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■ 遠い君A

「春水殿のほうから挨拶をさせるなんて流石我が妹だよ、咲夜。」
京楽春水との挨拶を終えると、そんな声が飛んできた。
どうやらわざわざ顔を見に来たらしい。
一見すると穏やかな美丈夫だが、その瞳に映る嘲りに内心で溜め息を吐く。


『怜司お兄様・・・。』
漣怜司。
上流貴族漣家の嫡男であり、咲夜の兄である男。
もちろん、養子である咲夜とは血の繋がりはない。


あれが六回生の主席、漣怜司か・・・。
突然現れた男が何者であるかを悟った同期たちの視線が、一斉にこちらに向けられるのが解る。
この人は、霊術院でも、私を自由にはしてくださらないのか。


「今朝ぶり、と言った方がいいかな。まぁでも、あとで僕のクラスに顔を見せに来なさい。皆が君を紹介しろと五月蠅くてね。」
『畏まりました。ご挨拶に伺います。』
「相変わらず僕には打ち解けてくれないなぁ。兄としては悲しいよ。」
『己の分を弁えているだけです。』


「どうしてそんなに卑屈なのかな。僕は、父上が拾ってきた養子だからといって、邪険にするつもりはないのに。それに・・・君はこんなにも美しい。」
言いながら伸びてきた手が、慈しむように頬を撫でる。
体温の低いその手に、身体の中を冷たい風が通り抜けたような感じがした。


いつものことだ。
兄は、いつもこうして、私の首を徐々に絞めていく。
この教室にわざわざ出向いたのは、私が養子であることをクラスの皆に知らせるため。
そして、周囲から絶対的な信頼を得ている自分を私が受け入れていないことを教えることで、私に対する小さな反感を植え付けるため。


「妹にしておくのが勿体ないくらいだよ。本当に。」
笑みを見せた兄の唇が額に降りてきて、逃げそうになる体を必死に抑える。
この姿を見ている者の中に十四郎が居ることに、泣きたくなった。
見なくても解る十四郎の視線が、痛かった。


『お兄様。人前ですよ。』
「人前でなければ許してくれるのかな?」
『お兄様・・・。』
「なんてね。そんなに困った顔をしないでくれよ。冗談さ。」


それじゃあまた後で、なんて言って去っていく兄は、皆の注目を集めるに相応しい気配を纏っていて。
それだけでなく、貴族として、死神としての実力も申し分ない人で。
勿論それは、鼠で遊ぶ猫のように私を苛めることがなければ、という条件付きなのだけれど。


そこまで考えて、耳に入ってきた言葉に内心で苦笑する。
傍から見れば兄のお気に入りである私を、養子だからといって邪険にしてもいいのだろうか、と貴族出身の同期たちがひそひそと囁き合っているのだ。
仲良くしておけば、あの漣家次期当主とお近づきになれるかもしれない、と。


「・・・あの人がそんなに単純な男だとは、思えないけどなぁ。」
不意に聞こえて来た声に、思ったことを口に出してしまったかとはっとする。
しかし、聞こえた声は、懐かしい声で。
記憶の中の声よりは、低くなっている気もしたけれど。


「あはは。ご名答だよ、浮竹。僕は昔から彼のことを知っているけれど、単純とはかけ離れたところに居る人だよ。複雑が一周して単純に見えるだけでね。」
「いずれにしろ、お前とは気が合わなさそうだな。」
「得意な相手でないことは確かだよ。」


対等に話す二人の間には、他の者が入り込む隙がないような、そんな気配が漂っている。
京楽家の次男坊とはいえ、上流貴族と対等に意見を交わす十四郎。
女性に目がないという噂だが、確かな実力と観察力を兼ね備えている京楽春水。
二人の間には強固な絆がある気がした。


・・・十四郎が遠いなぁ。
数年前までは、隣に居るのが当たり前だったのに。
何だか悔しくて、涙が出そうになる。
漣家の養子になることを選んだのは、私自身なのに。


「お前がそういうことを言うなんて珍しいな。」
「そうかい?僕は結構正直者だよ?」
「嘘を吐くなよ。・・・ほら、前を向け。そろそろ先生が来るぞ。」
「あぁ、本当だ。山じいったら、やる気が霊圧に出ちゃってるよねぇ。」


先生に聞こえるぞ、なんて言って笑う十四郎は、昔と変わらない。
変わってしまったのだとすれば、それは、私のほうだ。
貴族の姫として教育されて、本音を隠すことにも慣れてしまった。
それに、曲がりなりにも上流貴族の姫である私が十四郎に近づけば、十四郎に迷惑がかかることは明白だった。


・・・なるべく近づかないようにしよう。
十四郎のために。
そして、今にも昔に戻ってしまいそうな、自分のために。
でもやっぱり、離れてもずっと大切に思っている十四郎のために、と思っている自分に気付いて、内心苦笑するのだった。



2017.10.15
Bに続きます。


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