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■ 心酔 前編

「漣さんって浮竹君のこと、どう思っているの?」
家を捨てて髪を切った日から私の周りは何だか騒がしくなって。
その中で仲良くなった友人の唐突な問いに首を傾げる。
二人しかいない西日の差している教室に、沈黙が落ちた。


『・・・どう、とは?』
「例えば、好き、とか、嫌い、とか。」
『もちろん好きだぞ?』
即答すれば、何やら悪戯に輝く瞳。


「それって、異性として好きってこと?」
『ふむ・・・。それは解らないな。私の近くに居た異性は、父と十四郎くらいのものだ。十四郎の兄弟たちは、可愛い弟みたいなものだしな・・・。』
でも、と続ければ、友人は興味津々といった様子で身を乗り出してくる。


「でも?」
『十四郎は、特別ではあるな。十四郎がいなければ、私は、家を捨てるという選択をすることが出来なかったと思う。十四郎は、相手が誰であっても十四郎のままで、私みたいな面倒な奴のことさえ、気にかけてくれる。それで自分が不利な立場に置かれることになっても。』


思えば、何時だってそうだった。
家出した私を保護したのが浮竹家だっただけで、その後も関われば父が良い顔をしないことなど解り切っていたはずだ。
十四郎を始めとして、彼の両親も、きっと、私の知らないところで苦労していたのだろう。


『今なら、解る。私が十四郎にどれほど守られているのか。』
此奴にどんな事情があろうと、漣咲夜は、漣咲夜でしかないだろう。
髪を切った日から数日後。
貴族を捨てた私を見下すためにわざわざ教室までやって来た上級生たちに、十四郎はそう言い放った。


私をどう扱うか迷っていた様子の同期たちは、十四郎のその言葉で、私をただの同期として扱うことを決めたらしい。
目の前に居る友人もまたその一人で。
十四郎に続いて、貴族の品格を落とすような真似をしないでもらえるかしら、なんて毒を吐いたこの彼女は、実は上流貴族、酒造家の姫だったりするのだけれど。


『・・・だから私は、十四郎を見下す父が許せない。自分よりも格下だからと、十四郎を侮辱するなんて、許せない。そう思った時、私は、父を尊敬できなくなった。貴族の地位など無駄に大きな空箱のようなものでしかないのだと。その箱の中に何が入っているのかが重要で、箱の大きさは関係ないのだと。』


「そうね。貴族だからこそ出来ることが多いのは認めるけれど、箱の大きさ・・・外面よりも、内面が重要なのよね。大体、箱が一杯になったらより大きな箱に取り換えればいいのよ。元々持っている箱の大きさで決められるものじゃないわ。それに、これは私の勘だけれど、浮竹君は大物になるわよ。」


『私もそう思う。・・・だからかな。私は、それを見抜けなかった父に、失望したんだ。たぶんそれが、私に家を捨てさせた、一番の理由だ。そして私は、父と十四郎を天秤にかけて、十四郎を選んだ。』
その冷徹さに、己は貴族の姫だということを思い知らされたのだけれど。


「漣さんのそういう所、私は好きよ。貴女みたいな人は当主に向いているし、そういう人に当主になって欲しいと思う。けれど、漣さんは、当主なんかにはならないのでしょうね。そんな枠を飛び越えて、もっと何か、大きなものを掴む気がするわ。」
確信を持っている様子に、苦笑を漏らす。


『予言みたいだな。』
「あら、私の勘は当たるのよ?例えば、あと十秒後に、浮竹君がここに来る、とかね。」
『え?』
首を傾げる私を余所に、彼女はいち、にい、さん、と数え始めた。


「・・・八、九、十。」
彼女が数え終わると同時にガラリと開け放たれた扉。
駆けこんできたらしい十四郎は息を切らしながら、襟首を掴んでいる春水を中に引っ張り込んでから扉を閉めた。


「・・・う、うきたけ。ぼく、吐きそう・・・。」
「自業自得だ、馬鹿!学院内で酒を飲むなとあれ程言っただろう!」
「だってぇ・・・お酒は美味しいじゃないの・・・。」
「そんな酔っ払いの姿を誰かに見られたらどうするんだ、この馬鹿!」


どうやら避難してきたらしい二人の様子をぽかんと眺めていれば、十四郎がこちらに気付いたらしく、しまった、という顔をした。
そんな十四郎にくすりと笑って、友人が立ち上がる。
真っ直ぐ二人のほうへ向かったかと思えば、相変わらず困った人ね、なんて言いながら手を翳す。


「良きに計らえ、酒酔(しゅすい)。・・・酒呑。」
彼女の解号と共に強く香る酒の匂い。
春水の体から湧き上がるそれは、徐々に白蛇の形をとって、するりと彼女の腕に絡みついた。


「・・・宝具をこんなことに使っていいのか?」
呆れた顔の浮竹に、彼女はくすりと笑って、慈しむように白蛇を撫でる。
「これもまた訓練みたいなものだから。それに、美味い酒が出来るのならば、何に使おうと文句は言われないわよ。」


「流石、酒造、だな。」
「霊王に奉納するお酒を造るのが我が酒造家の使命ですからね。それに、見て。こんなに白くて綺麗な蛇になるんですもの、よっぽどいいお酒を飲んでいたんだわ。」


酒を造り、時には酔わせ、時には薬とする。
それが彼女の持つ宝具、「酒酔」の力。
彼女の腕にある水晶のような玉の腕輪がその本体で、それは酒造家の正当な後継者であるという証なのだ。


「どう?この白蛇を、その胸の中にあるモノに与えてみる?」
悪戯に聞いた彼女に、十四郎は顔を引きつらせる。
「いや、遠慮する。お前のそれは、俺の体には強すぎるからな。」
「それは残念。それじゃ、これは漣さんに呑んでもらいましょう。」


『え・・・?』
「は、お前、それは、やめろ・・・!!」
十四郎の制止も空しく、するり、と空中を這ってくる白蛇は、あっという間に私の体の中に消えて行って。
一瞬でぐらりと視界が揺れて、遠くなっていく意識の中で、十四郎が私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。



2018.01.08
後編に続きます。


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