Short
■ 器と力

「・・・なぁ、京楽。俺は、どうするべきだと思う?」
弱々しい声は、寮部屋の布団の中から。
周囲から奇異の目で見られるのはいつものことだが、流石に今回の出来事は心身ともに堪えたらしい友人に、京楽は苦笑を漏らす。


「君が、その具合の悪い体を引き摺ってでも行くと言うのなら、僕は君を背負って彼女の元に行くけれど。」
彼女、というのは、十三番隊隊長漣咲夜だ。
十日前、彼女は浮竹の頬に口付けを落として去っていった。


そして、今日はその彼女が口にした十日後。
彼女が見合いをする日である。
しかし、彼女に働きを期待すると言われた当の本人はこの有様だ。
会話が出来るだけまだましといったところだが、熱を出して臥せっている。


まぁ無理もない。
京楽は臥せっている親友を同情するように見つめる。
ただそこに居るだけで目立つ上に僕みたいな奴の隣に居て、その上彼女のような大物がこの男を望んでいるのだ。


・・・僕だったら、その日のうちに姿を消すだろうなぁ。
十日前から、この友人は注目の的で。
それだけならまだしも、羨望の的、嫉妬の的にもなっている。


教師陣はもちろん、彼を見下していた者たちの中には、手のひらを返したように媚びへつらう者が居る。
それを見ているだけの自分でさえ人間不信に陥りそうなのだから、当事者は相当なものだろう。


「・・・あぁ、くそ。行っても行かなくても俺にとっては茨の道だというのに、こうも体が重たいと何も出来ることがないじゃないか・・・。」
浮竹のそんな後ろ向きな発言は珍しい。
苦笑を漏らしながら浮竹の額の上の手拭いを替えようと手を伸ばせば、横から伸びてきた華奢な手がそれを奪い去っていく。


「え・・・?」
その手を辿ればそこには紫色の艶やかな着物に身を包み、豪奢な簪を差した女の姿。
一体いつの間にこの部屋に入り込んだのだろうか、と京楽は戦慄する。
その様子にくすりと笑った女は、手拭いを濡らして絞り、浮竹の額に乗せる。


『全く、待てど暮らせどやってこないと思ったら、こんな所で寝ているとはな。本当に読めない男だ。』
突然の彼女の出現に、浮竹はただ呆然と彼女を見つめていた。
彼女はそんな浮竹の首筋に手を当てて、熱いな、と呟きを零す。


「・・・な、ぜ、ここに・・・。」
『さっき、突然君の姿が「視えた」のだよ。熱に苦しむ姿がね。それで、これ幸いと大切な人が熱を出している、と見合い相手に伝えて出てきたのだ。』
「そんな理由で、見合いを反故にしたのですか・・・。」


『そんな理由だと?私にとっては重大な理由だ。大体、あの男は、此処に来ようとした私を止めたのだぞ。あの下賤な者の元になど行く必要はない、と。だから私は言ってやったのだ。私は死神で、隊長だ。だから、大切な者が苦しんでいる時、部下が助けを求めている時は、己の幸せを蔑ろにしてでも駆けつける義務があるのだと。』


「・・・それが、貴女の、死神としての矜持、というわけか。」
『そうだ!だから私の夫となる男は、そんな私を、快く送り出してくれる男でなければならないのだ。為すべきを為せと、私の背中を押してくれる男でなければ。あの男にそんな器はない。だから私は、今ここに居る。』


こういう時、改めて隊長の偉大さを感じる。
隊長候補とまで言われている自分たちではあるが、自分たちはこうなることが出来るのだろうかと、不安になる。
同じことを感じているであろう浮竹と目が合って、京楽は何度目かの苦笑を漏らした。


『・・・まだ、辛そうだな。』
そう言って浮竹の頬を撫でる彼女の瞳は慈愛に満ちている。
恋は盲目、という言葉が浮かんで、京楽は内心で苦笑する。
だからこそ彼女は、浮竹について先を読むことが出来ないのだ。


「浮竹ってば、大物を釣り上げちゃったんだねぇ。」
呟けば、不思議そうな視線が二人から向けられる。
「何の話だ・・・?」
『何を言っているのだ、君は?』


「いやいや、何でもありませんよ。僕はお邪魔なようなので、退散させて頂きましょう。病人の看病は、漣隊長の方が得意そうだ。ねぇ、元四番隊副隊長さん?」
『随分と昔の話を知っているな。』
目を丸くした咲夜に、京楽は笑う。


「僕だって、四六時中遊んでいるわけじゃあない。」
『烈さんにでも聞いたか。』
「戦場に於いてもあの人の右腕をやっていられるのは貴女くらいだというのが、山爺のお言葉でして。」


『ふぅん?総隊長がそんなことをねぇ?』
言いながらじっと見つめられた京楽は、なんだか落ち着かない気分になる。
『・・・なるほど。君の、君たちの歩む道もまた、修羅の道という訳か。』
彼女は愁いを帯びた瞳を浮竹に向けた。


「何故、そんな、目をするのですか?」
浮竹に問われた彼女は、はっとしたようにその瞳から愁いを消す。
『・・・いや、なんでもないさ。十四郎。君は、深く眠りなさい。私の手が届く所に居る限りは、私が君を守ろう。だから安心して休むといい。おやすみ、十四郎。』


「・・・何が、視えたのですか?」
すぅ、と眠りに落ちた浮竹を見ながら、京楽は問う。
『・・・なぁ、京楽春水。死神と斬魄刀は、どういう関係だと思う?』
問いを返されて、京楽は珍しく憮然としながらも口を開いた。


「器と力、かな。」
『なるほど。確かにそうだ。死神という器が斬魄刀から力を授けられる。では、死神と斬魄刀は同じか?』
「同じだとも、違うともいえる。」


『何が同じで、何が違う?』
「どちらも魂魄であることに変わりはないし、対である以上互いが必要であることは同じだ。けれど、その間には主従関係があり、信頼関係があり、齟齬がある。それは何故かと問うのならば、僕はこう答えるね。それは互いに心を持つからだと。」


『私もその見解は同じだ。しかし、それを認めると困ったことになる。』
「困ったこと?」
『斬魄刀を持たぬ死神が二人揃って、同調したとき。そしてその魂魄が深く結ばれたとき。・・・一方は器たる死神となり、一方は力たる斬魄刀に成り得るのではないかと。』


「一体、何の話をしているのです?」
ぞわり、と背筋を何かが撫でたような感覚に捉われながら、京楽は彼女を見つめる。
『先ほどの君の問いに答えよう。・・・私はいずれ、十四郎の「力」になるだろう。そして十四郎を守る一方で、彼を修羅の道に進ませるだろう。まったく、未来が視えるというのは、残酷だな。』


・・・すまない。
任務が入ったようだから、十四郎の看病は君に任せる。
沈黙を破ったのは、彼女の伝令神機。
それを見た彼女はそう言い残して去っていく。


「なんて人だ・・・。そこまで視えていて、何故正気を保っていられるのか・・・。」
あれほど、浮竹を愛しげに見つめていたのに。
浮竹の力になってしまえば、彼女は、浮竹に触れることが出来なくなるのか。
それが分かっていても尚、惹かれてしまうのか。


「ねぇ、浮竹。君は一体、何者なんだい・・・?僕は時々、君が怖くなるよ・・・。」
眠る友人を見つめながら京楽は呟く。
しかし、その呟きを聞いていたのは浮竹の胸の中に居るモノだけ。
けれどそれが京楽の呟きに答えることはないのだった。



2018.03.19
浮竹さん夢のはずですが、出番が少ないですね・・・。
このお話の中での京楽さんは浮竹さんが霊王の腕を抱えていることを知らないと思われます。
また続編がありそうです。


[ prev / next ]
top
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -