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■ 遠い君@

『ねぇ、十四郎。私、明日から漣咲夜になるの。漣家のご当主様がね、私を養子にしてくださるんだって。だから、だからね、もう、ここには来られないの。ごめんね、十四郎。・・・さよなら。』
そう言って泣きながら去っていく幼馴染の姿を、俺は呆然と見送るしか出来なかった。


「・・・またこの夢、か。」
目を覚ました浮竹は、小さく呟く。
一体、俺は何度あの日の夢を見るのか。
この夢を見るたびに彼女を思い出してしまって、胸が小さく疼く。


「起きるか・・・。」
溜め息を吐いて布団から起き上がる。
目に入って来た真新しい制服を見て、浮竹は心を引き締めた。
あの幼馴染との別れから数年。
彼は今日から霊術院の生徒となるのだった。


「・・・やぁ、浮竹。顔の良い男は何を着ても似合っていいねぇ。」
教室に足を踏み入れれば、珍しく早く到着していたらしい友が声を掛けてくる。
「京楽。早いな、お前にしては。」
いつものように言葉を返せば、ざわり、と周りが騒めいた。


京楽家の次男坊に対して、あんな口の利き方をするとは・・・。
あの白い男は一体何者だ?
浮竹という苗字は聞いたことがないぞ。
いや、確か、首席で合格したっていう奴が、浮竹とか言わなかったか・・・?


「・・・なるほど。どこも同じだな。」
周りのそんな反応に、浮竹は苦笑する。
「まぁね。でも、同じだからこそ、これまでと同じようにすればいいんじゃないかな。少なくとも僕は同じのほうが助かるしね。」


「お前のそういう所、嫌いじゃないぞ。」
「僕も、浮竹のそういう所、嫌いじゃないよ。むしろ、好ましいね。」
「それは光栄だな。京楽家の次男坊殿。」
「やめてよ。僕がそういうの嫌いなの、浮竹は良く知ってるじゃない。」


まぁ座りなよ、なんて勧められたのは京楽の前の席。
窓際の後ろから二番目。
自分を盾にして京楽が居眠りをするつもりなのは目に見えていたが、いつものことだと諦めて大人しく席に着く。
京楽と適当に話していると、続々とやってくる同期たちの中に見覚えのある姿を見つけて目を瞠った。


「おや、漣家の姫君まで同期とは、嬉しいねぇ。眼福だよ。」
呑気な友の言葉は、右から左へと流れていく。
見つめていると、ふいに彼女がこちらに視線を向けて。
一瞬だけ交わった視線は、すぐに外されてしまう。


これが、今の俺と彼女との距離。
もう自分たちは、ただの幼馴染にはなれないのだと、言われた気がした。
彼女の瞳が泣きそうに歪んだのが、その証拠だった。
だから、京楽にすら話していない幼馴染の存在を隠し通すことに決めた。
これがお互いのためになるのだと、自分自身に言い聞かせて。


「・・・行かなくていいのか、京楽?お互い上流貴族なんだから挨拶ぐらいするんだろ?」
「まぁ、そうだね。それじゃあ、行ってこようかな。浮竹も行くかい?」
「遠慮するよ。敵を増やすのは御免だ。」


やぁ、何て簡単に彼女に声を掛ける京楽を見て、何とも言えない気持ちになる。
京楽はこれ以上ない友で、身分の差など気にしない奴だ。
それでも、俺と京楽の間には見えない壁がある。
周囲の者たちが作り上げた、見えない壁が。


・・・情けない。
自分が傍に行けない代わりに、京楽を差し向けたのに。
それは、俺自身の選択だったのに。
彼女に気安く声を掛けて談笑が出来る京楽に、嫉妬している。


自分の心に嫌でも気付かされる。
夢に見るほど、彼女を欲しているのだと。
本当は今すぐにでも駆け寄りたい。
あの泣きそうな瞳に、泣いていいと、声を掛けてやりたい。


「・・・無力だな。昔も、今も。」
だが、無力なままでいるつもりはない。
だからこそ、元柳斎の元で学ぶことを決意したのだ。
家の事情ということもあるが、彼らと対等でいられるように。
いつかまた、彼女と笑い合える日が来るように。



2017.10.15
Aに続きます。


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