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■ 最前線で君と

『・・・今回も健康面に問題はなさそうですね。というか、完璧です。』
診断表を見ながらそう言ったのは、四番隊第三席の漣咲夜。
貴族の生まれでありながら死神となることを選び、三席にまで上り詰めた変わり者・・・というのが、世間の彼女への評価である。


真っ直ぐな黒髪と、切れ長の瞳。
人形のような顔が一見すると冷たさを醸し出す。
その性格もまた、いっそ清々しいほどに辛辣なのだが。
ただ、その容姿と時折見せる優しさと微笑に彼女に想いを寄せる者は多い。


『問題があるとすれば、睡眠時間が短いことと、非番が少なすぎることと、その仏頂面ですね。』
診断表を机の上に置いた彼女は、そう言って掛けていた眼鏡を外した。
それは彼女が素に戻った証拠。
入隊当時から付き合いのある白哉にとっては、こちらの方が見慣れた姿である。


「この私に臆面もなくそのような言葉をかけるのはお前くらいだ。」
『そうか?同期が相手ではこのくらい普通だろう。』
敬語を外した彼女は悪びれもなくそう言って茶を啜る。
淡々としているのも昔から。
もっとも、そう見えるだけで内面まで淡々としているわけでないこともよく知っているが。


「私のことよりも、お前だ。面倒だからと食事を抜いているのではあるまいな?」
月に一度の健康診断で姿を見るたびに、気になるのは、その細すぎる首と手首。
すぐにでも折れてしまいそうで、白哉は毎回彼女に問う。
毎回同じ返答であることに、溜め息を吐きたくなるのだが。


『生命活動の維持に必要な栄養は摂取している。』
予想通りの答え。
それは、彼女の机の上に並ぶ栄養剤を見ればすぐに分かるのだが。
食に興味がないらしい彼女は、ほとんど食事を口にしない。


「医者の不養生というのは、真であるな。休暇すら殆ど取っておらぬだろう。」
『我が四番隊に休む暇はない。ただの補給部隊だと雑務ばかりが舞い込む。我儘な患者も多い。君のような隊長たちの健康管理も仕事の一環だ。その隊長たちも休暇を取る暇がないくらい忙しい。それに付随して我らもまた休めない。』


「なるほど。では、お前の担当であるこの私が休めばお前も休むわけだな?」
『なんだ?私と一緒に休みたいのか?』
揶揄うような口調に、こちらも悪戯な気分になる。
「お前が休みたいと懇願するならば、一緒に休んでやるが?」


『君に私のために使う休暇があったか?いつも護廷隊は非番でも、当主としての仕事があるというのに。ルキアが隊長となって、結婚までして。そのフォローも君がやっているのだろう?君は君自身のために休暇を取るべきだ。他人が傍に居ることを好まぬ君は、私が居ては休めまい?』


「・・・随分と、真面目な返答だな。」
彼女は、あくまで四番隊の席官なのだ。
己の身を削ってでも、隊長や隊士たちの健康を守るのが、彼女の仕事。
だからこそ、その身を大切にして欲しいのだが。


『事実を述べただけだ。・・・私のことまで気に掛けるな。私は私で上手くやるし、あまり働きすぎると虎徹隊長に叱られるんだ。そんなに中央施薬院に送り込まれたいのですか、ってね。』
だから休みは貰っているよ、君よりはね。


苦笑を含みながらそう言った彼女に、内心同情した。
中央施薬院。
腕利きの医師が揃う貴族専門のその場所には、彼女の苦手な人物がいる。
山田清之助という、以前の直属の上司が。


「確かに、職場環境はあちらの方が良いだろうな。万一にも何かあっては困るからと、医者の休暇が管理されていると聞く。」
『給料も今の数倍だし、休みも増えて、その他特権も多い。でもなぁ・・・総代があの人で、患者があの狸共ではな・・・。』


「熱心に誘われているのだろう?お前を引き抜くために、総代が自らここへ足を運んでいるとか。お前の腕がそれだけ信頼されているということだろう。」
『それは喜ばしいことだがね。行く気はない。』
「何故だ?」


『あそこに居ては、私は戦えない。』
その言葉に首を傾げれば、彼女は笑う。
『私は、最前線で戦う者たちと、共に戦いたいのだよ。君のように信念をもって無茶をする奴らが、好きなのさ。』


彼女の言葉に、胸がざわつく。
感動や呆れが入り混じって、でも、清々しいような。
四番隊の隊士でありながらも我らと共に戦う。
その存在が何と心強いことか。


「ならば、いっそのこと六番隊に来るか?」
零れ出た言葉は、本心。
目を見開いた彼女はまじまじと私を見つめてくる。
その瞳にある迷いは、おそらく否定的な迷いではない。


「四番隊とはいえ三席にまで上り詰め、斬魄刀の能力も戦闘に向いている。戦闘経験は少ないだろうが、四番隊の最前線にいる以上、戦場で怯むこともあるまい。」
『白哉・・・。』
「すぐに返事をしろとは言わぬ。虎徹隊長には、私から話をしておこう。」


『いや・・・それは、私が自分から話すよ。』
立ち上がった私の腕を掴んだ彼女は、そう言って見上げてくる。
『ありがとう、白哉。本当はずっとそうしてみたかったんだ。でも、私などを受け入れてくれる隊はないだろうと思っていて・・・。』


「私の誘いに乗るということか?」
『乗るさ。それに六番隊だなんて、願ったり叶ったりだ。君がどう戦っているのか、ずっと見てみたかったんだ。隊長としての君の姿を、間近で見てみたかった・・・。ありがとう、白哉。必ず私を引き抜けよ?約束だぞ?』


瞳を輝かせる彼女は、貴重だ。
子どものようにはしゃぐのも、頬を上気させているのも。
不意打ちを食らった気分だ、と白哉は内心で呟く。
時折見せるこのような姿は、私でさえ妙な気分になる。


「・・・私は、厳しいぞ。」
『その厳しさの裏にある優しさを知らぬ私ではないよ。』
即答された言葉に、降参だ、と心の奥底に居る自分が呟いた。
お前はこの目の前にいる女が大切なのだ、と。


「命を、懸けることになるぞ。」
『そんなの、ずっとそうだ。四番隊だろうと六番隊だろうと、一人の命を救うのには、命を懸けなければならないのは同じだ。私を見縊るなよ、白哉。』
挑むような真っ直ぐな瞳に、心臓を射抜かれたような気がした。


「覚悟しておけ。お前相手では尚のこと手を抜かぬぞ。」
『それはお互い様だ。六番隊に行ったとしても、私は君の健康管理を怠るつもりはないぞ。覚悟しておけ。』
暫く見つめ合って、同時に笑いを堪えきれなくなる。


「・・・と、いうことのようですので、手続きをお願いいたします、総隊長。」
「いいのかい?」
隣の部屋で健康診断をしていた勇音の言葉に、診断をされている側の京楽は意外そうな顔をする。


「清音を副隊長に選んだ時に、無茶を言いましたから。四番隊から人員を一人出すのは、当然のことでしょう。正直、漣さんに抜けられるのは厳しいところもありますが、でも、四番隊には、卯ノ花隊長が育ててくださった隊士が沢山いますから。」
そう言って笑った勇音に京楽は目を細める。


成長したのは、彼女も同じか。
彼女の四番隊の責任者としての素質を、卯ノ花隊長は見抜いていたのかな・・・。
そんなことを思って、京楽は苦笑する。
皆が、あの戦いから前に進み始めているのだと。


「そうかい。それじゃ、手続きをしておこうかな。彼女と朽木隊長の関係も乞うご期待って感じだし。」
「ふふ。実はあたしもそれは気になっていました。朽木隊長と一緒に居るときの漣さんって何だか可愛いんですよね。」
悪戯な勇音の言葉に、京楽は思わず声を上げて笑ってしまうのだった。



2018.01.15
尸魂界復興後のお話でした。
こんな日常もまた、戻ってきているのだろうな、と。
咲夜さんは白哉さんの良き理解者なイメージ。
でもそれはきっとお互い様なのです。


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