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■ 溺愛

寒さが厳しくなってきた日の早朝。
いつも通りの時間に隊舎へ足を運べば、既に温まっているストーブがあって、冷えた手を温めようと手を翳す。
いつも通り、彼女が姿を現すことを感じながら。


『お早うございます、朽木隊長。今日も寒いですね。』
盆を手にした彼女は、そう言って声を掛けてくる。
その上に載っているのは、二つの湯飲み。
漂ってくる香りに、今日はほうじ茶か、と内心で呟いた。


「・・・漣か。今日も早いな。たまには遅れてくれば良いものを。」
彼女は毎朝誰よりも早く隊舎にやって来る。
暑い日も、寒い日も、関係なく。
そんな彼女のためにこのストーブを置いたのは、いつのことだったか。


『隊長こそ、たまには定刻に来られては?そのうち体を壊しますよ。』
彼女の穏やかな笑みを見るのが日課になったのは、もうずっと昔の話だ。
何故この朝の日課が始まったのかすら、覚えていない。
それくらい、彼女との付き合いは長いのだ。


「それほど柔なものか。・・・それに、もう慣れた。」
諦めを含みつつ言えば、それが伝わったのか、彼女はくすくすと笑って盆を差し出してきた。
『どうぞ。今日はほうじ茶です。温まりますよ。』
「あぁ。」


湯飲みを手に取って口に運べばいつも通りの美味い茶が喉を通っていくのが解る。
毎朝私が来ることを予想して淹れているであろうそれは、間違いなく私を思って淹れている茶で。
最も、それがどんな思いなのかは、知る由もないのだけれど。


「お前の淹れる茶はいつも美味いな。」
『ふふ。よかった。』
いつも通りの感想を述べれば、彼女は呟くように言って、お茶を啜る。
その姿に愛しさを覚えるのも、いつものこと。


「・・・漣。」
たまには彼女を労うことも必要かと思い立って、声を掛ける。
首を傾げて見上げて来た彼女に、彼女を労う、というのはただの口実で、私が彼女との時間を欲しているのだと内心苦笑した。


「仕事の後、何か予定はあるか。」
『いえ、特にありませんが・・・。』
「そうか。ならばそのまま空けておけ。今日は定刻で帰るぞ。」
『へ?あの、それはどういう・・・?』


「毎朝の茶の礼に、美味いものを食べさせてやる。」
それだけ言って湯飲みを置き、執務机へと向かう。
駆け込んでくるであろう己の部下が、彼女の言葉を遮ることを予想して。
我ながら狡いことをしていると思いながらも、彼女との食事は既に決定事項なのだ。


予想通り駆け込んできた恋次が私に何かを問おうとしていたであろう彼女の言葉を遮って、執務室はそれだけで慌ただしい雰囲気になる。
準備をする恋次を横目にちらりと彼女を見れば首を傾げていて、思わず口元が緩んだ。
そうして私のことだけ考えていればいい、などと思う自分に苦笑しそうにもなったのだが。


「・・・行くぞ、恋次。」
「はい、隊長!」
「漣。留守は任せる。私が戻るまで待っていろ。」
先ほどの誘いは本気だと伝えるために、彼女に念を押す。


『え、あ、はい!』
彼女の返事を聞いてから瞬歩で移動を始める。
それを予想していたらしい恋次は遅れることなく着いてきて、私の副官という役目にも慣れてきたのやもしれぬ、と少しだけ感心した。


「行くぞ。」
任務を終えて、その報告書を書き上げれば定刻の少し前。
鐘が鳴ると同時に席を立って彼女に声を掛け、執務室を出る。
慌てて着いてきた彼女に内心で笑って、歩を進めた。


『ここって・・・。』
暫く歩いて朽木家へ到着すると、彼女は小さく呟いて。
そのまま門を潜った私に彼女は目を丸くしたが、それでも慌てて私を追いかけてきて。
私を出迎えた使用人たちは、私の後ろに居る彼女に驚いた様子だったが、何も言わずに邸に上げる。


『・・・あぁ、美味しい・・・。』
食事を終え、酒を口に含んだ彼女は、うっとりとした顔で言う。
私服に着替えた私をちらりと見ては、それを隠すように酒を飲む姿が、愛らしい。
酔いが回って妙な色気を漂わせ始めた彼女から目を逸らしつつ、私も酒を口に含む。


朽木家に呼んで正解だったか。
いつもと違って隙がありすぎるその姿にくらりとしながら、そんなことを思う。
こんな姿を他の男に見せるのは勿体ない。
彼女に対してそんな独占欲のようなものを感じるとは末期だなと、内心苦笑した。


泊まるように言えば彼女は言われるがままに頷いて。
部屋を用意しろ、と清家に命じれば、白哉様の隣の部屋に致しましょうか、などと小声で言うものだから、じろりと睨みつける。
怖や怖や、なんて呟きながら出て行った清家は、内心楽しんでいるに違いなかった。


翌朝。
お早うございます、と慌てた様子で挨拶をしてきた彼女に苦笑を漏らして、ゆっくりするようにと伝える。
彼女と朽木家で朝餉を食べるのは、何だか妙な気分だった。


だが、悪くないな。
朝餉を口に運ぶ彼女を眺めながら、内心で呟く。
こうして彼女が朽木家に居れば、彼女が私よりも早く隊舎に行く必要はない。
私が彼女に会うために早く出かける必要もない。


一石二鳥。
思い浮かんだ名案に内心ほくそ笑む。
必ず彼女を手に入れて見せよう、と。
それほどまでに彼女に心惹かれている自分には呆れるほどなのだが。


・・・今日は一緒に出勤して、彼女の周りの余計な虫に手出しをさせないように牽制しておくか。
いつか彼女が、私の想いに気付く日まで。
こんな朝が、日常となる日まで。



2017.12.04
タイトル通り、咲夜さんを溺愛している白哉さん。
朝の時間を大切に思っているのは、彼も同じ。
でも白哉さんはそれだけで終わらせる気はありません。
もちろん、咲夜さんを誰かに渡す気もありません。


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