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■ 莫迦者 前編

右を見て、左を見て。
上を見て、一応下も見て。
それから前後を見て。
周りに誰も居ないことを確認して。


『・・・よし。完璧ね。』
呟きを漏らしてこそこそと朽木家の門を出ていく女に、姿を隠していた白哉は内心で溜め息を吐く。
やはり行く気か、と。


我が婚約者は、どうやら本格的に暇を持て余しているらしい。
白哉は内心で呟きながらも、門を出て行った咲夜の尾行を開始した。
いつの間にか手配したらしい死覇装を身に纏って、いつも刺している簪を髪紐に変えて。
その姿は、彼女の普段からの凛々しさも相まって、何処から見ても死神にしか見えない。


・・・午後から非番にしておいて正解だったか。
演習があると聞いた時の咲夜の瞳の輝きを見て取った白哉は、自分が行くなと言っても一人で出かけてしまうであろうことを予想して非番の申請を出していたのだ。
己の用意の良さと、己の予想通りに動く彼女に、溜息を吐きたくなっているのだが。


『えぇと、十三番隊の修練場は・・・こっちね。』
何処からか手に入れたらしい護廷十三隊の地図を片手に、彼女は迷わずに歩を進めていく。
どうやら彼女は方向音痴ではないらしい。
確かに我が邸の中も迷わずに歩いているな、と彼女の意外な才能に感心する。


『・・・まぁ、死神が沢山。これだけいれば一人くらい紛れ込んでも誰も分らないわね。』
難なく修練場に辿り着いた彼女は、続々と集まっている死神たちの姿を見て満足げに微笑む。
そのままするりと人ごみに混ざって、簡単に修練場内に足を踏み入れた。


姿を隠したままそれとなく彼女を目で追っていると、彼女を見つけたらしいルキアが目を丸くして慌てた様子で彼女に駆け寄る。
会話までは聞こえないが、秘密よ、と彼女の口元が動くのが見えた。
困った様子のルキアに一瞬だけ霊圧を流せば、ルキアは私が近くに居ることを察したらしく、咲夜の秘密に付き合うことにしたようだ。


「・・・なんや、六番隊長さん、かくれんぼでもしてはるん?」
飄々と声を掛けてきたのは、私と同じく姿を隠しているらしい市丸だった。
ちらりと視線を咲夜に向ければ、市丸もまた彼女の方を見る。
私がこの場に居る理由を悟ったらしい隣の男は楽しげな顔になった。


「・・・あの子、六番隊長さんの言いつけを守らずに、来てしもたんやね。困った婚約者やねぇ。」
全くだ、と彼の言葉に内心で頷くが、特に返事はせずに彼女を見守る。
ルキアと二人で笑い合っている姿が微笑ましい。


「仲良しやねぇ。可愛ええ子が二人揃ってると、それだけで癒されますわ。・・・でも、ええの?咲夜ちゃんの元婚約者が、彼女のこと、見つけたみたいやで?」
愉快そうな男は、ちらりと咲夜たちに近づいている男を見つめる。
その男を視界の端に映しながら、今度は頷きを返した。


「・・・多少怖い目に遭わねば学習することも出来まい。」
「なんや、意地が悪いんやね。可愛い婚約者やろ?」
「あれが助けを求めれば助ける。」
「ふぅん?可愛い婚約者、いうんは、否定しないんやねぇ。」


黙れ、とばかりにじろりと市丸を見れば、隣の男は肩をすくめてから去っていく。
ひらひらと後ろ手を振りながら。
その姿を見送って咲夜に視線を戻すと丁度男が咲夜たちに声を掛けたところだった。
男に気付いた咲夜の顔が一瞬で強張っているのだが、隣に居るルキアはそれに気付かずに男に挨拶を返す。


『・・・触らないで!』
暫く何事か話していたが、不意に男が咲夜に手を伸ばして、彼女はその手を拒絶する。
響いた声に何事かと周囲の視線が集まっているのだが、今の彼女にそれに気付く余裕はないらしい。


此方に向けられた視線に気付いてそちらを見れば、浮竹と京楽が助けないのか、と問うているのが解る。
まだだ、と視線を返せば、私が何を考えているのか理解したらしく、二人に苦笑を返された。


「何をそんなに嫌がるのです?僕と貴女の仲でしょう。」
静かになった修練場に、男のそんな声が響く。
『私と貴方の仲が良いとおっしゃりたいの?』
「長年付き合いのある幼馴染でしょう?いや、婚約者だったのだから、幼馴染、というのも変ですね。我が邸にお泊りになったことだってあるのですから。・・・貴女の肌は、とても美しかった。」


男の言葉に、咲夜は青褪める。
流石にルキアも様子が変であることに気が付いて、それとなく彼女の傍に寄った。
それに構わず男は再び咲夜に手を伸ばそうとする。
しかし、その手は、ぱし、という軽い音を立てて叩き落とされた。


「痛いじゃないか。何をするんだい、朽木ルキア。」
男の冷ややかな瞳を、ルキアは真っ直ぐに見つめ返す。
「・・・咲夜様は、触れるな、とおっしゃいました。その上、咲夜様は白哉兄様の婚約者であらせられます。貴方が手を伸ばしてよい相手ではございませぬ。」


「婚約者、ね。でも、どうせ君が成長するまでの繋ぎだろう?朽木隊長はずっと前妻が忘れられないという話じゃないか。その前妻によく似ているから、君は朽木家の養子となった。皆噂しているよ。朽木白哉は朽木ルキアを次の妻に望んでいる、とね。漣咲夜との婚約は、それを悟られないようにするカモフラージュだと。」


「・・・いいえ。兄様は私などよりも咲夜様を見ておられます。普段のお二人を見たことがある者ならば、それが解るはずです。」
「だが、その朽木隊長は、今日は非番を取っているそうだよ。一体、何をしているのだろうね?咲夜が僕と顔を合わせているというのに。」


「咲夜様がお呼びになれば、兄様はすぐに助けに来られます。」
「ほう?では、彼女を賭けて試してみようか。彼女が朽木隊長を呼んで、彼が来なければ僕の勝ち。彼が来れば、君の勝ち。負けた方は、今後一切彼女に関わらない。」
「宜しいでしょう。」


勝ちを確信しているらしい男の表情は、意地が悪い。
・・・意地が悪いのは、ルキアも同じか。
私がここに居ることに気付いたうえで、この賭けに頷くのだから。
咲夜の指導の賜物だな・・・。
内心で呟いて、思わず苦笑を漏らす。


「さぁ、咲夜様。兄様のお名前をお呼びになってください。」
『ルキア・・・。』
「大丈夫です。兄様は必ず来てくださいます。」
『でも、ルキア。私は・・・白哉様に、お話しできていないことが・・・。』


「・・・咲夜様は、私に白哉兄様を信じろと言いました。その貴女が、兄様を信じておられないのですか?」
ルキアの真っ直ぐな視線に、咲夜はたじろぐ。
そんなことはない、と、呟くように言った咲夜に溜め息を吐いて結界を解けば、私に気付いた彼女は目を丸くした。



2017.06.28
後編に続きます。


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