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■ 灯る火

・・・この私が、人間の小僧如きに敗れようとは。
双極を去りながら、白哉は内心で呟く。
その敗因は、黒崎一護の敵が私などではなく、掟そのものであったこと。
気に食わぬ男だ。


恋次との戦いに続いて、本日二度目の卍解。
霊圧の消耗が激しいうえに、血を流しすぎている。
己の足が今、どこに向かっているのかさえ、定かではない。
次の一歩を踏み出そうとすると、ぐらり、と体が大きく傾いた。


『・・・また随分と無茶をされたようですね。』
その言葉と同時に支えられた体に、ちらりとその姿を見る。
苦笑を浮かべているその女は、四番隊第三席漣咲夜。
四番隊に世話になる際には、いつも彼女が私の担当だ。


「何故、此処に・・・。」
『私の独断です。卯ノ花隊長も、独自に動いていらっしゃるようだったので。』
言いながら彼女は、手際よく私の傷の状況を見ていく。
致命傷になるような傷がないことを見て取った彼女は、応急処置だけをして、私の霊圧の回復を始めた。


「何故私の元に来たのかと聞いている。」
私の問いに、彼女は一瞬だけ沈黙する。
『・・・貴方の傷を癒すために。まだ、戦いは終わってはいません。あちらこちらで霊圧の衝突があります。この先も戦いがあるのならば、四番隊がやるべきことはただ一つです。』


凛とした言葉だった。
不意に、自分の元に来たのが彼女でよかったと思った。
彼女以外の誰かが私の治療に来たならば、私はそれを撥ね退けていただろう。
人間などに負けた情けない姿を見せまいと。


「そなたは何故、私の元へ来ることを選んだ。」
『だって、助けに行くのでしょう?ルキアを。貴方の大切な妹を。』
思わぬ答えに息を呑む。
私の本心を見透かすように、その瞳が真っ直ぐにこちらを見上げた。


『そのために、貴方は無茶をします。それが予想できたから、私はここに来ました・・・なんて、それはただの私の願望でもあったのですが。』
苦笑を漏らした彼女に、内心苦笑する。
それが彼女の本音だったのだ、と。


『けれど、ここに来て良かった。貴方の顔を見て、自分の願いが間違っていなかったことを確信できました。だから・・・だから、貴方に手を貸します。これは私の独断です。貴方に手を貸してルキアを助けるなど、命令違反でしかありません。でも私は、今下されている命令が、正しいものだとは思えないのです。』


「・・・愚かだな。」
『何とでも。』
「私が治療を拒むとは思わなかったのか。」
『治療をするのは私です。誰を治療するのかを決めるのも、私です。』


彼女の言葉が、彼女の霊圧が、冷えた体を温めていく。
小さな火種が炎となっていくように、力が湧いてくるような気がする。
そのお蔭か、鈍感になっていた霊圧知覚が戻ってきて、双極の上にいくつかの霊圧が現れたことを悟る。


それと同時に聞こえる、虎徹副隊長の声。
天挺空羅によって伝えられた事実に、息を呑んだ。
今、双極に居るのは、裏切りを伝えられた藍染ら三名の隊長と、旅禍の少年たち。
そして、恋次と、ルキア。


同じく天挺空羅を聞いたらしい彼女の気配が張り詰める。
彼女も双極に現れた彼らの霊圧に気付いたらしい。
何かを迷うように目を伏せた彼女だったが、次に見上げてきたのは力強い瞳で。
彼女はそこで、治療をやめた。


『行ってください。私は、貴方の無茶を止めません。』
「そなたはどうする。」
『卯ノ花隊長と虎徹副隊長が上級救護班を連れてこちらに向かっているようですので、私は救護詰所に戻り、万全の体制を整えましょう。隊長副隊長が前線に出るのならば、私の役目はあの場所で指揮をとることです。』


「そうか。」
頷きを返すと同時に、地面を蹴る。
幾分か回復しているらしく、それなりに瞬歩は使えるようだ。
すぐ後に彼女の気配が遠ざかって、少しだけ寂しさのようなものを感じたのは秘密だ。


誰も彼も、人の心をひっくり返してくれる。
白哉は内心で呟く。
彼女が私を心配して追ってくるのでは、などという淡い期待をした自分。
掟と約束の間で心を殺していたのに、ルキアを助けに行く自分。


消耗しきった体は重いはずなのに、軽くなった心がその体を動かす。
間一髪でルキア助け、その身を市丸の斬魄刀に貫かれて崩れ落ちたその体は、すでに限界を迎えていた。
卯ノ花隊長に治療をされながらルキアに真実を話してから目を閉じると、思い浮かんだのは、彼女の姿だった。


そなたのお陰で、間に合ったぞ、咲夜。
遠のく意識の中で呟いた言葉は声にはならなかったけれど、次に目を開けた時、傍に居たのは、彼女で。
間に合ってよかったですね、なんて笑った彼女に、まるで私の声が届いたようだと、笑いが込み上げるのだった。



2018.01.29
一護に敗れた白哉さんが双極から去った先には誰かが居たのでは、と思いついてみたのですが、管理人的にはちょっと違う方向に話が進みました。
冷静で、心の芯の強い咲夜さんに関心を持ち始める白哉さん。
咲夜さんは無自覚に白哉さんを慕っていたりするのでしょうね。


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