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■ 眠りの番人

「・・・お前は、いつもここに居るなぁ。」
青白い顔をしながらも、いつもそう言って苦笑を漏らしつつ医務室に入ってくる男。
彼は、霊術院に入学した当初から有名な二人組の片割れ、浮竹十四郎である。
体調が悪すぎて寮に帰るのも億劫になる日は、こうして医務室にやってくるのだ。


『そういう浮竹先輩も、よく医務室にいらっしゃいますね。・・・空いているベッドに適当に座ってください。すぐに薬を出します。』
霊術院に入学して三年。
その間に何度彼の看病をしたか、すでに分からなくなっている。
彼に処方される薬の種類も、どうすれば彼が楽になるのかも、覚えてしまった。


「・・・いつも悪いな。」
『別に構いませんよ。どうせ留守番を先生に頼まれていますから。それに、貴方のお陰で私は医学と薬学にも知識を広げることが出来ていますし。』
「ははは・・・。嫌味をいってくれるなよ・・・。」


『嫌味などではありません。感謝している、と言っているのです。』
呆れながらも、熱はありますか、と問えば、少しだけ、という返事が返って来た。
医務室に常駐している医師から渡されたメモを見ながら、彼がいつも使っている解熱剤を取り出す。


『・・・では、これと、これと、これを飲んで、横になってください。目が覚めるころに粥を用意しておきます。』
私の言葉に頷いて、彼は慣れた手つきで薬を飲む。
それからもぞもぞと布団に入り込んで、すぐに眠りに落ちてしまった。


『全く、手のかかる先輩だ。』
呟いて、医務室の扉に立ち入り禁止の札を掛ける。
どうやら女性陣に人気のあるらしいこの先輩は、こうでもしないと見舞いの客が絶えなくて医務室が騒々しくなるのだ。
それを知ってからは、立ち入り禁止の札を掛けることにしている。


「・・・やぁ、咲夜ちゃん。浮竹、ちゃんとここまで来られた?」
立ち入り禁止の札を無視して入ってくる男は、もう一人の有名人。
言わずと知れた京楽春水だ。
この男だけは立ち入り禁止の例外らしく、こうして浮竹先輩の見舞いにやってくる。


『えぇ。先ほどお眠りになりましたよ。』
「ふぅん。何だか君、浮竹の看病が板についてきたよねぇ。」
『医務室の常連ですからね、浮竹先輩は。ついでに、京楽先輩も。』
僕はついでかぁ、なんて笑いながら、京楽先輩は椅子に腰かける。
どうやら今日は医務室でサボることに決めたらしい。


この先輩も困った先輩だ・・・。
内心で溜め息を吐きながらも、お茶と菓子を用意する。
授業をサボるな云々は、私がこの男に言えることではないし、言ったところでこの男は楽しげに笑うだけなのだ。


「・・・でも、一番の常連は咲夜ちゃんだよねぇ。まだ授業には出ないわけ?」
『出ても意味がありませんからね。京楽先輩だって、すでに理解しているから授業をサボっている訳でしょう?』
「あはは。嫌だなぁ。僕は、じっとしているのが性分じゃないだけさ。」


『浮竹先輩と肩を並べているくせに何を言っているのやら。』
溜め息を吐いて、分厚い医学書を開く。
これ以上は相手をしない、という意思表示も込めて。
そんな私の態度を気にする風でもなく、男は菓子に手を伸ばしている。


能ある鷹は爪を隠す。
この言葉は、京楽先輩のためにあるのではなかろうか。
普段の軽薄な振る舞いもこの男の一部ではあるけれど、相手の意図を読み取る洞察力と、それを受け入れる度量の大きさは、男が大物であることを示している。


「・・・僕もひと眠りしようかな。咲夜ちゃん、ベッド借りるよ。」
菓子を食べて満足したらしい京楽先輩は、大きく伸びをした。
『どうぞお好きに。』
医学書を眺めたまま言えば、流石咲夜ちゃんだよねぇ、なんて間延びした返事が聞こえてくる。


京楽先輩もすぐに眠りに落ちたのか、穏やかな寝息が聞こえてきた。
時折浮竹先輩が咳込むことを除けば医務室は静かで、心地よい。
開いた窓から風が入ってきて、カーテンをゆらゆらと揺らす。
眠る二人に釣られたように、睡魔がやってきた。


『・・・私も少し眠ろうかな。』
睡魔に抗わなければならないほど、時間に余裕がないわけでもない。
ましてや、今現在医務室は立ち入り禁止となっている。
この部屋に入ってくるのは、先生くらいだろう。
そう思って空いているベッドに足を向けた。


「・・・咲夜・・・?」
名前を呼ばれてそちらを見れば、浮竹先輩がぼんやりとこちらを見ている。
『何ですか?』
彼が眠るベッドに近づくと、徐に伸ばされた先輩の手が制服の袖を掴んだ。


『浮竹先輩・・・?』
「お前は、ここに居ればいい。」
それだけ言って再び目を閉じた浮竹先輩に首を傾げる。
言葉の意味を考えようと思うのだが、すでに微睡みのなかに入っているらしい思考は働かない。


まぁ、いいか・・・。
そう思って彼のベッドから離れようとすると、袖を掴む彼の手が離れなくて。
眠いから、もう、ここで、いいや・・・。
彼の手を解くのも面倒になってしまったので、彼のベッドに腰かけてそのまま横になる。
布団越しに感じる彼の体温に安心して、すぐに眠りに落ちたのだった。


「・・・うーん、よく寝た・・・ん?」
暫くして目を覚ました京楽は、浮竹が眠るベッドの端で眠っている咲夜を見つけて首を傾げる。
しかし、浮竹の手が彼女の袖を掴んでいることを見て取って、何となく状況を理解した。


「こんな姿を見られたら、無事じゃ済まないんじゃないかなぁ、浮竹は。」
何せ彼女は、霊王の血を引いていると噂の漣家の姫君である。
その血筋と美しい容姿に惹かれる者は多い。
彼女を手に入れようと目論んでいる者は星の数ほどいるのだ。


何より彼女の頭脳は、霊術院の中でも群を抜く。
彼女はまだ三回生ではあるが、恐らく、六回生でも彼女に敵う者は居ないだろう。
事実、座学においては浮竹でさえ彼女に敵わない。
だからこそ彼女は、授業に出席しなくても単位を与えられている。


「医務室の妖精、なんて聞いたら、彼女は苦々しい顔をするのだろうねぇ。」
呟きながら、どうせだからと浮竹の布団を捲って咲夜をその中に入れる京楽の表情は楽しげだ。
暫く二人の寝顔を眺めていると、廊下が何やら騒がしいことに気付く。


「おやおや。皆して野暮だねぇ。この二人の邪魔をするのは、僕が許さないよ。」
浮竹の見舞いに来たであろう女子生徒たちと、医務室の妖精を一目見ようと群がっている男子生徒であることに気付いた京楽は、そんな呟きを漏らして扉を開ける。
雪崩れ込んで来ようとする彼らを止めて、面会謝絶だってさ、なんて嘘を吐けば、流石に彼らも大人しくなった。


・・・まったく、世話の焼ける二人だよねぇ。
浮竹の世話しかしない医務室の妖精と彼女相手になら素直に看病される己の友。
果たして彼らがそれを自覚するのはいつになることやら。
内心で溜め息を吐いて、京楽は医務室に背を向けて歩き出すのだった。



2017.07.12
珍獣的な咲夜さんと鈍感な浮竹さんを見守る京楽さんは、二人の番人。
浮竹さんの隣ならば無条件で安心して眠れそうです。


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