Short
■ 遠い君E

「流石京楽だ。一瞬で皆の注意を自分に惹きつけてしまった。・・・もっとも、お前の気を惹くことは出来なかったようだが。」
ちらり、と咲夜を見つめれば、目を丸くしてこちらを見つめているのが解る。
すぐに歪められたその瞳は、泣きそうに揺れていた。


「・・・京楽たちのほうを見ながら聞け。」
窘めるように言うと、彼女は何かに気付いたように刃を交える二人に視線を戻す。
「そう心配しなくても、京楽は上手くやるさ。勝つことも負けることもせずに、この場を切り抜けてくれる。」


『・・・・・・どう、して・・・?』
涙を堪えているかのように、彼女の声は震えている。
「・・・誠一郎殿が、な。」
『お義父さまが?』


「あの方は、自分の息子がお前に執着していることに気付いている。気付いていて、これまで傍観していた。・・・あの方はずっと見極めていたんだ。自分の息子と、お前を。漣家の将来を見つめながら。それが結果としてお前を傷つけていることも解っていた。それでも、あの方は当主として、お前たちを見ていたんだ。」


『では、何故・・・?』
「当主としての判断と、お前の義父としての心情が、一致したんだろう。これ以上お前と自分の息子を近くに置いておけば、いつか必ず弊害が出てくる、と。そして、これ以上お前の笑顔を奪いたくない、と。」


うそ、と隣から小さな呟きが聞こえてきた。
信じられないのも無理はないか、と思って、済まないことをした、と言った誠一郎の姿を思い出す。
あの謝罪の言葉を彼女に直接言うことはしないのだろう、なんて思って、内心苦笑した。


「この話を信じるかどうかはお前次第だ。・・・だが、もし、お前が今の状況をよく思っていないというのなら。それなら、俺たちは、お前に手を貸そう。」
『俺、たち?』
「はは。あそこで戦っている京楽も、共犯者だからなぁ。」


『・・・お義父さまが、京楽春水にも、同じ話を?』
「まぁな。今日、先生に一番隊に呼び出されてな。何事かと二人で出かけて行ったら、そこに誠一郎殿も居た。それで、お前と怜司殿を引き離せ、といったような命令をくださった。そのためなら協力も惜しまない、という言質も取って来た。」


『どうして・・・?』
「そんなの、お前が一番良く解っているだろう。あの方は確かに辣腕の当主だが、情の深い方だ。貴賤を問わず、耳を傾けてくださる。そういう方だ。だからお前は、養子の話を断らなかったんだろう?」


その問いに、彼女の頷きはない。
けれど、大きく揺れた瞳が、その問いを肯定していた。
そして恐らく、彼女にその選択をさせた理由の一つが、俺なのだ。


決して裕福ではない家に生まれた俺が、これまでに一度も薬を絶やさずにいられたのは、きっと、彼女のお陰だ。
もちろん、俺の主治医であった誠一郎殿は、彼女が養子にならずとも、俺への薬は絶やさなかっただろうが。


「・・・俺はな、咲夜。守られるばかりでいられるような性分じゃないんだ。守られるよりは守りたい。大切なものならば、余計にな。」
『それで、十四郎が傷付くことになっても?』
「もちろん。」


『・・・ふ、馬鹿だなぁ、十四郎は。』
ふにゃりと笑ったであろう彼女をちらりと見て、浮竹はどぎまぎとする。
その笑みは、昔と同じはずなのに、どこか違っていて。
十四郎、と呼んだその声も、同じはずなのに違っている。


『いつもそうやって真っ直ぐで、前に進んでいく。自分が傷付くことは厭わないくせに、他人が傷付くと自分のことのように胸を痛める。私は、そんな十四郎だから、守りたかった。・・・私だって、守られるばかりでいられる性分じゃない。でも、私一人では出来ないことばかりだから、協力して。十四郎が味方なら、何だって出来る気がするから。』


凛としたその横顔は、貴族の姫として育てられたから身に付いたものではない。
それは彼女が生来持っている強さで、俺は、その強さに惹きつけられたのだ。
好きだ、と思う。
手に入れたい、とも。


すぐにでも彼女に手を伸ばしてしまいそうな自分を制して、京楽に視線を送る。
視線に気づいた京楽は、にやり、と人の悪い笑みを浮かべた。
つられて同じような顔をしているだろう自分に内心苦笑しながらも、交代だ、と合図をすれば、手を緩めた京楽の斬魄刀が弾かれて、こちらに向かって飛んでくる。


京楽の斬魄刀の柄を掴むのと、怜司が無防備になった京楽に刃を振り上げるのが同時。
怜司が容赦なく刃を振り下ろそうとする前に、地面を蹴る。
反応できない振りをして動こうとしない京楽の神経の太さと自分への信頼に内心苦笑しながら、怜司と京楽の間に入って刃を受け止めた。



2017.10.15
Fに続きます。


[ prev / next ]
top
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -