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■ 沈黙の桜

貴女の身体は、虚の毒に蝕まれています。
何故、もっと早く私の元に来なかったのですか。
静かな声でそう言った卯ノ花隊長は、心の底から怒り、心の底から悲しんでいた。
その日からずっと、私は四番隊の隊舎で、療養を命じられている。


面会謝絶。
そう掲げられているこの病室に足を踏み入れるのは、卯ノ花隊長だけ。
数か月前までは、見舞いの客が扉越しに声を掛けてきたりもしたのだが、沈黙を守る私に、見舞いの客は徐々に減っていった。


それでいい。
私のことなど、忘れ去ってしまえばいい。
虚に敗れた、名もなき隊士として。
ただ死にゆくだけの私を思って、胸を痛める必要などない。
彼らには、未来があるのだから。


それなのに。
たった一人だけ、雨の日も、風の日も、雪の日でさえ、私に声を掛けてくる者がある。
それは、六の字を背負う、私の主。
彼は未だ、長期療養中の私を六番隊の第三席に置いている。


「・・・今日は、目覚めているのだな。」
窓の外から聞こえてくる声は、いい加減聞きなれたもの。
今日は暖かいからと窓が開け放たれているので、私と彼を遮るのはカーテン一枚。
その布一枚を払いのけるなど彼にとっては造作もないことだろうに、彼は私が自分からその布を取り払うのを待っている。


『いつも、目覚めておりますよ。』
明るい外から暗い室内は見えないらしいが、暗い室内から明るい外はよく見える。
カーテン越しの彼は、まだ咲かぬ桜の木を見上げているらしい。
その固い蕾が綻ぶのを、待ち侘びるように。


「ならば、いい加減顔を見せてもらいたいものだ。」
『床に就いたまま貴方の前に出るなど、私の誇りが許しませぬ。』
きっぱりと言い切れば、彼はため息を吐く。
徐にカーテンに伸ばされたその手が、途中で止まって、遠ざかっていった。


「・・・良く養生しろ。」
『解っております。これ以上体を悪くすれば、貴方をお守り出来ませぬ故。』
「私は、お前に守られたいわけではない。私は、お前を・・・。」
その先の言葉を遮るように、口を開く。


『私は貴方の部下です。主を守らぬ部下はおりません。主を守れぬ部下など、不要です。』
私の言葉に彼の気配が怒気を帯びるのが分かる。
布越しに鋭い視線が向けられているのを感じる。


「お前は、何故、そうして私に一線を引く。私が求めるものを知らぬはずはなかろうに。」
『私如きに貴方の心を推し量ることなど出来ませぬ。推し量ることが出来たとして、私などが推し量ってよいものでもありませぬ。』


「・・・・・・そうか。それがお前の答えか。」
彼が拳を握りしめたのが分かる。
その声に微かな震えがあるのは、きっと気のせいだ。
私の言葉に彼が心を揺らすことなどあり得ないのだから。


『・・・そろそろ卯ノ花隊長が来られます。早く、お戻りください。それに、先ほどから阿散井副隊長が貴方を探しておいでです。』
突き放すように、淡々と。
どうかこの声が、震えていませんように。


本当は、誰よりも貴方の傍に居たい。
誰よりも貴方の力になりたい。
貴方とともに未来を歩みたい。
けれど、今の私にはその資格はないから。


だからどうか、気付かないで。
今私が涙を流していることも、私が貴方を想っていることも。
気付いてしまえば、貴方は緋真様のときと同じように、躊躇わないだろうから。
そして、緋真様のときと同じように、悲しむことになるから。


『・・・どうか、早々に新しき三席をお選びください。そして、私のことなどお忘れください。それから、この場所へ来るのは、これで最後にしてください。』
私の願いに、貴方は息を呑む。
また拳を握りしめる気配がしたけれど、貴方は何も言わずに去っていく。


「咲夜さん・・・。」
彼の気配が遠ざかると、卯ノ花隊長が病室に入ってきた。
きっと私たちの会話を聞いていたのだろう。
彼女は、涙を流す私を何も言わずに抱きしめた。


今の私には、その温もりを感じることすら難しい。
既に五感のうち触角と味覚が失われているのだ。
残る嗅覚、視覚、聴覚も徐々に弱っている。
霊圧知覚は残っているが、剣を握ることはおろか立つことすらままならない。


こんな姿を、どうして彼に見せられよう。
こんな姿で、どうして彼を愛せよう。
彼を苦しませ、悲しませると解っていながら、どうして彼の傍に居られよう。


だから二度と、貴方の前に姿を見せないと決めたのに。
だから何度も、貴方を傷付けて、遠ざけているのに。
それなのにどうして貴方は私の元に来てしまうの。
どうして貴方はその愛を私に向けてしまうの。


『あの人を傷付けたくないと願うのは、私の、エゴなのでしょうか。同じ悲しみを二度と与えたくないと願うのは、私の傲慢ですか。・・・卯ノ花隊長。貴女は、これ程までにあの人を愛してしまった私を、愚かだと笑いますか。あの人の中の私が綺麗なままであることを願うのは、過ぎた望みでしょうか。』


その問いに答えはなく、卯ノ花隊長はただ私を抱きしめる。
音もなく泣いている気配がする。
私のために心を痛めている彼女に申し訳なくなって、もう潮時だと、決心する。


明日からの私は、何も見えず、何も聞こえず、何も感じない。
彼が来ようと、彼女が来ようと。
中途半端に関わり続けるから、互いに苦しいのだ。
ならば私は、その関わりを断ち切ろう。


もとより、最近は目覚めている時間も短くなっている。
遅かれ早かれ、私は何も感じられなくなるのだ。
それが多少早まったところで、誰が私の「演技」に気付こうか。
傷付くのは、私だけでいい。


『・・・卯ノ花隊長。私に、外の景色を見せていただけませんか。』
私の言葉に少しだけ間があって、卯ノ花隊長は離れてゆく。
彼女がカーテンを開ければ、目に飛び込んできたのは青い空。
春の香りを乗せた風が、ゆるりと病室に入り込んでくる。


その香りを胸いっぱいに吸い込んで、その青空を目に焼き付ける。
彼が見上げていた桜の木に視線を向けて、願う。
今年もその桜が、美しく咲き誇りますように、と。
誰も、私のこの企みに気付くことがありませんように、と。



2018.03.12
翌日から咲夜さんはなんの反応も返さなくなります。
白哉さんに対してだけでなく、卯ノ花さんに対しても。
春が近づいているのに何故こんなに暗い話になってしまったのだろうか・・・。


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