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■ 奇縁

『・・・また会ったな。それ以上近寄るなよ、十四郎。』
その言葉の後には決まって、ふう、と煙を吐く唇。
毎回その煙に咳き込む自分を見て笑う女。
それは、恒例の挨拶のようなもの。


美しい煙管。
彼女の横に置かれている煙草盆。
黒塗りのそれに描かれているのは、鬼灯。
死覇装の上に羽織っているのは、死覇装以上に深い黒の羽織。
その背に刻まれている紋もまた鬼灯。


「当たり前だ。これ以上近寄れば、俺はまた寝込まなければならなくなる。」
彼女の風上に距離を取って腰を下ろせば、彼女は満足そうに頷いた。
『学習したじゃないか。あの死にかけの坊やが、よくここまで成長したもんだ。』
揶揄うような彼女をじろりと睨めば、愉快そうに細められる瞳。


年齢不詳。
本名不明。
正体不明。
瀞霊廷を歩いていると、煙草片手に姿を見せる神出鬼没な麗人。


彼女について解っていることと言えば、二つしかない。
一つは、悪魔のような美貌を保っているこの女が、自分よりも遥かに長く生きているらしいということ。
もう一つは、俺以外の者の前に姿を見せることはないらしいということ。


『そう睨むな。私を楽しませるだけだぞ。』
ぷかり、と煙をくゆらせながら、彼女は笑う。
その美しい微笑みはまるで絵画のようで、浮竹は自分が夢の中に居るのではないかと錯覚しそうになる。


そりゃあ本当に、浮竹の夢なんじゃないのかい?
昔、京楽に彼女のことを話した時に言われた言葉だ。
その時彼女と出会ったのは京楽邸の敷地内だったから、京楽に話してみたのだが、そんな使用人も、客人も居ないと言われてしまったのだ。


出会ってから数百年。
幼い頃から時折俺の前に現れる不思議な女。
こうして唐突に始まる彼女との逢瀬は、一体何度目だろうか。
夢のようだと感じる半面、これだけ顔を合わせて置いて夢であるはずがないと、浮竹は思い始めていた。


『また、私が何者か考えているだろう。』
全てを見通すような瞳は、楽しげだ。
「・・・いい加減、名前くらい教えてくれないか。名がなくては呼び辛い。」
『ふふん。君が名付けたじゃないか。「鬼灯」と。』


「それは仮の名だろう。本当の名が別にあるはずだ。」
『まぁね。でも、今のところ、鬼灯、という名が一番気に入っている。だから、私は鬼灯でいい。』
「そうやってまた煙に巻くつもりか?」


『私は本当のことしか言っていないよ。・・・まぁ、私と君が顔を合わせているのは、夢などではないから安心していい。君と違って、京楽の小僧は此方には縁がないのだ。』
「縁?俺と鬼灯が顔を合わせているのは、縁があるからなのか?」
首を傾げれば、彼女は何かを考えるように煙管を口に運ぶ。


『・・・うーん・・・まぁ、そういうことだな。』
返って来た曖昧な答えに不満げな視線を向ければ、彼女は苦笑を浮かべる。
『君には立ち入れぬ事情もある。私とて、全てを口にできればどんなに楽か。・・・だが、そうだな。まだ先になるだろうが、いずれ、君は私が何者であるか悟るだろう。』


「・・・はぁ。今日も鬼灯に関する収穫はなしか。これだけ本人と会っているのに。」
『ま、気長にいこうじゃないか。・・・あぁ、そういえば、隊長になったそうだな。白い羽織が良く似合うな、君は。』
目を細めた彼女は、時折こうして子を見守る母親のような瞳をする。


「・・・・・・やっぱり煙に巻こうとしているだろう。」
何だか悔しくて唇を尖らせれば、ふふん、と彼女は笑った。
『では、一つだけヒントをやろう。君と私が今居る場所は、瀞霊廷であって、瀞霊廷ではない。まさに、煙のような場所なのさ。』


ふぅ、と此方を向いた彼女が煙を吐き出すと、その煙が目に入って、目を瞑る。
一瞬の後目を開ければ、煙の向こうに彼女の姿はなく。
文字通り煙に巻かれたと気付いて、盛大に溜息を吐いた。
鹿威しの音が響いてきて、隊主会のために一番隊舎に向かっていたことを思い出す。


「・・・ん?鬼灯と話している間に、鹿威しの音なんかしたか・・・?」
首を傾げていると、後ろから京楽がやって来て、面倒だねぇ、なんて呑気な呟きをするものだから、それを窘める。
そうしているうちに疑問は頭の隅に追いやられてしまった。


『・・・困った子だねぇ。せっかく私がヒントをあげたのに。全く、いつになったら気付くのやら。私が瀞霊廷に降りているのではなく、君が狭間を通り抜けて、私の元にやって来ているということに。』
くすくすと笑っていると、侍従が声を掛けてくる。


「霊王様がお呼びです。」
『さて、私はひと眠りするかな。』
「へ?あの、咲夜様・・・?」
『あぁ、そうそう。霊王様の腕は、今日も無事に宿主に取り付いていたから、安心しろと伝えておけ。』


「しかし・・・。」
『気が向いたら御前に姿を見せるから、そんな顔をするな。それとも、霊王の医師である私の言うことが、信じられないのかい?』
「そういうわけでは・・・。」


『生真面目だなぁ、君は。霊王様は君を使って私を呼ぶくせに、私が姿を見せないことまで視えているんだよ。だから、君は適当に私を呼んでおけばいいのさ。』
「はぁ・・・?そういうものなのですか・・・?」
首を傾げた侍従に笑って、咲夜は己の部屋の中に姿を消すのだった。



2017.07.30
浮竹さんと霊王の医師。
こうして霊王の腕をその身に宿す浮竹さんの様子を、定期的に診察しているのでしょう。
幼いころから、ずっと。
彼女が煙草を吸うのは、煙を使って、浮竹さんとの距離感を間違えないようにするためだったりします。


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