度までも・・・申し訳ありません・・・。』
「構わないよ。部下の手助けをするのも、上司の仕事だからね。特に君は自分からは甘えてこないし。君が自分に厳しいのなら、甘やかすのが僕の役割だ。」
『吉良副隊長の方が、私よりもずっとお忙しいはずなのに・・・。』
「僕の負担を考えているのなら、君は甘えること、頼ることを覚えなよ。一人で何でもやろうとする人に、たくさんの仕事は渡せない。・・・そう一人で気負わないことだよ。部下たちを頼るといい。そして君は彼らを助けられるようになることだ。上司のことを助けようとするのは、それからでいい。部下を助けられない者が、上司を助けられるなんて思わないことだよ。」
なんて、ね。
歩き出しながら、イヅルは内心苦笑する。
彼女はきっと覚えていないのだ。
あの合同任務の日、僕が君に興味を持った、と伝えたことを。
その興味とやらが君の能力以外の部分にも向けられていることにも彼女は気付かない。
自分に向けられる男性陣の視線にも、女性陣から向けられている羨望と嫉妬にも。
さて、彼女がそれに気付くのは一体いつになるのやら。
大人しくなった彼女への笑いをかみ殺しながら、イヅルは歩を進めるのだった。
2018.06.11
優秀で冷静と周りから評される咲夜さんですが、その上を行く吉良くんには敵いません。
久しぶりに吉良くんを書いた気がします。
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