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■ 心酔 後編

据え膳食わぬは男の恥よ。
そんな言葉を残していった酒造の姫は、京楽の襟首をつかんで教室を出て行った。
貴方を補習に連れて来いって言われているのよね。
なんて言った彼女に京楽は逃げ出そうとしたのだが、あっという間に鬼道をかけられて引き摺られていったのだった。


なんだかんだで仲がいいよな、あいつ等・・・。
苦笑を漏らしながら二人を見送った浮竹は、そんなことよりも、と腕の中にいる咲夜に視線を落とす。
酒が回っているらしいその体温は高く、頬は上気していて、薄く開いた唇が艶めかしい。


なんて、俺は何を考えているのか・・・。
酒造の姫の言葉に引き摺られてはいけない。
軽く頭を振って邪念を振り払い、彼女を抱き上げる。
人の気も知らないで、なんて内心で愚痴りつつ。


『・・・ん・・・じゅーしろ?』
舌足らずな声が聞こえてきて彼女を見れば、潤んだ瞳がこちらを見上げていた。
「どうした?」
『ふふ・・・。じゅーしろうだ・・・。』


へにゃりと笑ってぐりぐりと額を胸に押し付けてくる彼女は、まるで甘える猫のよう。
勘弁してくれ・・・。
無防備にも程があるだろう・・・。
いつも以上に無防備な彼女に、浮竹は頭を抱えたくなる。


「・・・お前、俺以外の奴にそんなことするなよ。」
今更言い聞かせても無駄だとは解っているが、つい小言を言ってしまうのは性分だ。
『うん?』
首を傾げた彼女に溜息を吐いて赤子にするようにとんとんと背中を叩いてやれば、すぐにうとうととし始める。


『じゅーしろ・・・あのね・・・。』
「どうした?」
『あのね、じゅーしろは、とくべつ、だから、わたしの、いちばんは、いつだって・・・。』


十四郎だよ。
声にはならなかったが、咲夜の唇がそう動いた気がした。
これは酔っ払いの戯言だ。
そう思い込もうとしたが、これほどまでに心を掴まれては意味を成さない。


「・・・俺だって、一番はお前に決まっている。目が覚めたら覚悟しておけよ、咲夜。」
好きだ、と心の底から思う。
愛している、とさえ。


けれど、それを伝えるのは、彼女が目を覚ましている時。
眠った彼女にそれを伝えたところで、彼女にそれは伝わらないのだ。
咲夜は一体、どんな顔をするのだろうか。
笑うのか、戸惑うのか、それとも泣くのか。


けれどきっと、彼女のことだから。
俺を拒絶することはないだろう。
何の根拠もないけれど、そう思った自分に浮竹は苦笑する。
そう思うのは些か傲慢か、なんて。


「さて、連れて帰るか。これでは寮に置いてはおけない。・・・そういう訳だから、咲夜は浮竹家で預かるぞ。酒造の酒が残っている間は、俺は何もしない。お前という監視がついていては、やり辛いからな。」
浮竹は何処へともなく呟いて教室を出る。


「・・・流石に聡いわね、浮竹君は。」
「あはは。ただの酒ならいざ知らず、酒造の酒で浮竹を酔わせることは出来ないさ。」
「そのようね。」
補習に行った振りをして浮竹と咲夜の様子を伺っていた二人は、顔を見合わせる。


「ま、二人がくっつくのは時間の問題かなぁ。あの浮竹が本気を出すようだから。」
「あら、そうなの?それはまた、漣さんも大変ね。」
「浮竹は策士だからなぁ。咲夜ちゃんに振り回されているようで、実は浮竹の方があの子を振り回しているのかもしれないよ。」


翌朝。
目を覚ました咲夜は、見覚えのある天井を見て起き上がろうとするのだが、ずきりとした頭痛に顔を歪めて布団に沈む。
がんがんとした痛みに耐えていると、顔を覗き込んできたのは十四郎だった。


「・・・見事に二日酔いのようだな。」
『二日、酔い・・・あぁ、そうか。酒造の蛇が私の中に・・・。』
「あぁ。まったく、彼奴の宝具の使い方は間違っている気がしてならない。」
呆れたように言う十四郎に苦笑すれば、盛大にため息を吐かれる。


「笑っている場合か。」
『いや、すまない。・・・授業はいいのか?』
「お前を置いて行けるか。」
ぶっきらぼうに言っているが、その言葉の裏には心配があるのが分かって、なんだかくすぐったい。


『ふふ。これではいつもと逆だな。』
「お前は俺と違って丈夫だからな。じゃじゃ馬すぎて心配は尽きないが。」
『十四郎が居るから、私は無茶が出来るのだよ。』
「困った奴だ。・・・まだ暫く大人しくしていろ。顔色が悪い。」


『うん・・・。もう少し、眠るよ・・・。』
呟けば、十四郎の手が私の頭を撫でた。
その手に酷く安心するのは、昔から。
そういえば昔から十四郎が傍に居るとよく眠れたな、なんて今更ながらに気付く。


『十四郎の傍が、一番、安心するのかな・・・。』
「え?」
『君の傍は、何というか、心地良いな・・・。』
そのまま眠りに落ちる寸前、やっぱりお前は無防備だ、と十四郎が困ったように呟くのが聞こえた。



2018.01.08
進展したような、していないような、そんな二人の関係。
京楽さんが言うように、今後浮竹さんが本気を出すのでしょう。
浮竹さんのような人が本気を出したら女性はイチコロな気がします。


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