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■ 退屈の終焉 後編

あとは自分でどうにかしろよ、漣。
意地悪く笑って去っていった日番谷隊長は、本当に意地が悪い。
十番隊で乱菊さんに捕まって、案の定酒に酔わされて、余計なことを口走った私を、日番谷隊長は愉快そうに眺めていた。


何たる失態。
これまで私が築き上げてきたものを、簡単に崩された気がしたあの日。
全てを見透かした乱菊さんが、吉良副隊長や雛森副隊長まで巻き込んで。
日番谷隊長まで協力するなんて。


「・・・漣。」
静かに私の名前を呼ぶのは、朽木隊長。
その声に震えそうになるあたり、やはり今の自分は冷静ではない。
悲しいことに、きっと私の表情はそれほど変わっていないのだろうけれど。


『朽木、隊長・・・。』
己の上司を見れば、ひたとこちらを見据えていた。
真っ直ぐにこちらを見つめるその瞳を見てしまえば、目を逸らすことは難しい。
いつもは何かを観察するような瞳だから、目を逸らすのは容易かったのに。


「今の話、聞こえていたな?」
聞いていなかったとは言わせぬぞ。
そんな声まで聞こえてきて、早々に白旗を上げることにした。
もっとも、朽木隊長に敵うなど一度も思ったことはないのだけれど。


『はい。聞いて、おりました。』
「ならば次はお前の番だ。・・・何故、お前は六番隊に残る。昇進を蹴ってまで。」
真っ直ぐな問いに、考える前に口から言葉が滑り落ちる。
まるで用意をしていたかのように。


『どうしようもなく、惹かれているのです。貴方を初めて見た時から、ずっと。』
理由は自分でもよく解らない。
けれど、初めて彼を見た時、この人だと思った。
そうしたら、私は無意識に朽木隊長に首を垂れていたのだ。


『貴方にならば、命を預けてもいいと、そう思ったのです。日番谷隊長が仰ったように、私は他人への評価が厳しいのでしょう。だからいつだって無意識に、自分を抑えてしまう。その自覚があっても、どうしようもなくて、けれど、自分の全てを出し切ってみたくて、ずっと・・・退屈だと、思っていました。』


退屈な日々が続くのだと、思っていた。
私が求めていたのは、絶対的な存在。
自分でも、そんな存在は見つからないと思っていた。
理想が高すぎる自覚もあった。


『人はそんな私を傲慢だと笑うかもしれません。だってそれは、他人を見下していたのと同じことだから。事実私は、私に伸ばされた手を、何度も振り払ってきた。そして、自分が手を振り払われる側に成り得ることも想像が出来た。だからずっと、貴方に手を伸ばすことが出来なかった。』


「確かに傲慢だな。お前はそうして私が手を伸ばすのを待っていたのだから。待っていれば私が手を伸ばすと解って、そうしていたのだろう?」
『そんな、ことは・・・!!』
「ないと言えるのか。」


冷やりとして、思わず目を逸らす。
全てを見透かされている。
私の傲慢さも、弱さも、全て。
でも、だからこそ、私は朽木隊長を求めている。


『・・・言えません。』
「莫迦な奴だ。」
呆れた声が、落ちてくる。
気付けば、いつの間にか朽木隊長が目の前に立っていて。


「お蔭で、私から手を伸ばしてしまうではないか。」
『え・・・?』
伸びてきた手が、あっという間に私を捕えて。
ふわりと香る桜の香りに、抱き寄せられたのだと気付く。


背後で扉が閉められる音がした。
二人きりの、執務室。
隊長の心臓の音が、酷く近い。
穏やかなそれとは対照に、己の心臓は早鐘を打っている。


『な、ぜ・・・。』
「何故だろうな。お前が六番隊に残ると言ったときから、気になって仕方がなかった。あの時初めて、お前の本当の瞳を見た気がした。それからずっと考えていた。お前が一体何を思っているのか。何故私の前では気怠い瞳で己を隠すのか。」


『それは・・・。』
「だが、今解った。お前は、私に良い恰好を見せたかったのだな。そして私も同じだった。気になっているくせに今まで何もしなかったのは、お前が、私の手を振り払うのではないかと、怖かったからだ。お前の本当を知るのが、怖かった。」


だがもう何も怖くない。
囁かれた言葉は、私への言葉なのか、それとも彼自身へか。
けれど、自覚してしまった。
何故自分が、彼に本当を隠してしまったのかを。


私は、この人が、好きなんだ・・・。
上司として尊敬もしているけれど、この人自身が、好きなのだ。
けれど、私の頑なさが、それを認めなかった。
だから朽木隊長に自分から手を伸ばすことをしなかった。


『・・・好き、なんです。きっと、貴方を初めてみたときから。隊長としての貴方も、朽木家当主としての誇り高さも、時折見せる、朽木白哉その人も。貴方の全てを見たくて、でも、貴方は遠い人で。貴方への想いを見せたら、近くに居られないと思って。』
だから、今、こんなに近いのが、信じられない。


「私の全てを見たいのか。」
『はい・・・。』
「私は、綺麗なものばかりを見せることは出来ない。それでも、お前は私を選ぶか。」
引き返すなら今のうちだと、言われているような気がする。


『もう貴方しか、選べません・・・。』
忠誠を誓うのも、愛を誓うのも、この人だけ。
私の、唯一で、絶対。
彼に受け入れられなくても、私は、彼のために全てを懸けるだろう。


「ならばここに居ろ。だが私は、お前だけを見ている訳にもいかぬ。お前を置いて行くことさえあるだろう。」
ぎゅ、と私を抱きしめる腕に力が入る。
置いていかれる者の寂しさを、彼は知っているのだ。


『私だけを見ているのでは、私の好きな貴方ではありません。私は、貴方が見ているものを、一緒に見たい。貴方が私を置いて行くならば、私は待ちましょう。待っても戻らないようならば、お迎えに上がります。』
驚いたような沈黙があって、ふ、と微かな笑い声が聞こえてくる。


「随分と情熱的だな。・・・ならば私も、お前を繋ぎとめておかねばなるまい。」
緩められた腕に顔を上げれば、くい、と顎を捕まえられて。
『ん・・・。』
何度も何度も、唇を重ねられる。


たったそれだけなのに、息が上がって、膝が崩れ落ちそうになった。
そんな私を軽々と抱え上げた隊長は、そのまま窓から飛び出す。
職務放棄、と小さく呟けば、お互い様だと不敵な笑みが返ってくる。
この先、彼に翻弄される自分の姿が簡単に想像できて、内心苦笑するのだった。



2018.04.30
忠誠や尊敬、憧憬の感情に埋もれていた愛情に気付いてしまった咲夜さん。
白哉さんを口説き落とすなんて強者ですね。
話に纏まりがない気がしますが、どうかご容赦を。
精進します。


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