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■ 悪魔的な微笑

『きーらせんせい。』
特別講師として招かれた霊術院での講義の帰り、廊下を歩いていると悪戯な声が聞こえてくる。
そちらを見れば、医務室と書かれた部屋から顔を出してひらひらとこちらに手を振っている懐かしい顔があった。


「漣君じゃないか!すごく久しぶりだ。」
阿散井君と雛森君と共に霊術院で学んだ友人の顔に思わず破顔すれば、同じく破顔した彼女に少し寄っていきなよ、と医務室に招かれる。
今日はこのまま直帰する予定だったので、お言葉に甘えて医務室に足を踏み入れた。


『本当に久しぶりだね。最後に会ったのは・・・いつだっけ?』
「えぇと・・・たぶん、僕が副隊長になった時の任官式じゃないかな。」
『そっかぁ。元気だった?』
「まぁね。そっちは?」


『なんだかんだ毎日忙しくてね。まぁ、副隊長ほどじゃあないけれど。・・・でも、うん。護廷十三隊に居るよりは馴染んでいるかな。教え子の成長を見るのが楽しくてさ。死神をやるより、教えるほうが向いてることが良く解ったよ。』
溜め息を吐きながらもその瞳は輝いていて、イヅルは安堵する。


漣咲夜。
僕の同期の中に、その名を知らぬ者は居ないだろう。
護廷十三隊でも鬼道の達人と名高い雛森君と肩を並べるほどの鬼道の使い手。
僕自身、鬼道だけの試合ならば彼女に勝つことは難しい。
きっとそれは、今でも。


「そっか。元気そうで良かった。」
『そっちこそ、元気そうで何よりだ。隊長がサボり魔で忙しそうにしている、という話を聞いていたから。』
彼女の言葉に苦笑を返す。


しゃらん、とお茶を淹れる彼女の腕輪が音を立てて、ぼんやりとその腕輪を見つめた。
細い輪が何重にも重ねられたそれは、一見すると華奢で壊れやすそうに見える。
しかし、それは彼女にとって枷でしかない。
回道以外で霊力を使えば、その腕輪が彼女の腕に焼き付いて、彼女の霊力は完全に封じられるのだから。


『・・・そんなに見ないでよ。』
困ったような彼女の言葉に、慌てて視線を外す。
「いや、ごめん・・・つい・・・。」
『吉良君てば、変わらないねぇ、そういうところ。』


「そうかな・・・いや、うん。前に会った時も君に同じことを言われたね。」
『そうだったかもね。・・・でもさ、そんなに気にしないでよ。この腕輪は、私にとって枷ではあるけれど、ある意味では名誉なものなのだから。だって、私にこんなものを付けさせるくらいには、あのお偉いさんたちは私が恐ろしいということだろう?』


悪魔的な微笑み。
彼女の方こそ、変わらない。
もっとも、それが危険人物と警戒されるに至った原因の一つではあるのだが。
この微笑みがなければ、彼女はきっと今でも死神として最前線で命を懸けていたに違いないと思うのは、僕だけではないはずだ。


巫蠱監獄。
ある一定の地域を監獄のように囲い込み、その中にある全ての命を争わせ、最後まで生き残った命を使役する。
彼女が複数の鬼道を組み合わせて作ったその合成鬼道は、禁術と呼ぶに相応しい恐ろしいものだった。


何より問題だったのは、地域の指定と命の数に制限がないということ。
巫蠱監獄は、現世、尸魂界問わずにどんな場所でも発動が可能で、尸魂界の上層部を狙うことも不可能ではない。
隊長格ですら、その術に巻き込まれてしまえば戦い抜いた先で彼女の言いなりになってしまう。


その上、撒き餌を用いての実験では、数千の虚をも呑み込んでしまったのだから、上層部が彼女に対して危機感を持つのは当然の結果だった。
その実験が成功した時の彼女の悪魔的な微笑みを見れば、更にその警戒心は高まって。


そのまま自らの命を絶て。
巫蠱監獄の中で最後まで生き残った虚に、彼女は躊躇いなくそう命じた。
異様な姿の虚は彼女の言葉を聞くや否や自らの首を落とす。
それを見た上層部は、彼女に腕輪を着けて霊術院の医師という地位を与えたのだった。


「・・・僕は時々、君が悪魔に見えるよ。その腕輪だって、いつか君が自分で解除してしまうのではないかと気が気じゃないし。」
『この腕輪の解除方法は既に解っているから、すぐにでも外せるけどね。まぁでも、今のところはその必要もないようだし、今のこの状況も気に入っているから安心してよ。』


「僕が君の言葉を四十六室に伝えるとは思わないのかい?」
『吉良君がそうするべきだと思うのならば、そうするといい。・・・あの術を見た者の中で、今も私に普通に接するのは、君だけだから。』
何かを諦めたような微笑みに、心が重くなる。


「そんなことはしないさ。ただ、発言には気を付けた方がいい。君にとっては冗談でも、相手にとっては冗談じゃないからね。・・・四十六室は、何かあればすぐにでも君を無間に閉じ込める用意があるよ。」
注意しろと声を落としたのに、彼女は頷きだけを返して、のんびりと茶を啜りはじめる。


「君ね・・・。僕は真面目に言っているんだよ。」
『好きにさせておけばいいよ。』
「そうだとしても、僕は・・・。」
『そんなに心配なら、ずっと私の傍に居ればいい。』


「え・・・?」
『君が傍に居るならば、私は大人しくしている、と言っているのだけれど?』
ちらりとこちらに視線を向ける彼女の瞳は冗談を言っている様子ではなくて。
かといって本気かどうかも図りかねて。


「それは、えぇと、つまり、君の暇潰しの相手をしろってこと・・・?」
恐る恐る問えば、彼女は呆れた視線を僕に向けた。
『何故そういうことになるんだ。君は私を暴君だとでも思っているのか・・・?』
じとり、と視線を向けられて狼狽える。


「いや、そんなことはないけれど・・・。」
なんて、内心ではちょっとそう思うけれども。
『・・・まったく。君はそんなだから損ばかりするんだ。もう少し自分自身に関心を持つべきだと思うよ、私は。』
言いながら彼女は、僕の方に顔を寄せる。


『・・・私が言いたいのは、こういうことだよ。』
「え、ん・・・!?」
徐に伸びて来た彼女の手が僕の後頭部をぐいと引き寄せて。
目の前には彼女の顔。
唇には温かくて柔らかい何か。


『ん。・・・解った?』
唇を離して挑戦的に覗き込んでくる瞳は、やはり悪魔的な何かを秘めている。
いや、それよりも。
キスされた・・・ということは、つまり・・・どういうことだ?


「・・・・・・もしかして君、僕のこと好きだったの?」
『大正解。だから、君が私の傍に居るならばここで大人しくしているよ。』
「もし、僕が君の傍に居なくなったら・・・?」
『その時は・・・吉良君を巫蠱監獄に閉じ込めちゃうかも。』


悪魔的な微笑み。
いや、悪魔的というか、悪魔の微笑みだ・・・。
けれど、そうだと解っていても魅せられてしまうのが、人の性。
彼女のそんな微笑みにいとも簡単に堕ちたのが解って、単純すぎる自分に内心苦笑する。


「・・・まるで脅しだ。それでは、僕は君の傍に居るしかないじゃないか。」
『ふふん。それは残念だったな。』
「残念、てね、君・・・自分で言うのはどうかと思うよ。」
『そうかな。』


「そうさ。・・・まぁでも、うん。悪くないね。」
『うん?何がだい?』
「君とこうするのが、だよ。」
今度は僕が彼女の頭を引き寄せて、彼女と唇を重ねる。
ゆっくりと唇を離して彼女を見れば、紅い顔をして固まっていた。


「顔が赤いよ・・・「咲夜」。」
名前を耳元で囁けば、彼女の体が小さく震える。
『・・・な、何それ・・・。』
「僕がやられっ放しでいると思わないことだよ。もしかすると、覚悟が必要なのは君の方かもね。」


煽られたのは僕だけれど、煽ったのは君だ。
覚悟しておくことだよ、と小さく笑えば、降参、と彼女は僕の方に額を寄せる。
早々に白旗を上げた彼女は、僕からすれば普通の女の子で。
そんな姿を見せるのが僕の前だけだと思うと、優越感に溺れそうになる。


「・・・好きだよ、咲夜。好きだ・・・。」
そんな呟きを繰り返せば、もういい、と彼女は僕の口を手で封じようとする。
その手を掴んでその指先に唇を寄せれば、彼女は耳まで真っ赤になって。
初めて見たそんな表情に、何だかおかしくなってきて、思わず声を上げて笑ってしまうのだった。



2017.07.05
咲夜さんの悪魔的な微笑みに変なスイッチが入ってしまった吉良君。
普段ヘタレな人が意地悪な顔をしたときのギャップが良いと思ってしまう今日この頃です。


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