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■ 引き出された本音 前編

「ねぇ、咲夜。あれ、届く?」
『届くよ。取ろうか?』
「うん。お願い。」
女にしては背が高いから高めの棚にも手が届く。


「・・・は、は、はぁ、お前、相変わらず早いな。」
『まぁね。男相手に力押しでは分が悪いから。身軽さと受け流しは負けないけどね。』
「器用な奴だよなぁ、漣は。俺もその器用さが欲しいぜ。」
斬拳走鬼もその辺の男性死神に引けをとらない。


「あれ?ここってどうやるんだっけ?」
『ここはねぇ、これをここに代入して・・・。』
「あぁ、そうか!流石咲夜だね!」
勉学だって、霊術院でも五本の指に入っていた。


「お前ら、そろそろ帰れよー?特に漣。」
『何故私だけご指名なんですか。いつも遅くまで残っているわけではありませんよ。』
「時間外によくやるよなぁ、お前。お前のせいで先輩である俺の立場がなくなるだろ。」
必要とあらば努力だって厭わない。


だから私は、自分を自分で守る事ができる。
手を伸ばせば、大抵のものには手が届く。
自分で自分を支えられる。
何なら他人を支える余裕もある。


けれど、決して独りというわけではないのに、そのことに孤独を感じてしまう。
後輩に慕われるけれど、友人も居るけれど、その誰もが私のことを冷静だ、と表現する。
だからいつの間にか、そう振る舞う癖がついてしまった。
私は一人でも大丈夫なのだ、と自分に言い聞かせる癖が。


そんなある日、合同任務が行われることとなった。
私が所属する五番隊と、三番隊の合同で。
五番隊からは十一席以下の席官たちで、三番隊からは副隊長が来ている。
席次の高さを見れば、今回の合同任務の主導権は三番隊が握るのだろう。


「本日の合同任務で指揮官を務める吉良イヅルだ。皆よろしく頼むよ。」
頼りない副隊長と噂される三番隊副隊長吉良イヅル。
出世やら何やらにはあまり興味がないから、彼の顔を見たのはその時が初めてだった。
他の副隊長と比べて派手さがない分、印象も薄いというのが、正直なところ。


「今回は僕の補佐として、五番隊第十二席漣咲夜を指名させてもらった。」
突然呼ばれた名前にぽかんとしていれば、十一席の先輩に小突かれて我に返る。
吉良副隊長を見れば隣に来いといった仕草を見せたので慌てて前に出た。
何が何やらよくわからないが、とりあえず名乗って頭を下げる。


「・・・聞いていなかったのかい?」
密やかな声に視線だけを向けて、小さく頷いた。
『私たちを送り出す時、雛森副隊長は何もおっしゃってはいなかったかと。』
こちらも密やかに返せば、く、と吉良副隊長が笑った気がする。


「もしかすると、彼女も知らされていなかったのかな。僕から平子隊長には伝えておいたはずだけれど。」
『・・・なるほど。概ね状況は理解しました。今日の報告書に隊長への苦情を入れておきます。』


我が五番隊隊長平子真子は時折こうして無茶ぶりをしてくる。
それが意図的なのかそうでないのかについては、私が推し量れるものではないのだけれど。
まぁ、どちらにしろ質が悪いのは確かだ。


「噂通り、君は冷静なんだね。心強いよ、君みたいな人が補佐役で。・・・今回の虚については聞かされているね?」
『はい。小さくて数が多い上に知能が高いとか。まぁ、親玉が居るとみるのが妥当でしょうね。』


「あぁ。僕らは今回その親玉を叩きに行く。最初に指示を出したら、僕らは姿を隠すよ。席官が何人かいるから、子分たちは簡単に片付くだろう。」
『それで親玉が出てきたところを私と吉良副隊長が蹴りをつけるという訳ですか。』
「うん。期待しているよ、漣さん。・・・では、行こうか。」


やって来たのは、流魂街の外れの砂地。
何もない場所なのに、何かの気配がある。
今回の虚はこの場所に巣を張って獲物を待ち構えるタイプなのだろう。
蜘蛛のように。


『吉良副隊長。』
「うん。ここから先は、彼らの縄張りだ。入るよ。」
『はい。』
頷いて一歩踏み出した瞬間、砂の中から一斉に何かが飛び出してきた。


「一斑から三班は右に展開!四班、五班は左へ!各自交戦に入れ!六班は散開し援護に回れ!」
副隊長が指示をする横で、目隠しの鬼道を唱える。
全員に指示が行き渡る頃には、私と副隊長の姿は見えなくなっているはずだ。


『想像以上の数ですね。』
「そうだね。そういう君は予想以上に鬼道が得意みたいだ。互いに見えなくなっては困るからと、自分と僕の鬼道を繋いだ。雛森君に教わったのかい?」
『いいえ。兄です。あの兄と比べれば大したことはありません。』


副隊長と話しながら、砂地を見渡す。
何か言いたげな視線を向けられた気がしたが、気のせいだと目の前の戦いに集中することにした。
全体を俯瞰してみてみると、違和感が一つ。


『・・・まずい。隊士たちが中央に集められている。吉良副隊長。私、彼らを散らしてきます。敵は、あの中央。中央に集めて、一掃するつもりだ!』
「ちょ、漣さん!?」
副隊長の制止を振り切って、斬魄刀を抜いた。


ひら、と霊圧が花びらの形になって、くるくると回りながら刃に纏わりつく。
回転するそれらが風を呼び、その風がさらに風を呼ぶ。
『行きなさい、嵐華。』
刀を振り下ろせば、中央に向かいながら、それは竜巻となる。


ごう、と風が隊士たちの身体を持ち上げる。
一緒に巻き込まれた虚の子分たちを、花びらが切り裂く。
全員の身体が宙に浮いたことを確認して、斬魄刀を鞘に納めた。
すると竜巻が霧散して、隊士たちを風の中から解放する。


『その場所より内側に入ってはいけません!中心に集まれば、一掃されてしまいます!』
鬼道を解いて叫べば、最初に動いたのは十一席の先輩。
「漣の指示に従え!虚に誘き寄せられるな!」
「本体は中央にいるのか!・・・お前ら、下がれ!」


次々と上がる、席官たちの声。
三番隊の席官たちからの反発がないのは、事前に吉良副隊長が何かを言い含めておいたのだろう。
私よりも席次が上の者たちも、すぐに動いてくれているのだから。


「ていうか、漣!お前、あとで説教な!何も言わずにお前の風に巻き込むな、っていつも言ってんだろ!!」
『手加減はしてありますよ。いつもよりは。今回は先輩だけじゃなかったんで。』
「おい!俺は手加減しなくてもいいみたいな言い方すんな!!」


『先輩の実力を信頼しているということですよ。』
「俺だって、お前のことは信頼してるけどな、お前はお前が思う以上に出来る奴なんだよ!そこをもっと自覚しろ!」
『そんなことはないですよ。私ぐらいの奴なんかいくらでも居ます。』


私に文句を言いながら虚を斬っていく先輩は流石だ。
先輩の方こそ、人望が厚いことをもっと自覚した方が良い。
その上実力も伴っているのだから、十一席なんかに置いておくのは勿体ない気がする。
当の本人は面倒だからこれ以上の出世はしない、と豪語しているが。


「・・・なんだ!?」
先輩の声とともに、隊士たちが足元を掬われていく。
『総員退避!!本体が砂の中から出てきます!出来るだけ遠くに行ってください!砂の流れに呑み込まれますよ!』


砂埃が舞うなか目を凝らせば、巨大な影が見えてくる。
それはまるで、蟻地獄。
白い仮面から覗く赤い瞳が、ぎょろりとこちらを見た気がした。
一旦退こうとするが四方八方から飛び出してくる子分たちにあっという間に囲まれてしまうのだった。



2018.04.16
後編に続きます。


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