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■ 勿忘草@

「なぁ、白哉。もし、俺に何かあったら、咲夜を頼む。俺が居なくなったら、彼奴は一人になってしまうから。」
その言葉を聞いた時、何故そんなことを言うのだと、眉を顰めた記憶がある。
だが、己の友がそんなことを言ったのは、こうなることを予見していたからなのだろう。


キン、と刃が交わって、火花を散らせる。
かれこれ四半刻は刃を交えているはずだ。
・・・いつもならば、この程度、数秒で終わらせるというのに。
しかし、いつも通りに敵を斬ることが出来ないのは、目の前に居る「敵」が虚に毒された己の友であるからだ。


虚の力は弱まっている。
だが、これ以上戦えば、友の体は限界を超えるだろう。
いや、すでに限界など通り越している。
隊長である私と三席の友では、そもそも実力に差がありすぎるのだ。


「何故、お前は、私に何も話さなかったのだ・・・!」
任務の際に受けた虚の毒が体から抜けていないようだ、という話を卯ノ花隊長から聞かされたのは、今朝のこと。
日々毒に蝕まれていて、もはや手の施しようがない。


いつ虚に呑み込まれてもおかしくない状態です。
卯ノ花隊長はそう言って目を伏せた。
あの男に限ってそんなことはないはずだ。
そう思って己の友を訪ねれば、丁度、友が虚に呑み込まれたところに出くわしたのだった。


「妹を・・・咲夜を一人にするつもりなのか。あれの花嫁姿を見るのが夢なのだと、お前は、ずっと、そう言っていただろう・・・。」
刃を交えながら言えば、ふ、と相手の力が抜ける。
目の前の男の顔を見ると、虚に呑み込まれてから表情がなかった瞳が、寂しげに笑った。


「・・・びゃく、や。悪い、な。俺の夢、は、お前が、叶えてくれ。俺は、もう、咲夜の傍には、居られない・・・頼む。俺を、斬ってくれ。」
苦しげに言われた言葉に、刀を握る手が小さく震えた。
そんな私に気付いたのか、男は笑って私の刃を掴むと、自らの心の臓に持っていく。


「・・・そんな顔をするなよ。覚悟が揺らぐだろ?」
にやり、と笑った男は、間違いなく己の友で。
「覚悟、だと?死ぬ覚悟でも、しているのか。」
「はは。まぁ、そんなところだ。・・・悪いな、白哉。咲夜を頼んだぞ。」


ず、と己の刃が男の肉を切る感覚が伝わってくる。
その感覚に抗おうとするも、予想以上に男の力は強い。
・・・虚に呑まれた友の姿を見た時から、こうなるのではないかという予感があった。
他の死神に斬らせるくらいならば私が斬ると、そういう覚悟を、していたはずだ。
隊長として、一人の友として、そうすることが最善であることは理解している。


「・・・お前は、酷い男だ。」
絞り出した言葉は、酷く掠れている。
「そう思うなら、一思いに、俺を殺してくれ。白哉に斬られるならば、俺は、何も恨まずに逝ける・・・。正直、この状態は辛い。」


「・・・・・・そうか。ならば、すぐに楽にしてやる。」
隊長として、一人の友として、お前を斬ろう。
内心で呟いて、刀を握る手に力を込める。
そして躊躇いなく、己の刃を友の胸に突き立てた。


「ぐ・・・。」
小さく呻きながらも、刃に胸を貫かれた友は、笑みを見せる。
「ありがと、な。白哉。」
そう言って崩れ落ちた友の体を支えると、耳元から笑い声が聞こえてきた。


「なぁ、白哉。」
「何だ。」
「咲夜には、夢があるんだ。」
「夢?」


「あぁ。彼奴の、夢は、昔から、たった、一つ。」
「その夢とは?」
「はは。気に入らねぇから教えてやらん。」
「なんだそれは。」


「兄としては複雑だが、咲夜の夢を叶えるのが、お前であることを祈っている・・・。それで、お前も、幸せになれよ。俺のことなんか、忘れるくらいにな。」
それはそれで寂しいけどな・・・。
再び小さく笑った男の体から、力が抜けていく。


「莫迦者・・・!!お前を忘れるなど・・・!!」
己の着物が血で濡れるのも構わずに、友の体を抱きしめる。
だが、友が私を抱きしめ返すことも、声を発することもなく。
冷たくなっていく体に、莫迦者、ともう一度呟いて、友の体をこれ以上傷つけないように気を付けながら刃を抜いた。


『・・・う、そ・・・。なん、で・・・?』
聞こえてきた声にはっとして、そちらを振り返ると、息を切らせた咲夜の姿があった。
「咲夜・・・。」


『・・・白哉様が、兄様を、殺したの・・・?』
小さな問いが、胸に突き刺さる。
「・・・あぁ。」
『どうして・・・?兄様と白哉様は、親友だったじゃない。』


敵を見るような瞳。
怒りを孕んだ、憎悪の瞳。
歪められた表情。
それを見て、彼女もまた何も知らなかったのだ、ということを悟った。


「咲夜。これは・・・。」
『何も聞きたくない。・・・兄様から離れて。』
これまでに見たことも聞いたこともない彼女の冷たい表情と声。
・・・当然か。
仕方がなかったとはいえ、彼女の兄を殺したのは、間違いなく私なのだから。
友の亡骸を地面に横たわらせてその場から離れる。


『兄様・・・!!』
涙を流しながら友の体に縋りつく彼女から、思わず顔を逸らした。
『・・・・・・私は、貴方を恨みます。兄様を殺した貴方を。』
強い視線がこちらに向けられているのが解る。
涙が込み上げそうになるが、己に涙を流す資格などないと言い聞かせて、口を開いた。


「・・・好きにしろ。」
それだけ言って、踵を返す。
私と彼女の間に大きな罅が入るのが解る。
何かが割れたような、不吉な音がする。


咲夜を、頼む。
そんな友の声が頭の中で何度も木霊する。
・・・お前を斬ったことに後悔はない。
だが、お前はやはり、酷い男だ。
私にこんな辛い役目を負わせるのだから。


お前、咲夜のことが好きなんだろう?
いつか、そう言って友は笑った。
私はその問いに答えを返さなかったが、あの友はきっと、私の想いに気付いていた。
それなのに・・・。


「・・・やはりお前は、酷い男だ。好いた女に恨まれるなど、これ以上の苦しみはないというのに。」
本当に小さく呟いて、その場を去る。
彼女の嗚咽が耳に届いて、ただ、遣る瀬無かった。



2017.08.07
暗いですね・・・。
Aに続きます。


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