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■ 覚悟

「・・・私は、友に手を掛けたことがある。無論、後悔などしていない。それが私の役目であり、それを望んだのは、その友自身だったからだ。我ら死神が刃を向けるのは、虚だけではない。時には、大切な者に刃を向けなければならぬ。己の身を切り捨てることもある。お前たちにその覚悟があるか。」


しん、と静まり返った講堂。
耳が痛いほどの静寂。
そんな講堂内を見渡して、白哉は目を伏せる。
やはり院生相手にする話ではなかったやもしれぬ、と。


霊術院から講演の依頼があったのは、数日前のこと。
その時に隣に咲夜が居て話を聞きたいと強請られては、断り切れなかった。
・・・兄の話をしてくれとまで言われて、断れるはずもない。
こんな話をしたところで、一体どれほどの院生が私の言葉を受け止めるというのか。


・・・それでも、最終的に話すと決めたのは私自身だ。
これほど大勢の前で心の内を見せるというのは、好ましいことではない。
だが、聞いてほしいと思ったのも、また事実なのだ。
死神を目指す彼らにとって必要なのは、覚悟だ。
それは間違いない。


沈黙の中で、す、と立ち上がった生徒がいた。
その手には斬魄刀が握られている。
すらり、と鞘を払ったその生徒は、まっすぐに私に向かって歩いてくる。
それを見た白哉は、彼女が自分をこの場へ引っ張り出した理由を理解した。


壇上にやってきた彼女は、刃の切っ先を私に向ける。
湧き上がる感情を抑えているような、そんな顔で。
彼女を止めようと駆け出してくる教師たちを制して、彼女と対峙する。
彼女に刃を向けられるのは、不思議な感覚だった。


「・・・そのまま私を斬ってみろ、漣咲夜。」
声を掛ければ、彼女は苦し気に眉を寄せる。
何かに耐えるように。
溢れだしそうな涙を、堪えるように。


「・・・斬れぬか。お前の兄を手にかけたこの私を。」
私の言葉にざわ、と講堂がどよめく。
ぎゅ、と彼女が柄を握りしめたのが分かる。
ゆっくりと瞬きをした彼女は、次の瞬間、刃を私に突き立てようと、駆け出した。


ど、と鈍い音がして、彼女の刃の切っ先が私の胸に届く。
続いてぴし、と刃に罅が入る音がして、ぱき、と軽い音を立てて彼女の刃が折れた。
私の纏う霊圧に、彼女の刃が耐えられなかったのだ。
彼女の刃は私の心臓の真上を目指していたが、その刃は死覇装を斬ることすらできなかった。


『こんなに・・・。』
かしゃん、と音を立てて彼女の手から斬魄刀が滑り落ちる。
震える全身をどうにかしようと、彼女は自分の肩を抱いた。
その瞳からは、はらはらと涙が零れ落ちる。


『これほど、まで、痛みを伴うとは・・・白哉様は、一体、どれほど痛かったの?』
霊術院では見せない彼女の本当の顔に、院生たちが目を丸くするのが分かった。
公私混同をするなと、私に言ったのは彼女のほうだったと思ったが。
これでは、私と彼女との関係を皆に教えているようなものではないか。
内心で苦笑して、白哉は彼女に手を伸ばす。


「今は、朽木隊長、だろう、咲夜。」
『話を逸らさないで!それに、それをいうなら私のことだって、漣って呼ぶべきでしょう!』
泣きながら言われては、苦笑するしかない。


「あまり泣いてくれるな。困る。」
『また話を逸らした!私は、白哉様がどれくらい痛かったのかを聞いているのに!』
「痛みなど、とうの昔に消え失せた。」
お前が再び私に笑みを向けるようになったから、という言葉を付け足すのはこの場では控えるが。


『嘘だぁ!』
「本当だ。・・・それより、良いのか。」
『良いのかって、何が・・・?』
「皆、今のお前の姿を見て、唖然としているようだが?」


『・・・・・・良くない!!びゃ、白哉様のせいだ!』
「壇上に出てきて私に刃を向けたのはお前だ。」
『それはいいの!問題なのはその後!どうしてさっさと私を連れ出してくれないの!?私、こう見えて霊術院では優等生なのに!せっかく自力で主席になったのに、白哉様との繋がりがこんなに分かりやすくなったら意味ないじゃない!』


「・・・素を晒しているのは、お前のせいだと思うが。私に刃を向けて泣き出したかと思えば、普段通りに私を呼んだのだぞ。」
『そ、それは、そうだけど・・・でも、だって、白哉様に、覚悟を示したかったんだもの。私は、死神になりたいし、少しでも、白哉様の役に立ちたいから・・・。』


いつの間にか涙を止めている彼女は、唇を尖らせる。
幼いころから変わらないその表情に思わず笑いそうになった。
そんな私に気付いた彼女は、恨めし気に私を見上げてくるのだが。
それすらも愛しくて彼女を抱き上げれば、どこからか悲鳴が沸き起こる。


「莫迦者。お前はすでに私の役に立っているだろう。」
『え?』
「・・・礼を言う。お前の覚悟、しかと受け取った。」
折れた斬魄刀を拾いながら彼女にだけ聞こえるように呟けば、目を丸くした彼女は、弾けるような眩しい笑みを浮かべて、抱き着いてきた。


『・・・大好き。』
「知っている。」
『ふふ。でも、一振りで斬魄刀を折られてしまうようではだめね。もっと強くならなくちゃ。もちろん、稽古をつけてくださいますよね、朽木隊長?』


「随分と生意気な院生だな。」
『でも、お嫌いじゃないでしょう?』
勝ち誇った彼女の様子に、白旗を上げる。
咲夜だから許すのだ、と耳元で囁けば、彼女は声を上げて笑った。


「さて、帰るか。・・・本日の講義はここまでだ。どうやら私は、この後このお転婆娘に稽古をつけねばならぬようだからな。」
『お転婆とは失礼な!』
腕の中で暴れだす咲夜を宥めながら、出口に向かって歩き出す。


「・・・そうだ。言い忘れたことがあった。」
『言い忘れたこと?』
「・・・覚悟を示せば、心動かされる者がいる。それが世界を動かすこともあるのだと、心得ておくことだ。それが良いほうに動くか、悪いほうに動くかは、その心次第だがな。」


そう言い残して去っていくその背中を、院生たちはまじまじと見つめる。
あれが隊長の背中なのだ、と。
もちろん、その腕の中にいる少女の存在が気にならないわけではなかったが、それすらも、羨望のまなざしを集めるには十分で。


・・・いや、それこそが、朽木白哉という男の覚悟なのだ。
その手に握りしめられるもの、その腕で抱えられるもの、その背に背負うことが出来るもの。
その全てを守り抜くという覚悟が、院生たちには見えたのだった。



2017.08.28
公衆の面前でイチャイチャ・・・。
なぜこんな話になってしまったのだろうか・・・。
自分でもよくわかりませんが、とりあえず、咲夜さんは、白哉さんと同じだけの痛みを背負う覚悟があることを、伝えたかったのです。
まだまだ文章力と語彙力が足りませんね。
精進します。


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