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■ ツンとデレ

「・・・この私の勧める酒が飲めないというのなら、飲ませて差し上げますわ!」
高ぶった女の声。
ぱしゃ、と着物が濡れた音。
丁度その場にやって来た白哉は、その光景に背筋が寒くなった。


『随分と手荒い呑ませ方をするのですね。』
酒をかけられた女は、そう言って口元の酒を舌で掬い取る。
『やはり不味いな・・・。だから嫌だと言ったのに・・・。酒は好きだが不味い酒は嫌いなんだぞ、私は。』


ぶつぶつと文句を言いながらため息を吐いた彼女は、漣咲夜。
朽木家の居候である。
居候と言っても、その高貴さは朽木家すらも凌駕するのだが。
ある日突然押しかけてきたとはいえ、白哉ですら門前払いが出来なかったのだから。


まったく、強大な力とは厄介で困る。
草冠の一件が何とか落ち着いて盗まれた王印が戻ってきた際、彼女はそう言って突然姿を見せた。
すると、日番谷の手の中にあった王印は消え、彼女の手の中に姿を現す。


王族の元に戻ってくるなら最初から大人しくしていろ。
面倒だろう、この私が。
文句を言いながら王印をぞんざいに巾着に放り込むと、彼女はそれを帯に結びつける。
任務完了、と呟いた彼女は、次の瞬間姿を消していたのだった。


つまり、彼女は王族で。
本来ならば直接言葉を交わすことすら無礼に当たる存在で。
もちろんそれを知らないからと言って怒りに任せて酒をかけていい相手でもない。
この状況を霊王宮の誰かが見ていたら、相手の姫の首が落ちていることだろう。


「貴女という人は、余程痛い目を見たいらしいわね・・・。」
白哉が社会勉強に来た、と咲夜がやって来た日の朽木家の騒ぎまで思い出し始めたところで、姫の低い声が聞こえてくる。
意識をそちらに戻せば姫が怒りに体を震わせていた。


『出来るものなら、やってみればいい。』
こちらに気付いていたらしい咲夜がちらりと視線を投げてきたので、盛大にため息を吐いてから彼女の元へ向かった。
二人の間に滑り込んで、激高した姫が振り上げた手を掴む。


「びゃ、白哉、様・・・。」
目を見開いた姫を眺めて、白哉は口を開く。
「・・・それ以上は止めておけ。」
微かに霊圧を上げれば、目の前の姫は小さく悲鳴を上げた。


「この者が無礼を働いたというのならば、代わって私が謝罪を申し上げる。この朽木家当主に免じて、この場は退いては貰えぬか。」
真っ直ぐに見つめれば、姫は戦意を喪失したようだった。
力が抜けた姫を見て、白哉はその手を離す。


「・・・帰るぞ、咲夜。」
振り向いた白哉は咲夜に手を差し出しながら言う。
『はいはい、白哉サマ。』
その手を取って立ち上がった咲夜は鬱陶しそうに濡れた前髪をかき上げた。


「・・・拭うくらいしろ。風邪をひかれでもしたら困るだろう。」
呆れながらも白哉は滴る酒を自分の羽織の袖で拭ってやる。
『水も滴るいい女、だろう?』
「雨に濡れた莫迦な猫の間違いだろう。」


『なに!?莫迦な猫だと!?』
「違うのか?わざわざ相手を煽って怒らせた挙句、わざわざ酒を被るとは。そなたならば避けることくらい朝飯前だろう。また清家に小言を言われるぞ。」
『小言は君だけで十分だ。』


・・・この女、朽木家から追い出してやろうか。
内心で呟きながら、白哉はため息を吐く。
これ以上の問答は無意味だと諦めて、彼女の手を引いて歩き始めた。
向けられる好奇の視線に舌打ちをしたくなりながらも、まずはこの場を離れようと足早に退散する。


『・・・なぁ、白哉。私、やっぱり、戻る。』
部屋を出て暫く無言だった彼女の呟きが聞こえて、白哉は足を止める。
振り向いて彼女の表情を見れば、眉根を寄せて妙な顔をしていた。
その様子に首を傾げていると、彼女は後ろめたいことがある子どものようにこちらを見上げてくる。


『その・・・白哉は、代わりに謝ると、言ってくれたのだが、本当は、私が謝るべきだ。先に無礼なことを言ってきたのが相手だったとはいえ、煽った私も・・・その・・・悪かったのだ。』
もごもごと言葉を繋ぐ彼女に、白哉はぽかんとする。


『だから、戻って、あの姫に、謝ろうと思う。一緒に、戻ってくれるか・・・?』
その言葉と伺うような視線に次第に笑いが込み上げてきた。
『でもな、謝るだけだぞ?あの姫の言っていた、白哉様は朽木家当主なのだから特別なのよ、という言葉は、認めないぞ。』


「・・・は?」
頬を膨らませた彼女に、白哉は再びぽかんとする。
『だって、白哉が特別なのは、朽木家当主だからではない。もちろん、隊長だからでもない。それらは白哉の一部でしかないのに、それだけしかないみたいな言い方だったのだ!それが・・・それが、嫌だったのだ!』


「それで、あの姫の酒を断ったのか?」
『そうだ!だって、あの姫は、白哉がどれだけ努力をして、どれだけのものを犠牲にして、朽木家当主と隊長という立場に居るのかを知らない。その肩書だけを見て、君を特別だという。それがすごく腹立たしい!私が白哉の立場だったら、凄く嫌だ!』


まるで子どもだ。
今にも地団駄を踏みそうな彼女に、白哉は苦笑する。
けれど、彼女の言葉が胸に響いたのは本当で。
己自身を認められたようで、酷く心地良い。


「莫迦者。そんなことでいちいち腹を立てるな。」
宥めるように頭を撫でればキッと睨みつけられる。
『そんなことだと!?重要なことだろう!何を笑っているのだ!というか、子ども扱いするな!私の方が年上だ!何なら地位だって私の方がずっと上なんだからな!』


「・・・それは失礼致した、咲夜姫。」
慇懃無礼に振る舞えば彼女も偉そうに手を差し出してくる。
『そう思うなら、この手を取ってさっさとあの姫の元へ連れていけ。』
身に覚えのある傲慢さに内心苦笑しながら、白哉はその手を取るのだった。



2018.05.21
終わりが迷子!
王族の咲夜さんはツンデレ。
白哉さんはそんな咲夜さんを飴と鞭で上手く手懐けそうです。
互いにまだ無自覚なのだろうなぁ。


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