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■ 勿忘草C

『・・・ん・・・ここ、は・・・朽木、家・・・?』
目が覚めたらしい咲夜の呟きが聞こえて、白哉は浅い眠りから目を覚ます。
どうやら咲夜の様子を見ながら本を読んでいるうちに眠っていたらしい。
彼女が傍に居るだけで、随分と気が緩むものだ・・・。
白哉は内心で苦笑する。


『びゃく、や、さま・・・?』
熱に浮かされた瞳は、ぼんやりと私を見つめていた。
「・・・咲夜。」
名前を呼べば、彼女の瞳からぽろりと涙が零れ落ちる。


「何故、泣く。」
『・・・だって、これは、また、夢なのでしょう?』
「夢?」
『現実の白哉様は、もう二度と、私の名前を呼んだりしないもの。』


「何故そう思う?」
『・・・あの日、私は、白哉様に、酷いことを言ってしまった。白哉様が、理由なく、兄様を斬るわけがなかったのに。兄様を斬って、白哉様が傷つかないはずがなかったのに。それなのに、私は・・・。』


涙を流す咲夜に、そっと手を伸ばす。
恐る恐る触れた彼女の頬は、未だ熱い。
彼女の頬を伝う涙も、温かい。
その泣き顔は、昔から変わらない。


「・・・夢では、ない。これが夢だとしても、私たちは、同じ夢を見ていることになる。それほど互いに思い合っていて、何を不安に思うことがあるのだ。」
『うそ・・・。』
「嘘ではない。」


『嘘だ・・・。だって、あの日から白哉様は、私が近くに居ると、表情が硬くて、それまで以上に、遠い人になってしまった・・・。私などでは、近寄れない、遠い、人に・・・。あの日、私が失ったのは、兄様だけではなかったの。それまでに白哉様が見せてくださった表情も、白哉様の温もりも、柔らかなまなざしも、穏やかな声も、全部、失ってしまったの。白哉様は、何一つ、悪くなかったのに。』


彼女の言葉に、涙が込み上げる。
それを堪えようとする前に瞳から涙が零れ落ちて頬を伝った。
友を亡くしてから初めて流した涙は、私の心を解いていく。
もう泣いてもいいのだ、と許された気分になった。


『白哉、様?・・・泣かないで。』
幼子のように手を伸ばしてきた彼女は、そっと私の頬に触れる。
「何故お前は、私を、許すようなことをする・・・?」
零れ出た問いに、彼女は微かに笑った。


『ルキアに、怒られたの。私と同じことをするつもりか、って。昔の自分と同じように、ただ守られるだけで、何も知ろうとしないつもりなのか、って。それで、何かあるのかもしれないと思って、兄様の私物を片っ端から引っ張り出した。・・・そうしたら、兄様の日記があった。そこには、兄様の懺悔の言葉があった・・・。』


兄様はね、初めから白哉様に殺されるつもりだったの。
自分が虚に侵されていると知った日から、ずっと。


一瞬、彼女の言葉が理解できなかった。
あの日の出来事は、全て、彼奴が仕組んだというのか。
己を私に殺させるために。
だが、何故そんなことを・・・。


『・・・咲夜も白哉も未来に進んでいくことが出来る。でも自分には、もう未来は残されていない。自分だけが取り残されて、忘れられる。』
「忘れて欲しくないから、私たちの記憶に残るように、私に斬らせたのか。私もお前も、忘れることなどありえないというのに。」


『兄様ったら、本当に馬鹿でしょう?・・・でも、兄様のことを嫌いになったりしないでね、白哉様。私のことを嫌いになっても、兄様だけは恨まないで。姿を見せるなというのなら、二度と白哉様の前に姿を見せたりしないから。それで白哉様の苦しみが和らぐのなら、私は苦しくてもいい。』


「莫迦者・・・。嫌いになど、なるものか。お前の兄も、お前も、嫌うことなど出来ぬ。傍に居ろ。私の苦しみを思うなら、お前だけでも傍に居ろ、咲夜・・・。お前まで居なくなってしまっては、私は・・・。」
ぽたり、と私の涙が彼女の顔に落ちる。


あぁ、苦しい・・・。
溢れる涙と共に、心の奥底に閉じ込めていた感情が押し寄せる。
その奔流が、私の心をこじ開けていく。
それに抗う術を、今の私は持ち合わせていなかった。


「何故、居なくなったのだ・・・!私は、お前を斬りたくなど、なかったのに。お前の胸を貫いた感触が、お前から流れ出た血の温かさが、忘れられぬのだ・・・。なにより、お前を亡くして涙を流す咲夜を、抱きしめられないことが、辛いのだ。心が張り裂けそうになる・・・。」



2017.08.07
Dに続きます。


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