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■ 退屈の終焉 前編

退屈そうな女。
それが、彼女の印象。
高い能力を持ち合わせているのに、いつも気怠い瞳で底を見せない女。
それなのに、彼女の周りには人が寄っていく。
それがずっと不思議だった。


斬拳走鬼の釣り合いの取れた戦い方。
女にしては高身長で、しなやかで鞭のような手足。
事務処理能力も悪くない。
感情的になることもなく、常に冷静で。


『失礼いたします、朽木隊長。こちらが本日上がってきた報告書になります。』
執務室へとやって来た彼女は、淡々とそう言って抱えていた報告書を置いていく。
六番隊十五席漣咲夜。
出自こそ中流貴族だが高嶺の花と噂される女を、白哉は今日も観察する。


『・・・何か?』
視線に気付いたらしい彼女は、特に表情を変えることなくこちらを見た。
「いや。ご苦労。」
『では私はこれで。失礼いたしました。』


また、だ。
彼女の霊圧が遠ざかるのを感じながら、白哉は内心で首を傾げる。
何故あの女は、あのように他人を真っ直ぐに見るのか。
あのように気怠い瞳をしておきながら。


その瞳はまるで何かを測っているようで。
彼女が何かを探しているような、そんな気配がする。
だから彼女と視線を合わせるときには、こちらも真っ直ぐにその瞳を見つめるようにしているのだが、その答えを見つける前に彼女はいつも視線を逸らしてしまう。


「解せぬ・・・。」
感情の機微を感じ取りにくい彼女の心も、それが気になってしまう己の心も。
朽木家当主で、六番隊の隊長であるこの私を見る瞳に、負の感情がないことも。
大半の者は私を見つめるその瞳の中に怯えや恐怖、緊張があるのに。


感情がないわけではないはずなのだ。
同期や同僚たちと談笑している姿もよく見るし、仲間が死ねば胸を痛めていることも知っている。
けれど、私の前にやってくる彼女は、いつも淡々としていて。


・・・やはり、解せぬ。
何かを隠している気がするのに、その隠し事があっても尚他人の警戒心を煽らない。
頑なに他人との距離感を保っている気がするのに、そうとは感じさせない。
社交性があるわけではないのに、彼女は顔が広い。


ちらりと視線を向けた先には他隊からの勧誘の文。
どれも昇進となる内容だが、彼女は頷かなかった。
他隊へ行かせた方が彼女のためだと解っているのに、彼女に行けと言わない自分に驚いたのは記憶に新しい。


三番隊、五番隊、十番隊。
それぞれの副隊長からの推薦状付きの文。
何処でどう知り合ったのかは知らないが、彼らが私情で推薦状まで書くはずがない。
事実、文の内容は彼女への評価が的確に示されているものだった。


「邪魔するぜ、朽木。」
考え込んでいた白哉の元にやって来たのは、日番谷冬獅郎。
遠慮なく入って来たかと思えば、彼は己の副官の文字で書かれた文に目を留める。
小さく苦笑を漏らして白哉を見た。


「これがここにあるってことは、彼奴、断ったか。」
全てを解っているような口振りに眉を顰めれば愉快そうな瞳が向けられる。
「意識的なのか無意識なのかは知らないが、彼奴は他人の評価が厳しい。自分自身の評価はもっと厳しい。だから期待してないんだよな、他人にも、自分にも。」


「どういう意味だ?」
「評価基準が厳しいから、彼奴のお眼鏡に叶うのは至難の業だ。だから他人に対しては
諦めている。自分のことに関しては、よく言えば謙虚。悪く言えば自己評価が低い。だから彼奴は誰にでも平等に接するし、自分のことには妙に無頓着なんだよな。」


日番谷の言葉に、白哉は妙に納得する。
確かにそうだ。
漣は常に一歩引いている。
自分はここまでだとでもいうように。
それは、戦場でも、そのほかの場面に於いても。


「彼奴はいつも冷静で、余裕がある。それは傍から見れば宝の持ち腐れで、松本はお前がそう仕組んでいるんじゃないかとまで疑っている。他の奴らもそうなんだろうな。・・・だが彼奴は、この文を読んでも行くとは言わなかった。いつも気怠そうでやる気があるのかないのか分からない奴が、行かないと、お前の目を真っ直ぐに見て言ったんだろう?」


まるでその時を見たような口ぶり。
事実、その通りだった。
興味なさげに文に目を通して、行きません、と彼女はきっぱり断ってきた。
その時の瞳が、気怠さだけを映していたのではなくて、どこか力強かったから。


・・・そうか。
私は、あの瞳を忘れられないのだ。
あの時初めて、彼女の本当の瞳を見た気がしたのだ。
そしてその瞳を向けるのが自分だけであって欲しいとまで、思ってしまった。


「・・・あぁ。私とて、渡すつもりなどない。松本副隊長からの文も返す。その懐の文も受け取らぬ故、持ち帰るが良い。漣の上司はこの私だ。」
日番谷を見つめれば、彼も同じようにこちらを見ていた。
しばらくの沈黙の後、その視線を外したのは日番谷のほうで。


「・・・ったく、手間かけさせやがって。」
そう呟いて徐に扉に手を掛けた日番谷は、迷うことなく扉を開ける。
その向こうから姿を見せたのは、漣だった。
何やら妙な顔をして固まっている彼女は、私と目が合うと小さく震えた気がした。



2018.04.30
後編に続きます。


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