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■ 煽り、煽られて

昼下がりの執務室。
私とイヅル以外の隊士たちは、任務に出払っていて。
そんな彼らの代わりに黙々と書類を熟していたのだが、集中が途切れてしまう。
棚の資料を取りに立ったイヅルは、こちらに背中を向けていて。
不意に、その背中に抱き着きたくなった。


「・・・何をしているんだい。」
その声に首を傾げれば、いつの間にかイヅルの背中が目の前にあって。
『え?・・・わ、あ、ごめんなさい!』
そんな無意識の行動に、自分でもびっくりして、慌ててその背中から離れた。


「仕事中だよ、漣七席。」
席次で呼ばれて、項垂れる。
いつもなら仕事中は「漣くん」なのに。
こちらを振り向かないあたり、イヅルは怒っているのかもしれない。


『も、申し訳、ありません、吉良副隊長・・・。』
イヅルは、公私混同に厳しい。
だから仕事中はいつも私を名字で呼ぶ。
わざわざ七席と呼ぶのは、イヅルが私を窘めるとき。


そりゃそうだよね・・・。
執務室に二人きりとはいえ、仕事中だもの。
無意識だったとしても、仕事中に恋人の背中に抱き着くのは駄目だ。
そう思って仕事に戻ろうと踵を返せば、ぐい、と腕を引かれて、ふわりと温もりに包まれた。


『イヅル・・・?』
「あまり煽らないでよ。僕だって、仕事中だからと抑えていたのに。」
耳元で囁かれた言葉にぽかんとしていれば、イヅルは小さく笑う。
その吐息がくすぐったい。


『お、怒って、ないの・・・?』
「怒ってなんかないさ。」
『でも・・・。』
「まぁ、呆れてはいるけどね。」


私を後ろから抱きしめているイヅルは、はぁ、と盛大なため息を吐く。
呆れられた、とびくびくしていれば、イヅルの顎が肩に乗せられて。
そのまま甘えるようにすり寄ってくるものだから、もう何が何だかわからない。
解るのは、イヅルの温もりがすぐ近くにあることだけ。


「・・・本当に、呆れてしまうよ。君が近くに居るだけで、僕はこんなにもただの男になってしまう。副隊長という立場さえ、忘れてしまいそうになるのだから。それなのに君は、煽るようなことをしてくるし。」
再び吐かれたため息が私の首筋を掠めたのはきっとわざと。


・・・煽っているのは、イヅルでしょう。
なんて、そんなことを言えば今日はもう仕事になる気がしない。
いや、もうすでに、仕事にならないかもしれない。
煽られているのは、イヅルなのか、私なのか。


「お互い我慢することになるから、仕事に集中していたのに。咲夜のせいで、集中が途切れてしまったじゃないか。どうしてくれるんだい?」
『そ、れは、ごめん・・・?』
「許さない。明日は二人とも非番にしてあるから、今日の夜までお預けだよ、咲夜。」


首筋をするりとなぞったのは、きっとイヅルの唇。
その温もりが離れると同時に解かれる腕。
・・・狡い。
これだけ煽っておいて、お預けだなんて。


『イヅルのばか!』
「恨むなら、その馬鹿を好きになった自分を恨むことだよ。」
何事もなかったように飄々と言い放ったイヅルは、これまた何事もなかったように棚の資料に手を伸ばしている。


根暗でヘタレな副隊長だなんて、嘘だ。
イヅルに関してそんな評判を立てた人は、人を見る目がない。
優しすぎるゆえに気弱なところもあるけれど、イヅルは一枚も二枚も上手だ。
私なんかを手のひらの上で転がすなんて朝飯前なのだ。


何だか悔しい。
悔しい、けれど。
でも、無意識だったにしろ、触れ合いたいと思っていた私に答えてくれたイヅルは、自分も我慢することになることを解っていながら、私を甘やかしてくれた。


やっぱり、たった数分で私をこんな気持ちにさせるのだから、イヅルは一枚も二枚も上手だ。
けれど、やられっ放しは性分じゃないからと、彼の名を呼ぶ。
振り向いたイヅルの唇を奪ってやれば、だから煽るのはやめて、と懇願されて、今度は私が笑ってしまうのだった。



2018.02.12
何となく抱き着きたくなる背中ってありますよね。
吉良君は仕事中はあんまり相手をしてくれなさそうだなぁ、なんて。
でもやっぱり大切な相手は甘やかしそうです。
久しぶりに糖度が高めなお話。


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