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■ いつもと違う朝

『・・・・・・おはようございます。』
執務室に入って挨拶をするけれど、返事が返ってくることはない。
私よりも早く出勤してくる死神が居ないから、それは当然だ。
それでも毎朝の挨拶を欠かさないのは、癖のようなもの。


『さむ・・・。』
無人の隊舎は当たり前のように寒い。
冬になって朝晩が冷え込むようになったから、余計に。
ぽつりと置かれたストーブに火を入れて、温まるのを待つ。


そのストーブは、朽木隊長が用意してくれたもの。
私のために用意されたであろうそれは、冬になると大活躍だ。
もっとも、それが本当に私のために用意されたのかどうかを、直接確認したことはないけれど。


『・・・よし。やるか。』
指先が温まって来たことを感じて、給湯室に向かう。
まず、お湯を沸かす。
それから湯飲みを二つ用意して、棚を眺めた。


『今日はどれにしようかな・・・。』
棚に並んだ茶葉は、どれも高級品で。
もちろんそれは朽木隊長が隊士のためにと用意してくれたものだ。
各方面から贈り物として貰った茶葉とのことだが、一隊士では手の届かない代物である。


今日はほうじ茶かな。
棚に手を伸ばして、茶葉の入った缶を手に取る。
手に取った缶を一先ず卓の上に置いて、それから急須を用意した。
丁度お湯が沸いてきて、火を止める。


薬缶の中のお湯をまずは二つの湯飲みの中へ。
それから急須の中にもお湯をたっぷりと注ぐ。
急須のお湯は一度捨てて、茶葉を入れる。
そして、湯飲みのお湯をそこに注ぎ入れた。


ふわりと広がったほうじ茶の香りに、何だかほっとする。
蓋をして蒸らすこと数分。
頃合いかと湯飲みに注げば透き通った琥珀色が美しい。
もう一度同じようにして、二つの湯飲みを盆に乗せて運ぶ。


執務室に戻ると同時に、ガラリ、と扉が開かれた。
入って来たのは、毎日私の次にやってくる朽木隊長。
ストーブに火が入っていることを確認した隊長は、そちらに近寄って手を翳す。
そんな何気ない動きですら絵になるのは、何故なのだろうか。


『お早うございます、朽木隊長。今日も寒いですね。』
声を掛ければどことなく緩慢な動作でこちらを見るのはいつものこと。
朝の朽木隊長は、少しだけ気怠げで、ほんの少しだけ隙がある。
そんな人間らしいところに気付いたのは、いつのことだったか。


「・・・漣か。今日も早いな。たまには遅れてくれば良いものを。」
『隊長こそ、たまには定刻に来られては?そのうち体を壊しますよ。』
「それほど柔なものか。・・・それに、もう慣れた。」
諦めと呆れが混ざったような声にくすくすと笑いながら、お盆を隊長に差し出す。


『どうぞ。今日はほうじ茶です。温まりますよ。』
「あぁ。」
湯飲みを手に取った隊長は、ゆっくりとほうじ茶を口にする。
隊長の喉仏が動くのを見てお盆を机の上に置き、自分も湯飲みを手に取った。


「お前の淹れる茶はいつも美味いな。」
少しだけ緩められた瞳に思わず頬が緩む。
毎朝の早起きは、これを見るため。
この表情を見るために、私は毎朝誰よりも早く出勤して、お茶を淹れるのだ。


『ふふ。よかった。』
呟くように言って、お茶を啜る。
少しずつ、ゆっくりと。
朝のこの時間が許されるのは、お茶が飲み終わるまでの僅かな間だけだから。


「・・・漣。」
いつもは沈黙で終わるのに、今日は違うらしい。
不意に呼ばれた名前に、首を傾げる。
見れば、隊長は此方を見つめていて。


「仕事の後、何か予定はあるか。」
『いえ、特にありませんが・・・。』
「そうか。ならばそのまま空けておけ。今日は定刻で帰るぞ。」
『へ?あの、それはどういう・・・?』


「毎朝の茶の礼に、美味いものを食べさせてやる。」
それだけ言って湯飲みを置いた隊長は、執務机へと向かっていく。
もう一度隊長に問いかけようとしたその瞬間、執務室の扉が開かれた。
珍しく早くやって来たのは副隊長その人で。


・・・今日はなんだか、いつもと違う朝なのかしら。
というより、隊長からのお誘いは、本気なのだろうか。
どうやらすぐに任務に出かけるらしい二人を眺めながら、首を傾げる。
それに気付いたらしい隊長がこちらを見て、ふ、と小さく笑った気がした。


「・・・行くぞ、恋次。」
「はい、隊長!」
「漣。留守は任せる。私が戻るまで待っていろ。」
副隊長を連れて出ていく姿は、いつもの隙のない姿になっていて。


『え、あ、はい!お気をつけて・・・って、聞こえたのかな・・・。』
あっという間に遠ざかった気配に苦笑を漏らして、湯飲みを片付ける。
いつもと同じ朝。
でも、いつもと違う朝。


『今日も一日、頑張りますか。』
どうやらさっきのお誘いは本気らしい。
それならば、残業などする訳にはいかない。
残業なんかで、貴重な隊長との時間を潰すなんて勿体ない。


『よし。』
小さく気合を入れて、机に向かう。
何事もなく通常通り仕事が終わって、定刻前に帰って来た隊長と視線を交わす。
まるで共犯者にでもなったような、そんな雰囲気にくすくすと笑った。


「行くぞ。」
定刻の鐘が鳴ると同時に席を立った隊長は、そう言って執務室を出ていく。
慌ててその背中を追いかける私の姿を見た隊士たちが首を傾げていたけれど、彼らの疑問に答えていては隊長の背中を見失ってしまうだろうと考えてそのまま執務室を出た。


隊長に連れていかれたのは、まさかの朽木家で。
私を見た使用人たちが目を丸くしたような気もするけれど。
案内されて出てきた料理に手を伸ばせば、それはもう美味としか言いようがなくて。
勧められた酒もまた、甘露で。


何より、私服に着替えた隊長の姿を見られるなんて。
いつもと違う隊長の姿をちらりと見ては、それを隠すように酒を呑む。
隊長も酒が進んでいるようで、いつもより口数が増えているような。
それがまた嬉しくて、酒が進む。


泊まっていけと言われるままに、部屋を借りて、布団を借りる。
心地よい気分で眠った訳だけれど、翌日はいつもより遅く目が覚めて。
慌てる私を宥めたのは、朽木隊長で。
その間に朝餉の用意がされていて。


「私がここに居るのだから、お前が早く行く必要もなかろう。」
それもそうだとまったりと朝餉を頂いて、お風呂まで借りてしまって。
隊舎に到着したのは、定刻ぴったり。
一生分の贅沢をしたような気がすると笑えば、いつでも来いと隊長は悪戯な瞳を見せるのだった。



2017.11.27
友達以上恋人未満な二人のイメージ。
白哉さんのために毎朝一番に出勤する咲夜さん。
そして、それが嬉しい反面心配でもある白哉さん。
二人で出勤してきた姿を見た隊士たちは、何事かとざわついたことでしょうね。
それが噂となって広まることも、白哉さんは計算済みだったり。


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