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■ 非番

『・・・い、や・・ぁ・・・。』
久しぶりの非番。
それも、天気は快晴。
そろそろ新しい着物が必要だと買い物に出かけた矢先に、聞こえてきた声。


人通りの多い通りの喧騒にかき消されてしまったその声は、空耳かとも思ったのだけれど。
何となく気になってしまうのは、職業病か、それとも性分か。
その先に面倒事が待っている気がするが、嫌がるその声を拾ってしまったからには、放っておくことも出来なくて。


・・・あぁ、やっぱり面倒事だ。
微かな声がした小路に入っていけば、その先には数人の男に囲まれた女性がいる。
せっかくの非番なのにどうしてこういう場面に遭遇してしまうのかな・・・。
盛大な溜め息を吐けば、それが耳に届いたらしい男たちがこちらを振り返る。


「あ?何見てんだよ。」
予想通りの柄の悪さに再び溜息を吐けば、男たちが気色ばんだのが解った。
「何だてめぇ・・・。」
唸るような声にびくりと震えた女性は、やめて、と小さな声を上げる。


「僕はただの通りすがりだよ。・・・それで、君たちは何をやっているのかな?」
淡々と問えば、男たちは嘲笑ともとれる笑い声をあげる。
「見て分かるだろ?お楽しみ中、ってやつだよ。何なら兄ちゃんも混ざるか?」
下卑た笑みを浮かべる男は、女性の袷に手を掛けた。


「女性一人相手に男五人とは恐れ入るね。・・・全く、君たちみたいな輩のために、貴重な非番を潰されるとは。」
僕も大概巻き込まれ体質というか、不幸体質というか。
内心で溜め息を吐きながら、男たちに近づいて、女性の袷に手をかけている男を捻り上げる。


「おい、お前、何して・・・!?」
「動かない方がいい。動くと骨が折れるよ。・・・もちろん、君たちが動いてもこの男の腕を折る。」
易々と人質になってくれた男の腕を掴みながら言えば、ひ、と小さな悲鳴が聞こえた。


「まぁ、動かなくても、捕まえるけどね。・・・縛道の一、塞。」
「な、お前、死神か・・・!?」
目を見開いて逃げ出そうとした男にも、続けて塞を放つ。
他の三人も易々と捕まえて、這縄で五人を纏めて縛り付けた。


「僕が誰かなんて、どうでもいいことだよ。」
面倒くさくなりながらも伝令神機を取り出して、電話を掛ける。
「・・・あぁ、李空かい?悪いんだけど、隊士を二、三人寄越してくれ。うち一人は女性隊士でお願いするよ。」


すぐに向かわせます、という言葉を聞いて電話を切れば、怯えた様子でこちらを伺っている女性に気付いた。
震える体を抱きしめるようにして、涙を堪えているらしい。
・・・女性を慰めるのは、あまり得意ではないのだけれども。


「・・・これから死神が数人やってくる。うち一人は女性だけれど、色々と話を聞かれることだろう。それが嫌なら、行くといい。」
そういえば彼女は震える体を動かそうとするのだけれど、無理やり動かした足がもつれて、ぐらりとその体が傾いた。


「・・・その足では、逃げることもままならないみたいだね。」
身体を支えてやればすぐに距離を取られる。
『あ、りがとう、ござい、ます。でも、私には、近づかない、ほうが・・・。』
「何故だい?」


『私の、近くに居ると、虚が・・・。』
「君は霊力があるのか。」
『はい・・・。』
「安心しなよ。霊力があるのは僕も同じだ。僕はその扱い方を知っているから、並みの虚には負けない。」


『本当、に?』
「嘘を吐く理由がない。僕がどうやって彼らを縛り付けたか君は見ていたはずだよ。」
『でも・・・。』
「本当は、一般人に鬼道を使うのは御法度なんだけどね。大目に見てくれるだろう。」


「・・・吉良副隊長!」
瞬歩でやって来たらしい三人の隊士が姿を見せて、彼女がびくりと震える。
「李空・・・。三席の君が来るほどのことじゃあないのに。」
「吉良副隊長直々のお呼び出しでしたので。」


「まぁいい。・・・彼らを頼むよ。彼女に乱暴をしようとしていたんだ。」
「そうでしたか。だから女性隊士を、と?」
「まぁね。けれど、彼女は僕が引き受けるよ。」
ちらりと彼女を見た李空だったが、すぐに男たちを連行していく。


「・・・さて、行こうか。」
『え?』
「ここに居たらまた同じような目に遭うと思うけど?」
ぽかんとした顔をした彼女にそう言えば、彼女は慌てて歩き出した僕に着いて来た。


『・・・あの・・・。』
「何だい?」
『その、副隊長、って・・・?』
おどおどとしながら問うてきた彼女小さく笑えば、後ろで首を傾げた気配がした。


「三番隊副隊長・・・というのが、僕の役職さ。」
『そんな方が、どうして・・・?』
「通りすがりだよ。君の声が聞こえなければ、僕は当初の予定通り呉服屋に行って新しい着物を調達していたことだろうね。」


『それは、その、申し訳ございません・・・。』
小さくなって謝る彼女は、叱られた子犬のようだ。
「いいさ。放っておかなかったのは、僕のほうだし。・・・でも、何があったのかは聞かないよ。僕はそれほどお人好しじゃないからね。ただ・・・。」


『ただ?』
言葉を切った僕に首を傾げた彼女の霊圧を探って、確信する。
恐らく無意識に抑えられているであろうその霊圧は、一般人で居るには大きい。
もっとも、それは死神の中に居れば目立つような霊圧ではないけれど。


「死神になるという道があるということを、君に伝えておくよ。」
『え?』
「優しいばかりじゃない仕事だから、どうするかは君が選ぶべきだけどね。・・・それじゃ、僕はもう行くよ。気を付けて帰るように。」


人目の多い場所で彼女と別れて呉服屋へと向かう。
呉服屋の暖簾をくぐってから、あることに気付いた。
・・・名前くらい聞いておけばよかったかな。
万年人手不足の護廷十三隊は、水面下で新入隊士の争奪戦が行われているのだ。


勿論三番隊も例外ではなく。
事実、人手不足を補うために猫の手も借りたい状況だ。
その上我が三番隊の隊長はサボり癖がある。
此方が日々忙殺されるくらいには。


「・・・まぁ、いいか。」
呟きを零せば店員に首を傾げられて。
何でもないと軽く笑えば珍しいものを見たような顔をされる。
良いことがあったのですか、なんて真面目に問われて苦笑するのだった。



2017.10.23
イヅルさんの貴重な非番。
何となくやさぐれているというか、投げやりというか、気怠そうというか。
でも副隊長としての責任や立場は忘れていないような。
普段は真面目なイヅルさんですが、こんな気分の日もあるのではないかと思います。


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