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■ 対の者

「・・・これ以後、隊長、副隊長としてその任を全うせよ。」
総隊長の荘厳な声が響くのは、一番隊舎。
執り行われているのは、六番隊の新しき隊長副隊長の任官式だ。
それも、異例ともいうべき、任官式。


新隊長の任官式は隊長たちの前で行われるが、副隊長の任官式は副隊長たちが執り行うのが通例である。
隊長に任命されてから副隊長を選任するため、通常は同じ日に任官式が執り行われることもない。


隊長副隊長の任官式が同時というだけでも異例だが、何より、異例なのは。
その副隊長が纏う、青藍色の羽織だ。
隊長が纏う羽織は白く、羽裏色は青藍。
副隊長が纏う羽織は青藍色で、羽裏色は白。


通常であれば、副隊長に与えられるのは副官章で、羽織などではない。
青藍色の羽織には六と隊長と同じものが白く染め抜かれている。
隊長羽織と対を成すようなそれも、やはり異例。
しかし、それを羽織っている女は、隊長格に異を唱えさせることを躊躇わせた。


短く切り揃えられた黒髪。
大きな黒曜の瞳。
それを縁取る長い睫毛。
左目の、泣き黒子。
それらの全てが、彼女への侮りを許さない。


今はまだ、その時ではありませんので。
彼女はそう言って、百年以上も席官になることを断ってきた。
今この場に居る隊長たちの中にも、彼女に副隊長にならないかと持ち掛けた者があったが、にべもなく断られている。


その彼女が、朽木白哉からの指名をあっさりと受け入れた時、周囲の者たちは、耳を疑った。
そして、理解する。
彼女がこれまで平隊士で居続けたのは、この時を待っていたからなのだ、と。


「・・・で、そろそろ話してくれてもいいんじゃないの、咲夜ちゃん?いや、漣副隊長?」
長年の疑問を解明しようと口火を切ったのは、京楽だ。
その言葉に、咲夜はくすりと笑う。


『どこぞの坊ちゃんがな、この私に向かって、私が許可するまで平隊士で居ろ、なんて生意気なことを言ってくれてなぁ。だが、その坊ちゃんはその辺で野垂れ死にそうになっていた私を救ってくれた相手だ。恩の一つや二つ、返しておかねば後が怖い。だからその言葉に従っていたのだ。それで漸く、その坊ちゃんの許可が下りたので、副隊長を引き受けたのだよ。』


なぁ、どこぞの坊ちゃん?
なんて天下の朽木白哉を揶揄う彼女に、白哉は冷たい視線を向ける。
常人ならば竦みあがるところだが、彼女はその視線を気にすることなくご機嫌な様子だ。
どうやら、青藍色の羽織が気に入ったらしい。


「とりあえず、それで納得しておくけれど。で、なんで副官章じゃなくて、羽織なわけ?」
『飾りにしかならない副官章よりも、羽織の方が実用的だ。それに、これを着ていれば、一目で判るだろう?敵味方問わず、この私が何者なのか。』


「・・・ねぇ、いいの、山爺?この子今、副官章にケチ付けたよ?」
京楽が問えば、元柳斎は盛大なため息を吐いた。
「それについては既に滔々と言い聞かせた。じゃが、そこの二人には響かぬらしい。銀嶺には諦めろと笑われた。」


「・・・まぁ、僕もあんまり人のことを言える立場じゃないけどさ。」
『そうだな。その派手な着物は、如何なものかと思うぞ。』
「僕は隊長だからいいの。」
『それなら副隊長も許されて然るべきだ。隊長と副隊長は表裏一体なのだから。なぁ、白哉?』


「そうだな。お前には、私と同じだけの働きをしてもらわねばならぬ。覚悟は出来ているな?」
『もちろん。そうでなければ、君が隊長になる前に逃げ出しているよ。この羽織に恥じぬ働きをすると約束しよう。次の副隊長が現れるまで、という期限付きだがな。』


「一体、何年先になるか。」
『いいじゃないか。気長に待て。副隊長を退いたら、私はどうしようかなぁ。』
「朽木家当主の補佐になるに決まっているだろう。」
『えぇ・・・。私に貴族社会で生きろというのは、少々無茶じゃないか・・・?』


「無茶なものか。何年朽木家が世話をしたと思っている。」
『そうだなぁ・・・君が、初めて木刀を手にした頃からだから、少なくとも二百年は。』
「その二百年間の朽木家の苦労を知らぬわけではあるまいな?」
白哉にじろりと睨まれて、咲夜は肩をすくめる。


『やれやれ。まったく、とんだ主に拾われてしまったよなぁ、私も。こう見えて、尊い血が流れているというのに。』
「その血を捨てた奴が何を言っている。」
『行き場をなくした私に居場所を与えてくれたこと、感謝いたしますよ、我が主。』


「ねぇ、咲夜ちゃん。尊い血って、どういうこと・・・?」
そんな話は知らないと怪訝な顔をした京楽に、咲夜は不敵な笑みを浮かべた。
『私はただの六番隊副隊長ですよ、京楽隊長。朽木家での扱いもただの居候です。お疑いならば、私の経歴をすべて調べていただいても結構ですが。』


慇懃無礼な物言い。
いつもの彼女とは違う一面を見せつけられて、隊長たちは軽く目を瞠る。
・・・調べるだけ無駄ってことだね。
京楽は内心で呟いて、笠を深く被りなおす。


「そうかい。それなら何も聞かないよ。」
『流石京楽隊長。話が早くて助かります。』
「ただ・・・。」
『ただ?』


「・・・君の存在が尸魂界にとって不都合なものであるというのならば、僕は君を排除することを厭わないよ。」
『肝に銘じよう。・・・ま、安心し給えよ、京楽。そんなことがあれば、白哉が真っ先に私を斬り捨てるからさ。』


「そうだな。そろそろ行くぞ、咲夜。隊士たちが待っている。」
『あぁ。いよいよ初仕事だな。この羽織を、存分に見せびらかさなければ。私は君の半身。そして、君の影なのだから。』
その言葉に一瞬なんとも言えない表情をした白哉だったが、何も言わずに部屋を出ていく。


『そう案ずるな、白哉。これは自己犠牲などではなく、純粋な忠誠心だよ。私の隊長は、白哉だけ。私の主も、白哉だけ。ただそれだけのことだ。』
意味深な呟きを残して、咲夜は白哉を追いかけるように出ていく。
その妙な物言いに、残された隊長たちは首を傾げるのだった。



2018.02.26
白哉さんの最初の副隊長である咲夜さん。
何やら秘密がありそうなので、続編があるかもしれません。
恋次の前に副隊長を務めていた人はどんな人なのだろうなぁ、と思って書き始めたのですが、予想外の方向に話が進みました。


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