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■ 遠い君F

「・・・な!?」
怜司の刃を受け止めてその瞳を真っ直ぐに見つめると、驚きに満ちた表情がそこにある。
ひゅう、と後ろで京楽が口笛を吹いた。
この数か月間、いや、この数年間、身分や何かを気にしていた自分は、いつの間にか吹っ切れている。


「浮竹、十四郎・・・。」
「やはり、俺のことを知っておられるのか。」
「知っているも何も・・・。」
「調べたのでしょう?俺のことを。いや、正確には、咲夜のことを。」


ごう、と怜司の霊圧が上がる。
どうやら己の妹を呼び捨てにされたのが気に入らないらしい。
これまで徹底的に俺と関わろうとしなかったあたり、元々俺のことが気に入らないのだろうが。
怖い怖い、なんて呟きを残して、京楽はそれとなく咲夜の隣に逃げて行った。


「・・・何故、お前が咲夜の名を呼ぶ?」
冷たい声に、その場の空気が冷えていくのが解る。
「貴方ならば、知っておられるはずだ。俺と咲夜が幼馴染であることを。」
そう答えを返せば、斬魄刀をはじき返して距離を取られた。


「仮にそうだとして、咲夜は既に漣家の姫だ。僕の大切な妹を呼び捨てにするのはどうかと思うね。」
「その大切な妹を孤立させて追い詰めているのは、一体誰だろうな?貴方の咲夜への執着は、まるで独占欲だ。上手くそれを隠しているようだが。」


「何が言いたい?」
低い、声。
周囲の者たちは顔を青褪めさせているが、挑発を止めるつもりはない。
いずれこうなることが解っていたのだから、それが今であることに疑問もない。


「咲夜が貴方の妹であることは事実だが、咲夜は貴方のものではない。そして、兄というものは妹を守りこそすれ、傷つけたりしない。これ以上咲夜を傷付けるなら、俺は手段を選ばない。」
霊圧を上げて斬りかかれば、それを受け止めた怜司の斬魄刀から火花が散った。


「何も持たない男に、何が出来る?」
反撃へと移りながらそう問うた声には、嘲りが含まれている。
「確かに、貴方の相手をするには、今の俺では何もかもが足りない。対等にやり合えるのは刀の扱いぐらいで、その他のことでは貴方に太刀打ちできない。」


「それが解っていながら、何故・・・!!」
「俺は無力だ。だが、俺には、信頼できる友が居る。頼れとおっしゃってくれる方がいる。強い師も居る。そして・・・咲夜がいる。」
目を見開いた怜司は、一瞬、咲夜を見つめる。


「咲夜・・・。」
その瞳が泣きそうに歪んだのは一瞬。
それから脱力したように霊圧が下げられて、もう相手をする気はないとばかりに、斬魄刀を鞘に納めた。


「・・・興が冷めた。僕はもう帰らせてもらうよ。僕はまだ、本気の貴方には太刀打ちできない。貴方の試しに乗るほど、愚かではない。何故貴方がこれほどまでにこの男を贔屓にするのかは知らないけれど、これは警告なのでしょう、父上?」
呟くような怜司の声に、どこからかぱちぱちと拍手が聞こえてくる。


「流石我が息子だ。ご名答だよ。」
姿を見せたのは、誠一郎殿で。
やはり居たか、と内心苦笑する。
ならばもう斬魄刀は必要ないと京楽に投げて寄越せば、友は危なげなくそれを受け取って鞘に納める。


「相変わらず、意地が悪い。」
「そうかい?父親として、お前の今後を考えて鍛えているつもりだが。」
「僕は貴方のそういう所が嫌いです。」
「この父に向かって嫌いとはね。・・・それで、咲夜はどうする?」


「・・・好きにすればいいでしょう。貴方のことだから、相手は既に決まっているのでしょう?僕と同じように。貴方の独断で。」
「随分と潔いね。それとも投げやりになっただけか?」
揶揄うような誠一郎を、怜司はじろりと睨みつけた。


「人のことを試しておいてよく言いますね。そんなに僕を次期当主から外したいのですか?」
「はは。そんなつもりはないさ。お前の力は買っているつもりだよ。お前には厳しくしている自覚もある。まぁ、甘やかしている自覚もあるけれど。」


「・・・本当に、僕は、貴方のそういう所が嫌いです。」
そう言い残して去っていった怜司を眺めていると、機嫌の良さそうな誠一郎が近づいてくる。
何となく嫌な予感がして逃げようとすると、それを見越していたらしい誠一郎に襟首を掴まれた。


「まぁ待ちなよ、十四郎。」
「・・・何でしょうか。」
「堅苦しいなぁ。私と十四郎の仲だろう?」
「元患者と元主治医という関係しか、俺は思い浮かべられませんが。」


「君は結構失礼だよね。」
「暇になると人を試して掌で転がす貴方に言われたくはありません。」
「私のお遊びに乗ったのは君だろう?」
「俺にそうしろと言ったのは貴方でしょう。」


「おやおや。未来の義父にそんなことを言っていいのかな?」
「・・・は?」
とんでもない発言に動きを止めれば、ようやく襟首から手を離される。
恐らく笑みを浮かべているであろう誠一郎を振り返れば、そこには予想通りの表情があって。


「今、何と・・・?」
「私が君の未来の義父だ、と。」
「・・・正気ですか。」
「勿論。まぁ、咲夜を十四郎に渡すのは、君が隊長になってからだがね。それまで他の男に攫われないよう、気を付けることだよ。」


「・・・・・・貴方は、本当に、意地が悪い・・・。」
言葉の意味を理解して溜め息を吐けば、楽しげな笑い声。
「この私が、簡単に可愛い娘を渡すわけがないだろう。」
明朗に言い放ったこの当主には、一生勝てる気がしない。


「さて、咲夜。こちらへ来なさい。彼らから何か話を聞いたかもしれないが、私から君に伝えるべきことも沢山ある。君が私に言いたいこともあるだろう。珍しくも今日は時間があるから、邸に帰ってゆっくり話をしよう。」


『でも・・・。』
誠一郎の言葉に、咲夜は戸惑ったように浮竹を見つめる。
「・・・行って来い。俺は誠一郎殿と違っていつでも時間が取れるからな。それに、誠一郎殿の話を聞いたうえで俺の話を聞いた方が良いだろう。」


『・・・そっか。十四郎はいつもそうやって待っていてくれるものね。』
「はは。お前を待つのはそれほど苦じゃないからな。」
『ねぇ、十四郎?』
「どうした?」


『ありがとう。大好き。』
そう弾けるような笑みで言われては、敵わない。
これまで彼女の笑みを見たことがなかった者たちがざわついているのが解る。
俺だけが知っていれば良かったのにと、少しだけ悔しくなった。


「良いから早くいけ。誠一郎殿も笑っていないで早く行ったらどうです?」
「はいはい。それでは行こうか。十四郎の機嫌を損ねる前に。」
『ふふ。はい、お父様。』
くすくすと笑いながら去っていく二人を見届けて、浮竹はその場にしゃがみ込む。


「あれは、狡いだろ・・・。」
「浮竹、耳まで赤いよ。」
「五月蠅い。放っておけ。」
「あはは。余裕がないねぇ。」


余裕なんか、あるわけがない。
京楽に揶揄われながら、浮竹は内心で呟く。
明日からのことを考えると、憂鬱でしかない。
それでも緩む口元を抑えられないのだから、自分は相当重症だと暫くそのまま顔を隠し続けるのだった。



2017.10.15
長いのに甘さがない!
ですので恐らく続編があるかと思われます。
若い浮竹さんが書きたかったんです・・・。


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