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■ 勿忘草D

白哉様の心の叫びを聞いた瞬間に、熱で霞がかかっていた思考がはっきりとする。
握られた手の温もりと、顔に落ちてくる涙。
苦し気な白哉様の声。
歪められた表情。


『夢、じゃ、ない・・・?』
ぽつりと呟くと、白哉様ははっとしたように私を見る。
握られた手が解かれそうになって、慌てて手に力を込めた。
白哉様、と名を呼べば、握りしめた手が微かに震える。


『どうして、私を、朽木家に?』
「・・・倒れたお前を見たら、体が勝手に動いた。気が付いたら、お前をここに連れて来ていた。」
泣き顔を見られたくないのか、白哉様は顔を逸らしながら答える。


『・・・・・・ごめんなさい、白哉様。全部、全部ごめんなさい。貴方を泣かせて、ごめんなさい・・・。貴方が涙を流すなんて、余程お辛かったのでしょう・・・?』
白哉様の心を想うと涙が流れた。
一体どれほど彼の心を痛め付けたことか。


「私のことなど、後回しで良い。お前の方が、辛かろう。」
『・・・それはもう、辛かった。でも、でもね、白哉様。私が辛いのは、兄様が居なくなったからという理由だけではないの。勿論それは辛かったけれど、一番、辛かったのは・・・。』


白哉様が、あまりにも遠くなってしまったことが、何より辛かった。
大好きな貴方が苦しんでいるのに、何も出来ない自分がもどかしかった。
真実を知って、白哉様に謝ろうと思った時、兄が居なければ私は近づくことすら出来ないのだと、白哉様は違う世界の人なのだと、思い知らされた。


『・・・白哉様を一番傷付けた私が、そんなことを言えるわけがない、か。』
白哉様への想いを断ち切ろうと、ずっと自分の心を無視していたはずなのに、白哉様の噂を聞くたび、姿を見かけるたびに、私の心が白哉様を求めていた。
今日だって、入学式に白哉様が姿を見せたことに、私は期待したのだ。
私の姿を見に来てくれたのかもしれない、なんて。


『ごめんなさい、白哉様。ごめんなさい・・・。』
涙を流すなんて、そんな資格はないのに、溢れ出る涙は、止まることを知らない。
白哉様のお顔をこんなに近くで見ることが出来るなんて。
白哉様の温もりを感じることが出来るなんて。


そんなこと、もう二度とないと思っていたのに。
そう思っていたはずなのに、白哉様が手を伸ばせば届く距離に居ることに、幸せを感じている・・・。
白哉様は、私を選んだりしないのに。


「・・・謝るべきは、私のほうだ。私は、ずっと、お前から逃げていた。お前に憎しみを向けられるのが、恐ろしかった。・・・お前には、解らぬだろうな。傷ついたお前を見ているだけで、お前の涙を拭うことも、お前の震える体に触れることも出来ぬ。それが、私にとってどれほど惨いことか。姿を見るだけで動きそうになる体を、何度止めたことか。」


『それなのに、どうして、今日は私を助けてくれたの・・・?』
そんなことを聞いたら、期待してしまう。
兄様が居た頃のような距離感で、白哉様と関われるのではないかと。
もう一度、白哉様と笑い合うことが出来るのではないかと。


「目の前で倒れたお前を、放ってなど置けるものか。私はお前を託されたのだ。そして、何より、私自身が、お前を・・・咲夜を、愛しているのだ。お前に恨まれていると解っていても、その想いを捨てることが出来なかったのだ。お前の姿を見るたびに、声を聴くたびに、お前への想いが膨らんでいくのだ・・・。」


・・・なぁ、咲夜。
お前の夢はなんだ?
不意に、兄様の声が聞こえてきた。
前に、兄様が、一度だけ私に問うたのだ。


あの問いの意味を、今更理解するなんて。
きっと、兄様は、あの時、知っていたのだ。
私と白哉様が、互いに想い合っていることを。
その想いを、互いに隠そうとしていたことも。


『・・・私の、夢はね、大切な人の隣に立つこと。その人の隣に立って、堂々と、その人が好きだと言えること。それくらい、自分に自信を持つことが出来るように、知識を深めて、教養を身に着けて、死神になること。死神になって、その人の背中に追いつくこと。たくさんのものを背負っているその背中を支えて、時には、その人の弱さを受け止める。そういう人になること。』


・・・でも、それは夢なんかじゃなかった。
だって、白哉様はずっと、私と兄様の隣に居てくださったもの。
地位も身分も関係なく、私たちを受け入れてくれていた。
そして、こうして、弱さを私に見せてくれる。


『ずっと、夢だと思っていたけれど、違った。私が遠ざけていただけだったの。白哉様が私の隣に居てくれようとしてくれたのに、私は逃げてばかりだった。ごめんなさい、白哉様。本当は、ずっと・・・白哉様が、大好きだったの。それでたぶん、これからもずっと、白哉様が大好きなの。』


「お前は、私を許すのか。」
『白哉様だって、私を許しているでしょう?だから、お互いさま。苦しかったのも、悲しかったのも、全部、一緒。同じだけ苦しんだし、同じだけ悲しかったの。そうでしょう?』


「・・・そうか。そうだな。」
小さく微笑みを見せた白哉様の気配が、緩んだのが解る。
涙の跡が残る頬に手を伸ばせば、安心したように私の手に頬を寄せてきた。
その表情がどこか幼くて、無防備な白哉様に小さく笑う。


『白哉様。』
「なんだ、咲夜。」
『・・・大好き。』
「あまり煽るな、莫迦者。」


『白哉様は言葉にしてくれないの?』
意地悪く言えば、白哉様はこつん、と額を合わせてくる。
「まだ熱があるな。・・・ここから先は、お前の熱が下がってからだ。」
言い終わるや否や唇を掠め取られて、そのくすぐったさにくすくすと笑う。


「笑っていないで早く寝ろ。」
『白哉様が一緒に眠ってくれるなら、そうする。駄目?』
甘えるように言えば、白哉様は一瞬何とも言えない顔になったが、そのまま布団に入ってきて私を抱きしめる。
その温もりに身を委ねれば、すぐに眠りに落ちてしまうのだった。



2017.08.07
白哉さんはこの日、眠れない夜を過ごしたはず。
咲夜さんの兄は、親友と妹がこうなることを見越して、試練を与えたのだと思います。
後日譚、という感じで続編があるかもしれません。
未定ではありますが。


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