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■ 莫迦者 後編

『びゃ、くや、さま・・・?』
ゆっくりと歩を進めれば、彼女は唖然と私の名を呼ぶ。
「何だ。」
『わ、たしは、何が、なんだか・・・。』


「そうだな。私も訳が分からぬ。私がお前との約束を守るためにわざわざ非番を取って邸に帰れば、お前はどこかへ出かけようとしている様子。嫌な予感がして着いて来てみればこれだ。変な虫に絡まれおって。」
言葉に皮肉が混ざっていることは許して欲しい。
この私をハラハラさせたのだから。


『え、あの、その・・・えぇと・・・もしかして、怒っていらっしゃいます?』
「そうやもしれぬ。」
す、と彼女に手を伸ばせば、びくりとしつつも私の手を叩き落とす素振りはない。
彼女の顎を掴んで、上を向かせる。


『あ、の・・・?』
「涙を流すか、私の名を呼べば、すぐに助けてやったものを。」
心底呆れていると、彼女の瞳に涙が盛り上がる。
小さく歪められたその顔は、加虐心を煽るのだが。


『ぜ、ぜんぶ、みていたのですね・・・。びゃ、びゃくやさまの、いじわる・・・。』
「私の言うことを聞かないからだ。」
『そ、そうだとしても、見ていたのなら、たすけてください・・・。』
「お前が私を呼ばぬのが悪い。」


『だ、だって、誰も、助けてなんか、くれなかった・・・。お父様ですら・・・。』
「なるほど。この私をお前がこれまで助けを求めた者たちと一緒にするというわけだな?」
『そ、そんなことは・・・!』


「では、私がお前の信頼を得られていないということか。・・・咲夜。」
『は、い?』
「お前の話は、父君から聞いていると言っただろう。全てを聞いたうえで、私はお前を婚約者に選んだのだ。お前への同情と、政略的な面があることも、否定はしない。」


『・・・白哉様、少々正直すぎます・・・。』
「五月蠅い。最後まで聞け。」
『う、はい・・・。』
思い切り彼女の顎を上に持ち上げると、彼女は苦し気に返事をする。
その返事を聞いて手を緩めれば彼女は小さく息を吐いた。


「お前は過去のことを自分から殆ど話さぬが、だからと言って、私がそれを知らぬと思うか。よもや、この私が朽木家当主であることを忘れているわけではあるまいな?」
『い、いえ。そのようはことはございません。』
「その朽木家当主の婚約者となる女を、朽木家が何も調べぬと思うか?」
『思いません。』


「では、私がお前の過去を知っていることに、何か疑問は?」
『・・・ありません。』
「それはつまり、私はそのすべてを知った上で、お前を選んだということだろう。」
『はい・・・。』


「ならば、お前が真っ先に呼ぶべき名は誰の名だ?」
『・・・白哉様。』
「なんだ?」
『びゃくや、さま・・・ごめんなさい・・・。』


ぽろり、と彼女の瞳から涙が一筋零れ落ちる。
漸く泣いたか・・・。
内心で溜め息を吐きながら、彼女の目尻に唇を寄せる。
びくりとした彼女を見れば、混乱した様子でこちらを見つめていた。


『な、なに、を・・・。』
「・・・・・・泣かせたはいいが、私以外の者にお前の涙を見せるのはもったいないと思い直した。」
『はい・・・?』


「お前は私の前でだけ泣けばいいのだと言っている。帰ったらもっと泣かせてやるから覚悟しておけ。」
『へ?え?あ、あの、一体、何を?』
「そもそもお前は自覚が足りぬのだ、莫迦者。だからこのような事態になる。私は来るなと言ったはずだぞ。」


『はい・・。仰いました・・・。』
「私の話を聞いたくせに、何故一人でこのような場所に出向くのだ。出かけるときは伴の一人や二人つけろ。」
『・・・私が付けなくても、白哉様に命じられた方々が勝手に着いてくるでしょう。』


「・・・それを撒いたのはどこの誰だ莫迦者。」
不満げな顔をした咲夜の頬に手を滑らせて、きゅ、と抓る。
『うひゃ!・・・ごめんにゃさい。』
「あれらの代わりに私がお前に付いていたせいで、元々半日しかない非番がさらに短くなったであろう。」


『う、うぅ・・・。びゃ、びゃくやしゃまが、ひばん、ときいていたら、わたしは、でかけたりしませんでした!』
「まだ反抗するか、莫迦者。」
『いひゃい!いひゃいれす!!』


「反省したか?」
問えば、涙目になった彼女は何度も頷く。
「ならば良い。・・・帰るぞ。」
彼女の頬から手を離して、彼女の手を引いて歩き出す。


『あ、あの、白哉様?』
「何だ。」
『その・・・私が言うのもなんですが、このままお帰りに?』
ちらり、と彼女が視線を向けたのは、例の男で。


「お前は、私とあの男、どちらの手を取るのだ?」
『そ、れは・・・白哉様ですわ。』
「ならば相手にする必要もなかろう。私はお前を選び、お前は私を選んでいるのだから。それに・・・。」


『それに?』
「お前があの男に肌を見せたのは、事故だろう。着替える途中に自らの帯を踏んで転ぶとは・・・。その上、そんな姿をあのような男に見られるとは、哀れみにすら値する。」
揶揄うような視線を向ければ、彼女は羞恥に顔を赤くした。


「だが、最も哀れなのは、そんなお前が愛しくて、触れることすら躊躇った男の方だ。お前を傷つけることでしかお前の気を引くことが出来ない、哀れな男だ。どんなに傍に居ようと、見ているだけでは奪われる。それに気付いてお前と体の関係があったように周囲を騙そうとするもそれも叶わない。自分のものだと思っていた女が他の男の婚約者になるというのはさぞ辛かろう。」


「・・・・・・そこまで解っていて尚、貴方は、彼女を連れていくのか。」
ぽつり、と呟かれた言葉に、足を止める。
「貴方ならば、相手など、いくらでも・・・。」
絞り出すような声。
恐らく、その表情は苦しげに歪んでいることだろう。


「・・・ルキア。」
「は、はい?」
「その男に、咲夜がどういう女なのか、教えてやれ。お前が、咲夜をどう思っているのかも含めて。」


「は、はい!」
大きく返事をしたルキアに頷いて、再び歩を進める。
私と共に歩を進めた彼女は、一度も後ろを振り返らない。
ただ、少しだけ、私の手を握る力が、強くなった気がした。



2017.06.28
白哉さんに叱られるなんて、羨ましい・・・。
徐々に白哉さんが優勢になってきましたね。
まだちょっと続きそうです。


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