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■ 安定剤 前編

「・・・お、来た来た。」
「久しぶりだなぁ、浮竹。」
「こら。お前、浮竹「隊長」だろ?」
「今じゃ、京楽と揃って隊長だもんなぁ。」
「「「「よ、浮竹隊長!」」」」


料亭の部屋の障子を開けるや否や、そんな声が飛んできて苦笑する。
「やめろよ、お前ら・・・。」
呆れたように言えば、あちらこちらから笑い声が聞こえてきた。
「だよなぁ。浮竹は浮竹だよな。」
「そうそう。ま、座れよ。」
「あぁ。」


ひと月ほど前、雨乾堂を訪れた京楽が、同窓会があるから一緒に行こう、と誘いをかけてきた。
隊長となってからは、体が空かず、共に統学院で学んだ学友たちと顔を合わせることも珍しい。
久しぶりに、あいつ等と顔を合わせるのもいいだろう。
浮竹はそう思って、二つ返事でその誘いに乗ったのだった。


「あれ、京楽はどうした?一緒じゃないのか?」
「あぁ。あいつは書類が溜まっているとかで副隊長に捕まっている。終わり次第参加するそうだ。」
そう問いに答えれば、皆が呆れたように笑った。
「ははは。噂通りの隊長っぷりだな。」
「京楽は昔から変わらんな。」
「そうだな。」


それから一刻ほど。
酒が進み、昔話は尽きない。
変わらない同期たちに苦笑し、安堵し、既にない者たちに涙する。
結婚したこと、子どもが生まれたこと、様々な別れがあったこと。
各々が色々なことがあって、皆がその話を聞いて祝い、慰め、最後は笑う。


『・・・失礼いたします。』
そんな涼やかな声が聞こえてきて、浮竹はいつものように返事を返す。
入室の許可を得たその声の主は、静かに障子を開けて浮竹に一礼した。
その姿に、浮竹以外の者たちは目を丸くする。


「どうした、漣。」
そう問えば、彼女は顔を上げる。
彼女は漣咲夜。
十三番隊の第七席。
浮竹の部下である。
そして、彼女は、彼らの同期でもあった。


『・・・副隊長が隊長の様子を窺がってこい、と。』
涼やかな声に見合った、涼やかな顔。
一見冷たい表情だが、その瞳はどこか拗ねていた。
・・・お前も同期なんだから行け、などとあれこれ言われて、渋々ここに来たのだろう。
浮竹は内心で呟く。


「そうか。今日は調子がいい。心配するな、とでも言っておけ。」
『では、そのように。失礼いたしました。』
彼女はそういうや否や一礼して障子を閉めようとする。
浮竹はそれに苦笑しながらも、止めることはしなかった。


「「「「いや、待って!?漣さんも同期でしょ!?」」」」
声を掛けられた彼女は、面倒そうな瞳をした。
「ちょっとくらい、話していこうよ。」
「そうだよ。今日は同窓会なんだよ。」
「漣さん、即答で欠席っていったけどさ。」


『・・・私は仕事中だ。』
「そんなの、浮竹が終わり、って言えば、終わりになるじゃん!」
「そうそう。浮竹、言ってやれ。」
視線を向けられて、浮竹は苦笑する。
己の部下からは、助けを求めるような視線。
同期たちからは、期待が籠った視線。


「・・・漣、少し休憩だ。」
逡巡した結果、それが一番良いだろうと、浮竹は判断する。
ちらりと恨めし気な視線を向けられるが、笑みを向けて黙殺した。
『・・・解った。』
渋々頷いた彼女を隣に呼び寄せる。


「ささ、漣さんも一杯。」
座った彼女にすぐさま酒をすすめる者がある。
『いや、私は・・・。』
「一杯くらい大丈夫でしょ?」
『いらない。』
「またまた。強いくせに。」
『いらない。』


相変わらず、無愛想だな。
即答で切り捨てる彼女に、浮竹は内心で呟く。
その呟きが聞こえたかのようにちらりと睨まれて、どきりとする。
「こらこら。漣は休憩中なだけだ。この後も仕事があるんだから、呑ませるな。」
そう言うと、同期たちは不満げな顔をしながらも彼女に酒をすすめるのをやめる。


『・・・大嫌いだ。』
小さく呟かれて、冷や冷やとする。
周りに視線を滑らせるが、彼女の声が聞こえたのは俺だけのようだった。
それに安堵して、酒を口に含む。


『私には酒を止めておきながら、隊長自らは酒を呑むとは。私への嫌がらせですか?』
横目で睨みながら言われて、浮竹はすぐに盃を膳の上に戻す。
「いや、そういう、わけでは・・・。」
『そうですか。お体が大変弱いのですから、お酒は程々になさいませ。』
彼女はいいながら、ずい、と、俺の方に顔を寄せる。


『・・・酒臭い。思った以上に呑んでおられるようですね。これ以上はお控えください。』
言いながら酒瓶を遠ざけられて、思わず苦笑する。
「分かった。分かったから、離れろ。注目されているぞ・・・。」
俺の言葉に彼女はすぐに離れていく。


『申し訳ありません、浮竹隊長。つい、いつもの診察のように・・・。』
「いいさ。・・・それから、今は休憩中だろ。こいつらの前で隊長と呼ぶのはやめてくれ・・・。」
先ほどから、本当に視線が痛い。


『休憩中でもこの後仕事ですので。つまり、仕事中というわけです。浮竹隊長に敬称を付けないなど、言語道断。』
「同期だろ・・・。」
『同期だろうがなんだろうが、隊長とただの席官では立場が違いすぎます。浮竹隊長は隊長なのですから、礼を取るのは当然のこと。』


・・・一体、何の嫌がらせなんだ。
わざわざ俺を隊長と呼ぶあたり、質が悪い。
この状況でお前を止めずに帰したら俺が責められるだろう。
そう視線で訴えれば、彼女からはそんなことは私の知ったことじゃない、と、冷たい視線が返ってきた。


「・・・分かった。じゃあ、隊長命令だ。浮竹と呼べ。」
『それは職権濫用というのです。』
「知るか。隊長の命令に文句をつける気か?」
『理不尽な命令には従いかねます。』
即答されて、内心で落ち込む。
しかし、こうなれば、最後の手段だ。


「・・・咲夜。」
名前を呼べば、彼女の動きは止まる。
そして、周りの者たちがざわついた。
『な、にを・・・。』
「咲夜。浮竹と呼ぶのと、十四郎と呼ぶのは、どちらがいい?」
にっこりと問えば、彼女は観念したようだった。


『・・・分かった。分かったから、やめろ、浮竹。』
「そうか。それは残念だ。」
『くそ。京楽が居れば私の勝ちなのに。』
「ははは。残念だったな。京楽が居なければ、俺はお前に負けないぞ。」


『だから嫌なんだ。京楽め。何故いない。』
「いつものツケが回ってきたのさ。」
『いつものように逃げて来い。』
「そういうな。彼奴がサボると俺まで先生に怒られる。」
『共犯者だからだろ。自業自得だ。』


「・・・あの、二人は、一体・・・。」
「え、名前で呼び合う仲・・・?」
普通に会話を始めた二人に、そんな声が上がる。
それに内心苦笑して、浮竹はぽかんとしている彼らに視線を向けた。


「俺は今、漣の婚約者ということになっているんだ。」
笑いながら言えば、皆が目を丸くしたのがわかった。
「え、だ、え・・・?」
「婚約者・・・?」
「ということになっている・・・?」


「あぁ。なぁ、漣。」
『・・・そうだな。今私は、仮の婚約者に浮竹を選んだことを後悔しているが。』
「ははは。そう言ってくれるな。京楽じゃ信頼度が低いといったのはお前だろう。」
『そうだな。私の予想通り、我が両親は君を信じきっている。君が誰かを騙すなど、夢にも思っていないだろう。』


「お前な・・・。その言い方だと、俺が悪い奴みたいじゃないか。頼んできたのはお前の方だろう。」
『五月蠅い。仕方なくだ。大体、悪い奴だと言われて、否定できるのか、君は。』
じとり、と見つめられて、思わず苦笑する。
「いや、まぁ、違うと言えば、嘘になるだろうが。」


『なんだ。自覚があったのか。それはそれで問題だな。その顔を利用してどれだけの者を騙しているんだ?』
「人聞きの悪いことを言うな!」
『違うのか?少なくとも、女性隊士たちは騙されているよな。』
「だから、そういうことを言ってくれるな!俺をなんだと思っているんだ!」


『たらし。』
「!?」
『頭が良くて、器量も悪くない。手先は不器用だが、相手の心をよく読んで、相手に合った対応をする。笑みを絶やさないために、温和で、菩薩のように見える。』
「見えるってな、お前・・・。」


『見えるだけだがな。君が一体どれだけのことを張り巡らせているのか、知らない私ではないよ。だから、君に頼むのは気が引けたのだがな・・・。』
彼女はそういってため息を吐く。


『残念ながら君か京楽ぐらいにしか頼めなかった。京楽に遊ぶなというのも無茶な話だ。その上、あれは一応上流貴族だからな。相手が京楽じゃ出来すぎている。結果、消去法で浮竹しかいなかったんだ。まったく、己の交友関係の狭さを呪いたい。』


「さっきから暴言ばかりじゃないか・・・。」
『事実しか言っていない。私が浮竹に婚約者のふりを頼むことだって、君が仕組んだのではないかと疑った。』
疑うような視線に、思わずため息を吐く。


「なんで俺がそんなことをしなくちゃならないんだよ・・・。」
『私への嫌がらせ。』
しれっと言われて、唖然とする。
「・・・それ、俺に利益はあるのか?」
『ないな。君が私を好いているというのなら話は別だが。』


「で、お前の中でその可能性は?」
『ゼロだ。だから、この件は君が仕組んだのではないと結論が出ている。』
「じゃあ、なんで俺は今、お前に暴言を吐かれているのだろうな・・・?」
『気にするな。嫌がらせだ。私が帰った後、皆に詰め寄られればいい。』


・・・言葉も出ない。
なんで俺はこんなに追い詰められているんだ。
俺は、こいつに頼まれて、こいつの婚約者のふりをしているんだぞ・・・。
俺はいったい何をやっているんだ、と、思ったのは一度や二度ではない。


「お前も大概だよな。味方でいれば心強いが、敵に回したくないよ、俺は。」
『それは光栄だな。浮竹のお墨付きなら、私はどこへ行っても大丈夫だな。・・・というわけで、早く私を一番隊に異動させろ。山じいから苦情が来たぞ。』
「ん・・・?」


『惚けても無駄だ。山じいが直々に私のところに来た。いつまで十四郎の世話などやっておるつもりだ、とな。まさか君が私の昇進の話を蹴っているとはなぁ、浮竹?』
にこり。
滅多に笑みを見せない彼女に微笑まれて、目を逸らす。


『そんなに私の邪魔をしたいか、浮竹?』
「いや、その・・・。」
『ん?何か理由があるのか?聞いてやろうか?』
「その、あれは、だな・・・。お前が居てくれた方が、いい、というか・・・。」
『ほほう?そんなに私をこき使いたいか?鬼上司。』
「はは・・・。」


・・・はぁ。
周りからの視線が痛い。
勘のいい奴は気付いているのだろう。
俺の、漣への気持ちに。
残念ながら、当の本人はその可能性をゼロだと言い切ったが。


『一体、どんな理由があって私の邪魔をしている?』
真っ直ぐに問われて、その視線の強さに息が詰まる。
その拍子に、己の肺が収縮したのが解った。
しまった。
最近発作がなかったから、油断した。
酒を呑みすぎたのかもしれない。


「・・・っ!!!」
痛い。
息が出来なくなって、肺のあたりを押さえる。
『浮竹?・・・発作か!?』
問われて小さく頷く。


『この馬鹿!呑みすぎだ!・・・お前ら、手伝え!浮竹を雨乾堂に連れて行く!』
彼女の声に皆が動き出す。
『四番隊の奴はいるか!?』
叫ぶように問えば、数人の手が上がった。
『卯ノ花隊長を雨乾堂に!!浮竹が発作を起こしたと言えば、すぐに来てくれるはずだ!』


「・・・ぐ、げほ、げほっ。」
彼女に背中をさすられて、漸く咳が出た。
止めるだけ無駄なので、そのまま咳き込む。
今度こそ駄目かもしれない。
そう思って、体が震えた。


『・・・浮竹。落ち着け。大丈夫だ。水の中を想像しろ。君は今、水の中に居る。だから呼吸が出来なくて苦しい。そういう時は水の中から出ればいいんだ。光の見える方が水面だ。ゆっくりと、水面に向かって進んで行け。ゆっくりでいいから。』


彼女の声に少し落ち着いて、彼女の言葉通りに想像する。
こぽこぽと水の音が聞こえてきた。
ゆっくりと、水面に手を伸ばす。
体が水面の方へ浮いて行く気がした。
水面から顔が出ると、光が眩しくて、一度目を瞑る。
そして目を開けると、目の前には彼女の顔があった。


『・・・浮竹。水の中から出たか?』
「あぁ・・・。」
頷けば、彼女は困ったように、でも、少し安心したように笑った。
『気分は落ち着いたようだな。・・・眠れ、浮竹。何も怖くなどない。』
優しく掌で瞼を押さえられる。
逆らうことなく瞼を閉じて、彼女の温もりを感じながら、すとん、と眠りに落ちた。



2016.03.22
浮竹さん初夢。
後編に続きます。


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