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■ 勿忘草B

虚に関する重大な報告を怠ったとして、六番隊隊長朽木白哉が同隊第三席の捕縛に向かったが、反抗があったために已む無く交戦。
その結果、同第三席は、死亡。
監督不行き届き、また、重要な参考人を死亡させたとして、六番隊隊長朽木白哉は三日間の謹慎を申し付けられた。


そんな話が瀞霊廷を駆け巡ったのは、翌日のこと。
謹慎を申し付けられた白哉は、朽木邸の自室に籠っていた。
瀞霊廷の気配が、騒がしい・・・。
もちろん、その中心に自分が居ることは重々承知しているのだが、溜息を吐かずにはいられなかった。


「失礼いたします、白哉様。京楽様と浮竹様がお見えです。」
清家の声に返事をする前に、無遠慮に部屋に足を踏み入れる気配。
「・・・何用だ。」
文机に向かったまま問えば、小さく溜め息が聞こえてきた。


「そう警戒しなさんな。」
「少しお前の様子を見に来ただけだ。・・・卯ノ花隊長から、話は聞いている。それなのに、何故お前は、四十六室にも、あの子にも何の弁明もしないんだ?」
こちらの気持ちを推し量っているであろう浮竹の声は、低い。


「・・・あれに、お前の兄は虚に呑まれたから死んだのだ、と伝えろと?」
伝えようが伝えまいが、咲夜の兄が罪人として始末されたことは変わらぬだろう。
無論、その始末をつけたのが私だという事実も変わりはしない。
言外にそう含ませれば、二人の隊長は押し黙る。


「・・・悪意を自分に向けさせて、悪役に回るつもりかい?自分の心を押し殺して。」
「咲夜を頼む、と言われたからな。」
「そうかい。なら、僕は何も言わないけどね。・・・全く、酷い男だねぇ、彼は。」
そう呟きを残して、京楽が部屋から出ていく気配がする。


「おい、京楽・・・全く、彼奴は。まぁいい。今日のところは俺もこれで帰ろう。だが、一つだけ伝えておく。・・・咲夜が霊術院に合格した。それも主席だそうだ。これから彼女の周りは騒がしくなるぞ。」
それだけ言って浮竹は京楽を追っていく。


「・・・・・・そんなもの、とっくに知っている。」
呟きを漏らした白哉の手の中にあるのは、霊術院入学試験合格者名簿。
毎年、入学式には隊長が一人参加する。
その役目が、次の入学式に回ってくるのだ。


恋次を代理で寄越そうか。
そんな考えが浮かんできて、白哉は自嘲する。
この程度で逃げようとしているとは、情けない。
だが、彼女の憎しみを写した瞳を見るのは、辛い・・・。


重く沈んだ心を少しでも軽くしようと、溜息を吐く。
けれど、自分の耳に届いた溜め息が、心をさらに重くして。
でも、彼女の晴れ姿を見守る者が一人も居ないというのは、哀れで。
かといって、私が行ったところで、彼女は私を拒絶するだろうけれど。


・・・私の、心など、彼女のためならば、いくらでも殺してやる。
内心でそう呟いて、白哉は筆を執る。
入学式への参加を了承した旨をしたためて、印を押した。
心を無にしてしまえば、それはただの作業でしかなかった。


数か月後。
『・・・新入生代表、漣咲夜。』
代表挨拶を終えた咲夜を、白哉はぼんやりと眺める。
この数か月で、彼女は大人びた。
少女の愛らしさが薄れて、美しさが目立ち始めている。


あの日、彼女の兄に手を掛けた日。
その日から、彼女は一度も私を見ない。
霊術院に合格したら、真っ先に白哉様に制服姿を見せに行きます!
無邪気に笑ってそう言った彼女との約束は、当然の如く破られた。


・・・来たはいいが、堪えるものがあるな。
式の最中も、彼女は一度も私を見ない。
私が式場に足を運んでいることは、彼女だってすぐに解ったであろうに。
彼女が意識的に私を視界から外していることは、明白だった。


ぐら、り。
ぼんやりと咲夜を眺めていると、席に戻る途中で彼女の体が大きく傾く。
そんな彼女の元に体が動いたのは無意識で。
久しぶりに触れた体温は、記憶の中のそれよりも幾分高い。
直ぐに医者に見せなければ、と彼女の体を抱え上げた。


『・・・びゃ、くや、さま・・・?』
朦朧としているであろう意識の中で、彼女は私の名を呼んだ。
『・・・そんなわけ、ないか・・・。それなら、これは、夢ね・・・。最近は、夢の中でも、白哉様は、そんなお顔を、しているもの・・・。』
呟いた彼女の瞳から、涙が零れ落ちる。


『ごめんなさい、白哉様・・・。』
「咲夜・・・?」
『ほんとうに、ごめん、なさい・・・。』
泣きながら意識を失った咲夜をきつく抱きしめる。
彼女の髪に鼻先を寄せれば、ふわりと彼女の香りがした。


桜の、香り・・・。
仄かなそれは、いつだったか、彼女と出かけた際にねだられた香袋のもの。
これを持っていれば、白哉様の「桜」が必ず私を見つけてくれるでしょう?
悪戯に笑った彼女に、そんなものがなくとも必ず見つけると約束した。


「・・・この者は、私が、連れて帰る。」
ざわざわとしながらこちらを伺っていた者たちは、私の言葉で静かになる。
唖然とした様子の者たちには目もくれずに、出口へ向かって歩き出す。
少しでも気を緩めれば、涙が溢れてしまいそうだった。



2017.08.07
Cに続きます。


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