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■ 戦禍の傷


『・・・一体これはいつまで続くのですか・・・。』
力ない呟きと共に隊主室へと足を踏み入れたのは、漣咲夜。
現在、六番隊の第三席を任せている女だ。
朽木家に通じる貴族の娘なのだが、滅却師来襲の折に人手が足りなくなった護廷隊へ無理を言って入隊させたのだった。


『ソファをお借りします。』
私が返事をする前にソファに倒れ込んで、結んでいた髪を解く。
あの戦いから数週間。
彼女の消耗は激しい。


「・・・今日は。」
『新たな生存者を数名確認。霊圧消失を確認した死神は131名。他、貴族の当主12名。貴族の子弟140名。・・・これで、六番隊の隊士の半数以上が殉職していることが確認されました。』


瓦礫の中から微かな霊圧を読み取って、死を確認する。
現世との魂魄総量の調整のため、瀞霊廷の魂魄量を調査せよと命を下したのは四十六室だった。
重要な仕事ではあるが、調査に当たっている者たちは毎日死を見せつけられる。


「そうか。ご苦労だった。今日はよく休め。」
『ありがとう、ございます。』
震える声は、彼女が涙している証拠。
彼女は仕事中は決して涙を見せないが、こうして休息の時間に死者を悼む。


『・・・戦いとは、これほどまでに惨いものですか。白哉様は、これまで、ずっと、このような戦いの中を歩んでこられたのですか。何故、滅却師たちは、何の罪もない者たちをあのように・・・。彼らならば、初めから霊王宮だけを狙うことだって、造作もなかったでしょうに。』


やはりお前は、そのように考えるのか・・・。
まるで霊王が死んでも構わないような口ぶりに、内心苦笑する。
確かに、全ての始まりは霊王という存在があったこと。
だがしかし、その存在がなければ、私たちが今居る世界は存在しない。


「お前は、霊王よりも民や隊士が大切か。」
『・・・はい。霊王の存在理由については重々理解しているつもりです。でも、私は、霊王の姿を見たことも、声を聴いたこともありません。私は、目と目を合わせ、声を聴き、温もりに触れられる者たちを選びます。彼らのために戦います。』


「不敬だな。」
『ならば、白哉様は、何のために戦ったのですか。』
「そうだな・・・。」
彼女の問いの答えを考えながら、彼女の傍に近寄る。


「例えば、このように涙を流すお前を見たくない。例えば、こうして涙を拭いたい。例えば、震える体を抱きしめてやりたい。例えば・・・。」
言葉と同じことを彼女にしてやれば、彼女は私の胸元に縋りつく。
彼女の瞳から零れ落ちる涙が、死覇装に染み込んでいくのが解った。


「例えば、この温もりを手放したくない。・・・どれも、世界からすれば些細なことだ。だが、このように些細なことを手に入れるためには、時には刃を手に取り、誰かや何かを傷つけねばならぬ。己の心を捨てねばならぬ。何かを手に入れるためには、戦わねばならぬ。そういう世界なのだ。我らの世界とは。」


『では、あの戦いは、必要な戦いであったと?』
「・・・解らぬ。あの戦いが本当に必要な戦いだったのか、それによって生まれた犠牲が本当に必要だったのか。必要だったとして、それで我らが手に入れたものとは何なのか。ただ一つ、確かなのは、私は生き残ったということ。」


『生き残った・・・?』
「あぁ。私たちは生きている。ならば、生きねばなるまい。死者に心を蝕まれるな。戦いへの恐怖に呑まれるな。死んでいった者たちが、我らにそれを望むと思うか、咲夜。我らがここで立ち止まって、彼の者たちが我らを許すと思うか。」


私とて、部下を無くせば心が痛む。
部下だけでなく、失った友もある。
朽木邸とて、被害があった。
ならば、私が、成すべきは、彼らの願いを、思いを、繋ぐことではないのか。


誰もが、心残りがあっただろう。
痛みもあっただろう。
絶望すら感じただろう。
死にたくないと、願っただろう。


「・・・お前には、辛い役目を負わせている。瀞霊廷の復興には、幾年もの時間を要するだろう。復興したとしても、その先にあるのは戦いだ。死神とは、常に戦いの中で生きているのだから。だが私は、それを絶望だとは思わぬ。我らは、その中に一筋の光を見出すことが出来る。そうだろう、咲夜。」


『はい・・・。私たちが、心を折れば、それは、犠牲になった者たちの思いを捨てるということ。あの戦いが必要かどうかは解らないけれど、私たちは、彼らに未来を託されたのだと、仰るのですね・・・?』
「あぁ。」


『では、泣いている暇など、ありませんね・・・。』
「何を言っている。泣きたければ泣け。私が受け止めてやる。」
『そういうことでしたら、遠慮なく・・・。もう少しだけ、私が眠るまででいいので、このまま・・・。』


暫くの無言の後に眠りについた咲夜を抱えて、自分も暫しの休息をとることにする。
あの戦いの間、私は、多くの者の顔を思い浮かべた。
祖父や父、ルキア、緋真。
恋次や多くの部下たち。
同僚や、友人たち。


滅却師に敗れ、黒崎一護に望みを託した時、最後に思い浮かべたのは、咲夜だった。
お気をつけて。
あの日、早朝から朽木邸に顔を出していたらしい彼女の、心配そうな、不安げな顔。
帰らねば、となぜかそう思った。


あの朝の彼女の声が、ずっと聞こえていた。
零番隊で回復している間も、戦っている間も、帰らねば、という思いが消えなかった。
全てが終わって瀞霊廷に戻れば、私を出迎えた彼女は音もなく涙を流した。
その涙に胸を打たれると同時に、愛しさが込み上げたのを覚えている。


「済まぬ、咲夜。私はお前から力を与えられているが、私はお前を苦しめてばかりだ。だが、一個人としての私がお前を苦しみから遠ざけたいと思っていても、隊長として、当主としての私が、それを許さぬ。お前はそれほどまでに、私と深く関わってしまっているのだ。許せ・・・。」


この温もりを守れるならば。
彼女の涙を止められるならば。
彼女が私の傍に居るならば。
ならば私は、力を尽くそう。


いつか、瀞霊廷が完全に復興したら。
そうしたら、この想いを告げよう。
本当は、お前の元に帰りたかったから戦ったのだと。
そんな誓いを立てて、白哉は休息のために、咲夜を抱えたまま眠ることにしたのだった。



2017.09.18
原作完結後の話でした。
色々な思いを抱えていても、自分の立場が心の内を明らかにすることを許さない。
死神たち、特に、隊長たちにとっての復興までの十年間は、そういう時間だったのではないでしょうか。
ただ、それぞれにその心の支えになる存在が居たのではないかな、と。
管理人の勝手な想像ですが。
久しぶりの更新なのに内容が暗くてすみません・・・。


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